黒い痣(2)
〈浄化〉と唱えた途端、最後の悪足掻きなのか、黒い痣は形を変え、一直線に私の顔めがけて襲い掛かってきた。
咄嗟の事に、死神様は動けない。
私は目を逸らす事が出来ずに、襲って来る黒い痣だったものを凝視するしかなかった。後ろに下がる余裕さえなかったの。
(――刺さる!!)
私だけでなく、その場にいた全員がそう覚悟した。
しかし、黒い痣だったものが私に届く事はなかった。届く直前で消えたからだ。
その距離、僅か十センチ――
(…………さすがに、今回、マジでヤバかったわ)
腰が半分抜けた。
完全に抜けなかったのは、私を後ろから抱き締める腕の感触と、髪越しに伝わって来る体温を感じたから。家神様が、見えない同居人さんが私の身体を後ろに引き寄せ、庇ってくれたからだ。
(家神様が庇ってくれなかったら……)
想像してしまって、全身にブルッと悪寒が走った。
『佑樹殿!! 大丈夫ですか!?』
死神様が慌てて、私の身を案じる。
「…………大丈夫」
何とか、私は少し震える声でそう答えた。同時に、私を抱き締めていた腕が消える。
(えっ……)
消える間際、一瞬、私が知っている匂いを嗅いだ気がした。思い出そうとしたけど、今は無理みたい。
「親父!!」
拘束が解けた慶介が、弾かれたように宮司長の元に駆け寄る。処置を終えた宮司長の拘束も解けていた。
宮司長の右肩にあった黒い痣は完全に消えていた。たが、意識は失ったままだ。死神様が脈と呼吸を確認する。
『呼吸も脈も正常です。〈穢れ〉も完全に消えています』
ホッと胸を撫で下ろす死神様と私。
家神様がソファーの上にタオルケットを置く。死神様は小さく頷き、宮司長を軽々と横抱きすると、ソファーに下ろした。
「死神様、襲われたのは、宮司長だけですか?」
『いえ、実際に襲われたのは、そいつの兄の方です。それを父親が庇った。兄の方は、今、護国神社の本殿に避難しているので大丈夫でしょう。〈穢れ〉の影響も受けていません』
「それなら、よかったわ……」
同じ宮司だし、顔も背丈もよく似ているからね。
「……佑樹、親父を助けてくれてありがとう」
私と死神様が話している横で、慶介は宮司長の手を握り締め涙ぐんでいた。私は小さく息を吐く。
「当然の事をしたまでよ。礼を言われる事じゃない」
冷めた口調で答える。
(取り敢えず、宮司長は終わったわ、後は死神様ね)
神楽書店を出て行こうとする死神様を呼び止めた。私は死神様の両手を取り、再度「浄化」と唱える。淡い光が死神様を包み込んだ。
〈穢れ〉の耐性があっても、聖水を飲んだとしても、影響が完全に消えた訳じゃないからね。緊急性じゃないだけで、当然、死神様にも必要なの。
『ありがとうございます。……佑樹殿? 急いでいるので』
死神様が戸惑うのは当たり前。掴んだ手を放していないからね。
(手を振り払わないって、意外と紳士ね)
「で、今、何処まで追い詰めているの? それとも、交戦中かな?」
『…………』
(こういう時の反応って、大体同じよねわ、死神様も人間も)
「この近くね」
確信があった。
襲われたのは宮司と宮司長だし、〈穢れ〉の進行状態を見ても、然程、距離が離れていないと推測出来た。それに、精鋭部隊とはいえ、少ない人数でここを中心に警備している。なら、襲われたのが、この近くだと容易に想像出来るわ。
『隊長が言われた通りの方ですね。今日中に片が付くでしょう。それじゃあ、俺はこれで失礼します』
苦笑混じりに死神様はそう答えると、軽く頭を下げて、神楽書店から出て行こうとする彼に、プレゼントを渡した。聖水一ケースあれば、応急処置は出来るでしょ。
死神様は再度頭を下げ、仲間の所に戻った。
あの少年の姿をした〈魔物〉を狩るために――




