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護国神社の隣にある本屋はあやかし書店  作者: 井藤 美樹
第一冊 桜のこより

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3/13

見えない同居人



「ただいま」


 店内には誰もいない。まだ、ほのかに温かいベビーカステラの袋をテーブルに置くと、何処からか小走りに走る足音が近付いて来て、ドーナツの袋は二階に消えた。


 それとほぼ同時に、カタカタという音がする。


 その音は、空耳かと思う程小さいけど、私には「おかえり」と応えてくれてるのだと勝手に思ってる。そう思うと、心がほんわかと幸せで温かくなるんだよね。


 私は着ていたコートを脱いで、椅子の背に掛ける。そして、手を洗いに洗面所に向かった。


 いつも、店内は暖かくて明るい。


 手洗いとうがいを済ませて戻ると、いつの間にか、コートがハンガーに掛けられているし、鞄は隅の定位置に置かれている。私が椅子に座ると、脇から淹れたてのコーヒーが出てくる。お菓子付きで。


(ほんと、至れり尽くせりだよ)


 この同居人さんは、他の同居人さん達とは少し毛色が違う。やけに、人間っぽいんだよね。それに、とても気が利く。店内には私以外、誰も居ないんだけどね。


 でも、居るの。


 ただ、見えないだけ。


 普通の人間なら、この時点で叫んでるか、腰を抜かして震えてる。或いは、這って外に逃げ出してるわね。


 コートの所でアウトだよ。


 私はもう慣れたけど。元々下地があったからね。まだ、マジだったと思う。よくいう、小さい頃から見える子だったから。


 昔は、こんな力を持った自分が嫌いだった。憎んでいたって言った方がいいかもしれない。でも……この力があったおかげで、私は神楽書店に来る事が出来た。居場所が出来た。今は、この力を受け入れてる。愛せるまでは言えないけどね。


 でもね、時々、想像する事があるの。


 もし、私にこの力がなかったらって。考えても仕方ないのにね。ほんと、馬鹿だわ。


 私が神楽書店に来た経緯(いきさつ)は追々話すとして、目の前の非常識な光景が、この本屋の、私のいつもの光景なの。


「ありがとう」


 お礼を言ってから、コーヒーを飲もうとカップの持ち手に指を絡めた時だった。ソーサーの下に、四つ折りにされた紙が挟んであるのに気付く。


 私はそれを、慣れた手付きで広げる。


【佑樹さん、寒い中お疲れ様です。明日二時、古書の鑑定をして欲しいと、沢木さんから連絡がありました】


 紙にはそう書かれていた。


「して欲しいね……これって、決定だよね」


 私が溜め息混じりに溢すと、またスーと一枚の紙が横から差し出される。


【そうですね。お断りしますか?】


「別にいいよ。仕事、終わったばかりだし」


【分かりました】


 短い文面だけど、見えない同居人さんが微笑んでいるように思えた。


 見えない同居人さんは、要件の前に、必ず私を気遣う一文が添えられてるの。角張った字だけど、丁寧に書かれていて、綺麗で読み易い。字から想像すると、見えない同居人さんは男性かなって勝手に想像してるの。


 なんせ、私は見えない同居人さんの声を聞いた事がないし、姿を見た事もない。見える子だけど、見えない同居人さんの姿を見る事は出来なかった。


 なので、当然、見えない同居人さんの名前も知らないわ。敢えて、訊かない。知ってしまったら、呼んでしまいそうになるから。絶対に呼ばない自信なんてないもの。だから、始めから訊かない。知らなければ、呼べないからね。


 とはいえ、見えない同居人さんの正体を知る方法はあるわ。


 あるけど、私がしないだけ。どうしても、したくないの。心地良い今を、自分の手で壊してしまいそうで。私の我儘だって分かってるわ。皆にも呆れられてる。


 それでも、出来ないでいるの……


 見えない同居人さんに対して、酷い事をしているって自覚はあるわよ。今の状態が彼にとって中途半端なのも理解してる。いつまでも、この状態が続ける訳にはいかない事も、頭では理解しているの。

 

 なのに、心がどうしても拒んでしまう。


 酷い事をしているのに、それでも見えない同居人さんはここに居てくれる。


 神楽さんが出て行ってからも、何かと私の世話をしてくれた。精神的にも助けて貰ってばっかり。


 見えない同居人さんとの静かな会話は、私の心をいつも和ませてくれるの。緊張を溶かしてくれる。仕事に自信がない時や失敗した時は、慰めてくれるわ。


 私はずっと、見えない同居人さんの善意に甘えてるだけ。


 とても大切で感謝しているのに、何故かこの頃、ほんの少しだけと心が波立つ。罪悪感かな……


 小さな小さな波。


 私はそれに気付かない振りをする。


(弱いからなんて、ズルいよね)


 思わず出そうになる苦笑を封じ込め、私は会話を進める。


「明日二時ね、分かった。あいつからの紹介となると……やっぱり、そっち方面だよね」


 面倒くさそうに、私はボヤく。


【おそらく、そうだと思います。くれぐれも、気を付けて下さい】


 そう書かれた紙が、スッと差し出される。


「ありがとう」


 気配だけする見えない相手に向かって、私はにっこりと微笑む。


 人ではない相手と交わす、何気ないその時間が、私は何よりも大切だった。



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