悪役
怒りに任せて吐いた言葉。
普通の状態ではなかったとはいえ、その言葉は、家神様こと見えない同居人さんと、二階に避難している付喪神様に聞かれている。
(代々先祖が必死に築き上げてきた信用が、一気にガタ落ちしたわね)
軽く溜め息を吐いてから、数年来の友人に向かって口を開く。おそらく、聞く耳を持ってはいないわね。それでも、開かずにはいられなかった。
「終わりってどういう意味だ!?」
敢えて、その質問には答えなかった。いずれ、骨身に染みて知る事になるから。
「……慶介、最後に友人として警告するわ。そこにいるのは亡者じゃない。悪霊でもない、多くの命を奪った〈魔物〉よ」
質問の答えの代わりに、少年の正体を教えた。
「魔物?」
慶介が小さな声で呟いたのを耳にしたのか、少年はボロボロと大粒の涙を流し始めた。
『……ぼ……く…………まものじゃないよ。おねおちゃん、どうして、そんないじわるゆうの。ぼくのこときらいなの……』
間違いなく、普通の人間がこの状況を見たら、私が完全な悪役よね。現に、慶介は私の胸倉を掴んで来た。さすがに、ちょっと苦しい。
(一応、これでも女子なんだけど。まぁ、それは今はいいか。うん、上手いこと離れてくれたわ)
私は慶介の身体を拘束する。そして、私の後ろに突き飛ばした。
そして、少年の姿をした〈魔物〉と対峙する。
「さてと……君が人間だった時に輪何があったかは知らない。ただ、とても酷くて辛くて、寂しい人生だったと想像は出来るよ。……でもね、どんな理由にせよ、多くの亡者と生者の命を喰らった時点で、君は人を捨てたの。……慶介には、君は可哀想な少年に映っているようだけど、私の目には、君は真っ黒に染まった、邪悪な存在にしか映らない。悪いけど、慶介は諦めて、今すぐここから出て行ってくれないかな」
(決裂すると思うけど)
『僕に出て行けって言うの……嫌っ!! 僕はお兄ちゃんと一緒にいる!! だって、お兄ちゃんは僕の手を掴んでくれたんだ。絶対、その手を話すもんか!!』
さっきまでの弱々しさは微塵もない。
(そう、そういう反応をするのね)
想像通りの反応だった。
少年か慶介の所に行こうとするが、見えない壁に阻まれて、こちら側には来れない。
『お兄ちゃん!!』
少年は泣き叫び、慶介を必死に呼ぶ。
慶介はその悲痛な叫びを聞いて暴れた。無理矢理、拘束から逃れようとして、身体のあちこちに切り傷を作っている。だが、拘束は緩む事はない。
「もう一度言うわ。私は君の存在を認めない。これ以上、神楽書店に留まる事は許さない」
一番大事なのは、〈魔物〉の姿形に惑わされない事。
次に大事なのは、相手を完全に拒否する事。そして同時に、入ってもらいたくない場所を明確にする事。
それが、〈魔物〉の対処の仕方だと神楽さんに習った。
例えば、家の者が招かないと吸血鬼が入って来れない事と一緒。後は、家神様である見えない同居人さんが対処してくれる。
少年は悔しそうに顔を歪め消えた。
消える間際、少年と目が合った。
その目には光が一切なく、見た者の心が一瞬に凍える程、暗く、憎しみに染まっていた。
手を掴んでくれた存在から切り離された、憎しみと怒り。
その相手は私だ――
(ほんと……厄介な事に巻き込んでくれたもんね……)
心の中でボヤく。
あの目を見ても、慶介は少年の事を想い暴れている。それを見て、また溜め息を吐く。呆れ果てたわ。
(仕方ないわね。もう少し、このままにしとくか)
拘束を解いた途端、殴られるのは嫌だし。少年の後を追って行かれも困る。慶介が受けた影響は、あの〈魔物〉と離れれば、そのうち自然と消えて行くわ。今はまだ、祭神様のお気に入りだし。でもまぁ、〈浄化〉しとこうか。そんな事を考えていると、見えない同居人さんの気配を感じた。
【佑樹さん、ご立派でした。お疲れ様です。疲れたでしょう。少し横になられては? 今、甘いカフェオレを淹れて来ますね】
便箋が一枚、テーブルに置かれる。
「うん、何とかなって良かったよ。カフェオレは後でいいかな。白さん達の分もお願い」
休んでいる暇はないわ。やる事が一杯ある。
【はい、連絡するんですね】
「しないと不味いでしょ。それから、二階に避難している皆には、まだ降りて来ないでって言っといて」
聞こえていると思うけど。
取り敢えず、私が〈浄化〉しないといけないのは、慶介とその周囲だけだ。緊急性があるからね。少年がいた場所と通った場所は、証拠として残しておかないと、後で白さんに怒られるわ。
【畏まりました】
これで、二階は大丈夫。
さて、掃除しようかな。その前に、白さんに連絡しないと。そう思ってスマホに手を伸ばした時だ。タイミングよく電話が鳴った。白さんからだった。




