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護国神社の隣にある本屋はあやかし書店  作者: 井藤 美樹
第二冊 絵本

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23/50

離した手



(……意外と、付喪神様って重たいんだね)


 本体は草履なのに、吃驚したわ。でも、この重さが思いのほか心地良い。生きてるって感じがしてね。


 紺は今、他の付喪神様と一緒に御休み中なの。


 その部屋には、私と見えない同居人さん以外は入れない。そのドア前で熟睡している蒼を抱き上げて運ぶ。陸は矢那さんが抱えている。取り敢えず、私のベッドまで運ぶと、そのまま寝かし付けた。


「ほんと、可愛い。和むわ」


 和んでいるのに、蒼と陸の寝顔を見ていると、隅に追いやっていた記憶が不意に蘇る。


(一度、記憶の扉を開けてしまったから、仕方ないわね)

 

 空気を読んでくれたのか、矢那さんは消えていた。おかげで、自嘲気味に笑う私を見られる事はなかった。


 私も幼い頃、父親に抱っこされてよく運ばれた。


 父親は売れない作家だった。仕事をするのは主に夜で、私が寝てからだ。


 折角寝かし付けたのに、寂しくて、夜中に起きると、よく部屋を抜け出した。仕事の邪魔をしたくなくて、でも、少しでも一緒にいたくて、結局、部屋で寝ないで、仕事部屋のドアにもたれて眠っていた。今の蒼と陸のようにね。


 そんな私を苦笑しながらも、父は大きな手で抱き締め抱えてくれた。


 私はその温かな手が大好きだった。


 その大好きな温かな手を、私は自分の意思で一度手放した。


 売れない作家に幼い子供。


 生活はジリ貧。子供ながらに、父親のお荷物になっているって分かっていたわ。


 血の繋がった子供ならまだしも、血の繋がらない子供を、それも、自分を裏切って、勝手に出て行ってしまった女の子供を育てる義務なんて、何処にもないでしょ。いくら、あの女を愛しているからっていってもね。


 私が可哀想だから、見捨てられない。


 庇護欲からなのか、愛情からなのか。それとも、あの女が頼んだからなのか。


 理由は分からないけど、父は私の手を離さずに、いつも握っていてくれた。父にも父自身の人生が、未来があるのにね。


 すっごく馬鹿でお人好しで、とても優しくて、日溜まりのような人だった。


 手を離した時の、父親の顔を今でも思い出す。


 嫌われたくて、憎んでほしくて、最低最悪な裏切り方をした。


 大好きで大切な父親の手を振り払って、自分を裏切り捨てた女の手を握ったの。


 なのに、地獄に堕ちた私を助け出してくれた。


(……駄目ね。感傷的になってきたわ)


 高橋様が来てから、何かと父親の事を思い出すようになった。


 その度に、罪悪感が押し寄せ感傷的になってしまう。あまり感傷的になる事は、仕事上、良しとしないのにね。


 たぶんそれは……私の中で、父親の事を消化出来ていないからだと思う。今となっては、どう消化していいか分からない。方法すら思い付かない。


 とはいえ、機会がなかった訳じゃなかった。でも、唯一の機会は、父自身に拒否された。


 乾いた、自嘲気味な笑みしか浮かべない私の耳に、心配そうに紺の名前を呼ぶ、蒼と陸の声が聞こえた。


(寝言? ほんと、紺の事が大事なんだね)


 微笑ましい。胸の奥が温かくなるわ。


 それにしても、こうして寝ている姿は、人間の子供と全く変わらない。


 無防備に、安心して寝ている顔を見ていると、私でも母性本能が刺激されるわね。仕事や役割に関係なく、護りたいと心から思う。


 まだ若いから、結婚なんて、まだまだ遠い先の話だけど、いつかは私も、こんな風に自分の子供の世話をする日が来るかもしれない。その相手は、やっぱり人間なのかな。それとも、あやかしかな。神様はないわね。どっちにせよ、今は全然想像出来ないわ。


 思いに浸っていると、いつしか矢那さんが戻って来ていた。


「……この子達、紺が目覚めるまで、ずっと付き添うつもりなのかしら?」


 蒼と陸が起きないように、小さな声で訊いてくる。その表情は心配で曇っていた。


 そう。今日で五日目。蒼と陸をベッドに運ぶのは。


 高橋様が絵本を返しに来たのが、五日前。その夜からだ。


 神楽さんに本の取り扱い方を習っていたみたいね。神楽さん自身、何度も様子を見に行っていたおかげで、返却された絵本の状態はすこぶる良かった。


 少しだけ紙が弱っていた箇所があったから、そこを補強しただけで済んだ。酷かったら、修復師の翁の所に持って行くつもりだったけどね。掛かった時間は、小一時間ぐらいで済んだ。


 損傷がないから、直ぐに人形(ひとがた)に変化出来る筈なのに、紺は絵本のままだ。話し掛けても返事はない。付喪神様達が話し掛けても同じだった。


 もしかして、私が気付かないだけで、深い損傷があるかもしれない。そう考えた私は、翁の所に紺を連れて行った。


 結果は――翁でさえ治せないものだったの。


 私でも無理。


 だって、翁と私が治せるのは、外科的なものだけだから。私に関しては、更に限られる。


(心までは治せない。ほんと、情けない)


 紺は頑なに拒否しているの。起きる事を――


 それは、紺なりの意思表示なんだと思う。その気持ちは、私でも理解出来る。


 だからせめて、昼間は紺と一緒にいようと考えた。陽が暮れたら二階に運んだ。もしもの事があったら大変だから、お休みしている付喪神様の所に置いた。少しでも、寂しくないようにね。紺からしたら、もっと静かな場所に置いてもらいたかったかもしれないけど。


 結界が張られたその部屋に立ち入る事が出来るのは、私と見えない同居人さんだけだ。


 蒼も陸も中に入る事は出来ない。それでも、寂しくないように、蒼と陸は毎日付き添う。


 離れてしまった手を、もう一度握ろうと頑張っている蒼と陸を止める事は、誰にも出来なかった。


 


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― 新着の感想 ―
Xから来ました。読み始めたらつい先の話が気になって、気がついたら最新話まで来てしまっていました(-_-;) ブックマークに評価で応援させてもらいますのでよろしくお願いします。
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