黒い痣(1)
勢いよく飛び込んで来たのは、白さんの配下の一人である死神様と、少し白髪がある中年の男性だった。
『佑樹殿!!』
「親父!!」
ほぼ同時に、死神様と慶介は叫ぶ。
死神様は痛みに顔を歪ませながら、抱えていた宮司長を床に下ろした。
「何があったの!?」
私は慌てて駆け寄った。宮司長の右肩に黒い靄が見える。その瞬間、悟った。
何が起きたのか。
そして、誰に殺られたのかを――
頭で答えるより、身体が本能が私を支配した。反射的に叫ぶ。
「皆、二階に避難して!! 早く!!」
その声に反応して、付喪神様と高橋さんは一目散に二階に避難する。と同時に、二階に続く階段の手前で結界が張られたのを感じた。張ったのは、家神様である見えない同居人さんだ。
『佑樹殿!! 早く〈浄化〉を!!』
死神様の焦った声が、私を急かす。
「おいっ!! 親父、どうしたんだよ!? 返事しろ!!」
足は拘束していなかったからか、慶介は宮司長の元に慌てて駆け寄る。顔を近付けようとした。
「近付かないで!!」
意識がない父親を心配している慶介に怒鳴り、力一杯押し退けようとしたが、それよりも早く家神様が慶介の身体を引き離した。そして、あっという間に足を拘束し、店内の隅に転がした。治療の妨げにならないよう、猿轡を噛ませた。
慶介を引き離した理由は〈穢れ〉が広がらないため。〈穢れ〉は伝染するの。
〈穢れ〉は一種の呪のようなもの。同時に、寄生虫に近い面もあるわ。それだけ、厄介なの。一つ対処を間違えたりタイミングを外せば、最悪死に至るわ。大袈裟じゃなくてね。
「死神様は、取り敢えず、これを飲んで」
家神様がテーブルの上に置いた、天然水のペットボトルを渡す。
死神様は日々悪霊と対峙しているから、〈穢れ〉に対して耐性があるの。それでも、穢れれば痛い。でも飲めば、痛みはかなり楽になる筈。
問題は宮司長だ。
一刻の猶予もない。〈穢れ〉の範囲こそ狭いが、かなり深く侵食していた。
(――このままだと、半日もたない)
「宮司長の身体を拘束!! 猿轡を噛ませて」
私は家神様に指示を出す。瞬時に、宮司長は拘束された。
私は受け取った一本を宮司長の右肩にある黒い靄、いや、今は痣に変化した〈穢れ〉に向かって勢いよく振り掛ける。
家神様が持って来たのは、市販されている一本八十円の天然水。それを、二階の物置に置いておくと、一週間で〈聖水〉へと変化する。応急処置にもってこいでしょ。
まずは、消毒。
効果は覿面で、〈穢れ〉に触れた途端、ジュッと肉が焼けるような音がした。煙も出た。白色ではなく、黒色だったけど。
何度も、振り掛ける。その度に、ジュッと音がし、猿轡された口から悲鳴が上がる。拘束されていても、激しい痛みと苦しみで宮司長は悶絶する。猿轡は舌を噛まないための処置。
躊躇する事なく、私は三本目のペットボトルの水を黒い痣に掛けた。一見、乱暴に見えるやり方だけど、これが一番手っ取り早く、安全且つ的確な方法だった。
もう、宮司長は悲鳴さえ上げる事が出来なくなっていた。
賭け終わっても、黒い痣は、まだ宮司長の身体に残ったままだ。
まだ、そのままだった――
『…………佑樹殿』
「ウ――――!!」
死神様が躊躇いがちに声を掛けてくる。反対に、慶介は唸り声を上げる。
この時、私は外野の声が一切聞こえていなかった。
(靄の色が薄まった)
ただただ、黒い痣を凝視する。瞬間を見逃さないように――
時間にしては、ほんの短かいものだった。だが、とてつもなく長く感じた。
例えようのない緊張感が、その場を支配する。険しい顔で沈黙する私につられるように、死神様も慶介も口を閉ざした。
右肩を凝視する私の目に、僅かだが、黒い痣が変化したように映った。見落としそうな、ほんの僅かな変化だ。
私はそれを見逃さなかった。
「浄化」
やっと、私は〈浄化〉を唱える事が出来た。来た時のままだと、〈浄化〉の効きが悪くて、完全に消し去る事が出来ないからね。そうなれば、後遺症が残る。生き延びる事は出来ても、先は短い。
〈穢れ〉は弱体化し、そのまま消えると思っていたの。しかし黒い痣は、あの少年の意思のように悪あがきをした。消える事なく変形し、一直線に私の顔をめがけて襲って来たの。




