囚われていたのは
少し話を戻すと、付喪神様に進化したては、何から何まで、生まれたての赤ちゃんのようなものなの。
生まれたての仔馬や仔牛が、脚をプルプル震わせながら懸命に立とうとするように、付喪神様に成り立ては、プルプル身体を震わせながら、漸く人形になるの。そこまで行くのも一苦労らしい。
当然、話すようになるのも、相当な時間が掛かるの。なので、付喪神様皆が言う赤子というのも、強ち大袈裟でも過保護でもないわ。
上手く育っているからといって、安心していたら、何かの拍子で本来の姿に戻ってしまう。紺の場合は絵本だね。神格化が落ち着くまでは、その繰り返しなの。
これが、皆が言っていた不安定な状態。
この時期が一番危ないの。下手したら、化け物として人間にやられてしまうかもしれないし。本来の姿に戻った時、本体が壊れる可能性大だよね。十センチくらいの高さから落ちて、壊れる事もあるし。完全に落ち着いたら、多少の衝撃でも大丈夫だけどね。まぁそれても、完全じゃないし。
それこそ、やっと付喪神になったのに、最悪次の瞬間には、ボロボロに壊されて廃棄される事もあるの。主に壊すのは人間。悲しくて腹が立つけど、それが現実なの。
死神の白さんや、他のあやかし達に比べ、付喪神様は戦闘能力はほほ皆無。それに、打たれ弱い。でもね、住む土地に幸いを振りまくの。凄いよね。
安定する期間は、様々らしいわ。でも、大きな特徴があるの。人の想いによって神格化した付喪神様は、かなりの年数が掛かるらしいわ。十年単位でね。蒼と陸も十年掛かったって、本人達から聞いた。
反対に、観賞用だった矢那さんと朱里様は、数年で安定したって聞いたわ。
だから、付喪神様に神格化して十年そこそこの紺が、安全な場所である神楽書店を離れるのは、かなりのリスクを背負う事になるの。
「一番配慮しなくちゃいけないのは、紺の安全よね」
どうしても、神楽さんの判断に疑問を持ってしまう。
『ふむ、それはな、元々、高樋の屋敷で紺が付喪神に神格化したからだ。神格化したての頃、よく高藤と遊んでいたらしい。だが、佑も知っている通り、神格化したての付喪神は危ないし弱い。偶々、そういった者に造詣が深かった者が傍にいたから、幸いにも、壊されずに済んだ。しかし、いつまでも放置し続ける訳にもいかぬ。学童期の子供に悪影響を与えかねん。故に、神楽が迎えに行ったのだ。それから十年、紺はここで平和に過ごしておった』
当時を思い出しながら、朱里様が語ってくれた。
(私でも迎えに行くわ)
『……だけど、ある日、こんな桜の季節だったわ。ひょっこりとあの男が現れたの。ひと目見て、紺が自分と遊んでいた少年だと気付いたの。……見えていたのね、元々、そういう才能がある家だったらしいわ。まぁそれからは、猛アタックよ。しつこいったらなかったわ』
続けるように、矢那さんが口を開く。当時を思い出してか、盛大に顔を歪めている。
「それでどうなったの?」
『始めは、神楽殿も事情を話して、諦めてもらうように説得していたけど、全然あの男は引かなかったの。連れ出すような、馬鹿な真似はしなかったけど、連日のように通って来て、ほんと、そのしつこさには参ったわ。……でもね、紺も満更ではなかったの』
矢那さんは続けて教えてくれた。
(紺も、高橋様の事が好きだったのね……)
『……当然と言えば、当然かもしれん。初めて人形に神格化した紺が最初に目にしたのが、あの男だったからな』
朱里様が溜め息混じりに語る。
「それって、雛の刷り込みのようなもの?」
『うむ、それに近いな』
当時を思い出した皆は、盛大に溜め息を吐いた。私は苦笑する。
(なるほどね、それは引き離し辛いわ)
特に紺は、人の想いによって神格化した付喪神様だ。何よりも人が好きな筈。ましてや、本体が絵本、最初に見たのが子供の高橋様なら、当然特別な存在になるわ。
『『反対したけど、紺が一緒に行きたいって駄々をこねたから……』』
今度は、蒼と陸が寂しそうに言った。
「なるほど、そういう訳ね。不安定な状態で無理に引き離したら、悪影響が出るかもしれない。そのリスクの方が高かったから、神楽さんは色々条件を付けて、貸出しを許可したのね」
納得したわ。元気をなくした蒼と陸を、私は自分の方に引き寄せた。
(ここに来てからも、紺はずっと……高橋様に会いたかったのね)
抱き締めながら思う。
本来、絵本は子供が読む物よ。今は大人向けの絵本も沢山あるけどね。そして神格化して、自我を持ち、最初に出会ったのも、子供。何より、人形になる前から、高橋様の声は聞こえていた。
もしかして、囚われたのは高橋様ではなく、紺の方だったのかもしれない。
それに気付いたからこそ、神楽さんは高橋様に紺を託す選択をしたのかもしれない。どっちにせよ、かなり高リスクなのは変わらないけどね。確信は持てないけど、そう思えて仕方なかった。




