観桜会(2)
『専門医には診せたのか?』
心配した白さんが訊いてきた。
「勿論、速攻、翁の所に診せに行きましたよ」
とてもとても心配だったからね。私が気付かない傷があったら困るし、補強方法が間違っていたら大変だから。それこそ、取り返しの付かない事になるわ。
幸い、絵本には問題になるような深い傷はなかったよ。私が補強した箇所も特に問題なくて、一気に身体の力が抜けたわ。
『翁はなんて言っていた?』
「……結論から言えば、退化したせいだと、翁は言っていたわ。あくまで仮説だけど」
『退化?』
物騒な単語が出て来て、白さんの声が厳しくなる。
「実は……高橋様の所では話せなかったらしいの」
私がそう答えると、更に白さんの眉間に皺が寄った。
『どういう事だ? 普通に話せていたぞ』
「神楽書店ではね。翁が言うには、神楽書店を出た瞬間に紺の成長が止まり、退化したと」
『詳しく話せ』
詰問してくる。口調はとてもキツイけど、それだけ心配しているのだと分かっているから平気。
『白殿、佑殿は貴方様の部下ではありませんよ』
私は平気だったけど、皆には違ったみたい。矢那さんが窘める。
『……確かにそうだな、済まなかった』
謝られて困ったよ。相手、神様だからね。
「いえ、お気になさらず。紺を心配してくれたからですし。翁が言うには、不安定なうちに、安全な場所から外に出た事が原因だと」
『なら、神楽の判断は間違っていたと言う事か?』
そう訊かれても、おかしくない状況だわ。でも、それは違う。そこだけは、はっきりと否定しなければいけない。
「それは違います。正直、二分する選択だと思いますが、決して間違いではありません。……店主として述べるなら、決断した最大の理由は、紺が神格化する際に、高橋様という存在が大きく関わっていたからです。絵本は子供が読む物。その子供の声を聞いて、紺は付喪神様になり、人形に変化した後も一緒に遊んだ。ましてや、一度離したのに、なんのつてもなくここを訪れた。とても強い縁に結ばれています。それを無視する事は出来なかったと思います」
(それで、納得してくれるか分からないけど)
『仕事柄。縁については詳しいが……』
(まぁ、そうだよね。死神様に縁の話は無謀すぎたわ)
それでも、話さないといけない。
「翁が言うには、今も高橋様と離されて、精神負荷が掛かっている状態だと。幸いな事に本体は無事だから、これ以上悪くはならないそうです」
『それは、どうなんだ?』
白さんは微妙な表情になる。
「神楽書店に戻って来た時点で、ゆっくりだけど、紺は成長するそうです。焦らず、見守っていればいいと」
『そうか……なら、ひとまず安心だな』
紺は一人じゃない。心配してくれる蒼や陸、それに皆がいる。温かい家もある。長い時間もある。焦らず、ゆっくり成長すればいいの。
「はい、皆が一緒なので……」
『そうか、俺もいるしな』
「そうですね、頼りにしてます。ところで白さん、桜を見に来たの?」
『今日は観桜会だろ。一緒に桜を見に行かないか?』
考えてもいなかった白さんの台詞に、矢那さんは歓喜の悲鳴を上げ、見えない同居人さんは、何故か突然掃除をし出した。他の付喪神様達は傍観者。
私は完全に固まっていた。
(……ん? 桜見に行く? 誰と?)
「…………はい?」
かなり間が空いてから、やっと声を出す。
『じゃあ、早速行こうか』
然りげ無く、手を握られた。いきなりの展開に、気が動転していると、はたきが白さんを襲った。おかげで、我に返ったわ。
「ちょっと待って!! 承諾したつもりはないから!! さっきの「はい」は疑問形の「はい」。それに今日、翁が来るかもしれないから無理!!」
はっきり断ると、白さんは不愉快そうに眉を顰めた。
『……翁が?』
その声はとても低く、険しい。
(私、何か悪い事した? 絶対、怒っているよね)
「観桜会の事を知って、花見に来るって言っていたから。まぁさすがに、大勢の人間と混じって飲んだりはしないと思うけど。翁、桜好きだからね。後、付喪神様達も」
紺を診せに行った時、然りげ無く、観桜会の日程訊かれたの。そして、紺の往診がてら遊びに来るって。
何時に来るか分からないから、いつ来てもいいように、クローズにしていたのだけど、白さん気付かなかったみたいね。
白さん気付いていました。




