手紙(1)
満開だった桜も散り、ゴールデンウィークも終わった。初夏にはまだ早いのに、時折半袖で過ごせるようになった時期に、その手紙は届いたの。
驚いた事に、差出人は高橋様からだった。
「……何で、今になって?」
差出人の名前を見ながら呟く。
(……あれだけの決意をした人が、あっさりと反故にするなんて考えられないわ)
疑問に思うのも無理なかった。
私は、神楽書店を出て歩く後ろ姿を思い出す。
高橋様は一度も振り返る事も、立ち止まる事もしなかった。背筋をピンッと伸ばし、一歩、一歩、ゆっくりと歩いて行く。
あの時、私は確かに感じたの。強い覚悟と決別の意志を、その背中から感じ受け取った。だからもう、二度と連絡を取ることはないと思っていた。
その高橋様が、まさか、再び私に連絡を取ってくるなんて、意志が揺らいだとは考えにくい。
(なら。紺に関わる問題が高橋様の元で起きたとか――)
どっちにせよ、開けないと話にならない。取り敢えず、読んでからよね。話はそれから。
私は手紙の封を切った。そして、読んだ。
書かれていた内容は三点。
要約すると、高橋様の命があと僅かだという事。
(それは、薄々感じていたわ。高橋様の命のエネルギーが減っていたから)
二点目は紺の事。
紺が高橋家で、どういう存在として認められ、暮らしてていたか。事細かく記してあった。
問題は、最後の三点目。
紺を護ろうとした結果、生まれた弊害に対する心配。
最後まで読んで、溜め息が出たわ。
(強ち、間違いじゃないから、余計に問題なのよね)
高橋様は、紺の事を福の神のように扱ったの。
その気持ちは理解出来るわ。壊れ易い上に、安定していない状態で連れて来たんだから、必要以上に、本体である絵本を護らなければならないと考えた。
元々、高橋家はその辺に関して、造詣が深かったのも功を奏したようね。
結果、紺は高橋家で護るべき〈守り神〉になった。
事実、高橋家は彼の活躍で飛躍的に事業を伸ばし、裕福になった。その手腕は神がかっていたらしい。それが、より、信憑性を高めた。
高橋家の〈守り神〉を害してはならない。
掟のように徹底したと、手紙に書いてあった。
問題は、高橋様が倒れた後だ――
倒れれば、それだけで力は失墜する。ワンマンなら特にね。ましてや、今〈守り神〉は彼の傍にはない。
抑止力がなくなった親戚や家族は、必死で、紺の居場所を探しているらしい、絵本を手に入れるために。そのためなら何でもする。高橋様の心配は、まさにそこだった。
もし紺の居場所がバレれば、間違いなく彼らは動く。最悪、神楽書店を襲うかもしれない。その事を心配して、高橋様は知らせてくれた。
(結構、過激な一族よね)
でも、ある意味納得出来る自分が悲しい。
大袈裟ではなく、それこそ裏から手を回して、社会的に制裁に出る可能性も十分考えられる。
ステータスが高い人程よく、そういうスピリチュアルな方面に肩入れするの。意外だけどね。嘗て、私がいた教団の、顧客の三分の一は裕福層だったわ。
(あっでも、高橋様が何も手を打たない事は到底考えられないわね)
現に、出来る限りの手は打っていると言っているので、取り敢えず安心かな。容赦なさそうだし、手紙にも、安心してくれと書かれていたしね。
それでも絶対とは言えないから、最後は「外出の際は特に用心してほしい」という旨で締め括られていた。
高橋様が手紙を送って来た気持ちは理解出来る。私が同じ立場だったら、同じように手紙を送っていた。それに、出来る限り、迷惑が掛からないよう手を打った筈。
「注意はするけど……」
外出しない訳にはいかない。生活もあるし、仕事もある。神楽書店から出ないなんて無理。
【取り敢えず、暫く仕事は休みましょう。日々の買い物は護国神社の者にさせればいいのでは】
見えない同居人さんの発言に、パシリ扱いに怒り狂う慶介の顔を想像して、また溜め息を吐いた。




