それって、何ていうか知ってる
風の精が窓をノックする。開けると、『もう大丈夫だよ』と教えてくれた。お礼に、金平糖をあげる。風の精は嬉しそうに、両手で抱えながら飛んで行く。
【本当に、赴くのですか?】
溜め息を吐きながら上着を手に取る私に、家神様が訊いてきた。
「夢見が悪いからね。それに、もう決着は付いてるようだし、大丈夫でしょ」
さすがに戦闘中なら、私も赴くなんて馬鹿な事はしないわ。死神様達の邪魔にはなりたくないからね。それに、自分の命も大事だし。慶介は自業自得だけど。
苦笑しながらドアを開け、外に出る。そして、護国神社に向かって歩く。
現場は死神様達が張った結界のおかげで、参拝客には気付かれてはいない。まぁ、ここまで来る参拝客は少ないけど。
到着すると、そこはちょっとしたカオス状態だった。
死神様に押さえ付けられ、慶介は砂利石の上で腹這いになっている。押さえ付けていたのは、宮司長を連れて来た死神様だった。
呆れた事に、慶介は「止めろ」とか「慈悲はないのか」とか、今だに甘い事をほざいている。私はそれを冷たい目で一瞥した後、〈魔物〉に視線を移す。
慶介達からやや離れた場所に〈魔物〉はいた。
無数の釘のようなものが全身に突き刺さり、地面に縫い付けられていた。直ぐ横には、白さんが大鎌を〈魔物〉の首元に当てている。
風の精が言っていた通り、決着は既に付いていた。
〈魔物〉は言葉を発する力もないようだった。原型を保つのもやっとのようだった。
それでも、慶介を見詰め、必死で手を伸ばそうと足掻いている。
(これもある意味、欲かもしれない)
食欲よりも大きかった欲――
そう考えると憐れね。人の自我を失っても欲したのは、人の温かみ。手の温もりなんて……悲しいわ。だけど、少年が犯した罪は到底許されないものよ。罪が免除されるような軽いものじゃないの。
『……佑樹殿?』
死神様様が私に気付く。
「死神様、慶介を離してもらえませんか?」
まさか、私がそんな事を言い出すとは思っていなかったみたい。死神様は驚きを隠せないでいる。
「佑樹!! 分かってくれたんだな!!」
反対に、慶介はとても嬉しそうで興奮していた。
(味方が増えたと勘違いしているみたいね、ほんと馬鹿)
あまりにも馬鹿すぎて、苦笑する。その笑みも勘違いしてそう。
『離してやれ』
白さんが配下に指示を出す。
『いいんですか?』
『ああ』
周囲にいる死神様達は、苦虫を噛み潰したような渋く険しい顔で、私と慶介を見ている。特に目の前にいる死神様は、とても険しい表情をしていた。
何か言いたそうだ。それでも、上司である白さんに命じられたら離すしかない。渋々だが、死神様は慶介の上から退く。
拘束が解かれた慶介は、一目散に〈魔物〉の元に駆け寄る。
〈魔物〉は歓喜な表情を浮かべる。
しかし直ぐに、戸惑う。慶介の足が止まったからだ。
「どうしたの? この子を救うんじゃなかったの?」
私は慶介の隣に立ち、冷たい声で尋ねた。
「…………」
慶介は無言のまま立ち竦んでいる。
「まさか、怖くなった訳じゃないよね。宮司長が、この子に殺され掛けたのに、救いたいから、私に力を貸せって命令してきたのに」
「…………分かってる」
どうにか、慶介は言葉を絞り出す。
こうなるって、分かっていた。
只の人間が、擬態していない〈魔物〉を目の前にして、平然でいられる訳がないじゃない。いくら、感情が高ぶってても。命の危機から回避する本能は、全ての感情を凌駕するのよ。
私は慶介の背中を少しだけ押した。
一歩前に出ただけなのに、ヒッと悲鳴を上げ、慶介は後退る。足が縺れ、尻餅を付く。腰を抜かしたのか立てないようだ。その身体は小刻みに震えていた。
『……お…兄ちゃん……ど…うした……の…………』
その台詞が止めを刺した。
完全に恐怖に支配された慶介は、赤ちゃんがハイハイするような格好で逃げ出した。
それを見た〈魔物〉の目から、涙がボロボロと流れ落ちる。
「……慶介、あんなに綺麗事を語って、説教までしてきたのに、その状態ってあまりにも情けなくない。そういうの、何て言うか知ってる? 偽善って言うのよ」
混乱した中でも、私の声が届いたのか、偽善という言葉に反応しただけなのか、分からないが、慶介の身体の震えは止まっていた。慶介は小さな声で「違う、違う」と、同じ単語を繰り返し呟きながら、隣に立つ私を見上げる。
「偽善者」
慶介に視線を合わせ、私はもう一度告げた。
モゴモゴと何か言い訳をしている慶介を無視して、私は〈魔物〉の直ぐ前まで近付くと、両膝を地面に付いた。砂利石が膝に食い込み痛い。
それでも、私は両手を伸ばし〈魔物〉に伸ばした。




