終章
「――と、いう次第になったので、一応安全ですよ、高橋さん」
目の前に座る子供に向かって、私はそう締め括った。もうお客様ではないので、様を止め、さん付けに呼び方を変えた。
『……いや〜驚いた。まさか、あの死神様が。確かに、死神様が警護を引き受けて下さるのなら、これ以上のものはないな。それにしても、つくづく神楽書店は謎が多い所だね』
驚愕しながらも、台詞の端々に好奇心が滲んでいる。その様子を見ながら、私は微笑む。言葉は繋げない。
(さすが、高橋さんね)
私の意図を正確に読んでる。これ以上、この件については触れては来なかった。
(さて、私も仕事をしないとね。でも、このパターンは初めてじゃない)
嘗てのお客様が、普通に死後尋ねて来るのは。それに、罪人じゃないのも初めてだった。
(やっぱり、高橋さんはある意味規格外だわ)
例え、生前付き合いがあったとしても、やる事は同じ。まぁちょっと、言い回しに違いが出るけどね、優遇も差別もしない。
深呼吸をして、気持ちを切り替える。
「それでは、改めて高橋巽さん。私は神楽書店の店主を務める、神谷佑樹と言います」
今更だけど、第一声は、やっぱり挨拶から始めないといけないよね。でも、知っている人に挨拶ってなんか照れるわ。
高橋さんは一瞬キョトンとした顔になったけど、直ぐに神妙な表情になる。居住まいを正して、短く『はい』と答えた。
「貴方が、ここに、どのような想いを抱きながら来たのか、詮索するつもりはありません」
何が始まったのか分からないまま、戸惑いながらも、高橋さんは、また短く『はい』とはっきりと答えた。ただ、自分に関わる大事な事だと認識しているようだった。
「始めに、まず貴方には四十八日間、現世に留まる権利があります」
そう……高橋さんが亡くなったのは、先日。友引や仏滅じゃないから、今日、高橋さんの告別式が執り行われている筈。
(だけど、当の本人は、今ここにいるんだけどね。それも、子供の姿で)
おそらく、この時期に、紺に出会ったのね。一番想い入れがある世代に姿を変える事は、特に珍しい事じゃないからね。
『……四十八日?』
小さい声で、高橋さんは繰り返す。
高橋さんの感覚では、一日経っていないからね。死んで目を開けたら、この本屋の前だったって言っていたから。
「高橋巽さん、貴方が亡くなったのは昨日です。なので、一日を差し引き、猶予は四十八日となります。あまりお勧めしませんが、四十八日の間は、現世に留まっても罪にはなりません。何処へ行こうとも自由です。しかし、四十八日を過ぎた時点で現世に留まり続けると、貴方は罪人となります。如何なる理由があったとしても、その罪が免除される事はありません。その事を、しかと頭に留めて置いて下さい。宜しいですか?」
『はい、分かりました』
(素直だね)
これが、高橋さんの素なんだと思う。だから、紺が惹かれたのね。
「それまでは、ここを仮の家としてお過ごし下さい。貴方は罪人ではありませんから、ここを自由に出入りしても、強制的に死神に捕縛される事はありません。だけど、表に出る事はお勧め出来ません。どうしてか、分かりますか?」
「……いいえ」
高橋さんは素直に軽く首を横に振る。
(知らなくて当然よね)
「貴方は、紺との絆が強く加護があったから、無事、ここまで来れましたが、外はとても危険な場所です。特に、死んで間もない魂は……簡単に、引きずり込まれてしまう危険性が高い。無防備な状態なので、感化されやすいのです。負の感情は特に。……様々な想いを残して、留まり続ける者達は、至る所にいますから」
『地縛霊ですか?』
「そう言われる者達も含めてですね」
(地縛霊なんて、まだ可愛い。本当にヤバい奴はいる)
私は神妙な表情をしながら、そう答えた。高橋さんは言葉を失い黙り込む。その腕を紺が掴んだ。紺はニコッと笑う。高橋さんも嬉しそうに笑った。
「脅すつもりはありません。外は危険だとお伝えしたかっただけです」
もう一度、私は注意する。
『……分かりました。外には出ません』
「ありがとうございます。ここは安全ですから。それでは、旅立つまでの時間、ここで自由にお過ごし下さい。何をしても構いません。但し、二階の住居スペースの立ち入りはご遠慮下さい。後、付喪神様への暴力行為も禁止です。……さて、それでは、最後の時間をごゆるりとお楽しみ下さい」
(一応、これは儀式みたいなものだからね。高橋さんには必要ないと思うけど)
私は満面な笑みを浮かべながら、新しい住人を受け入れた。ほんと、紺は嬉しそう。蒼と陸は複雑そうね。




