絵本の付喪神様
見えない同居人さんが、然りげ無く白い手袋とマスクをテーブルの脇に置く。私は軽く礼を言い受け取った。いつも本を診る時は、必ず手袋とマスクをしているの。人間の手汗や油は汚れになるからね。繊細な付喪神様関係なく必要な事よ。
「蒼と陸は、紺と仲が良かったの?」
マスクをし手袋をはめながら、私は双子に尋ねる。
『『うん、よく一緒に遊んでた。だから、あいつ嫌い』』
「あいつ? 高橋様の事ね」
『『そう、あいつ、安定していない紺を連れて行った。でも、紺の事を大事にしてくれた。そこは褒める』』
蒼と陸は、微妙な、なんとも言えない表情をしている。双子は気になる言葉を口にする。
(安定していない?)
『紺は我々の中で、一番若かったのだ。赤子と同じか感覚じゃな』
朱里様が補足してくれた。
『そうね。神楽殿の所にやって来たのが、付喪神になって一年足らず。ここで過ごしたのも、十年くらい。まだまだ赤子よ。やっと、はいはいが出来たくらいのね。なのに、突然あの男がやって来て、連れて行ってしまったわ』
更に詳しく、矢那さんが教えてくれた。
この場にいる付喪神様は全員、色々思う所があるみたいね。それでも、大切な家族が戻って来た嬉しさと、心配する気持ちが入り混じっているようだった。
全員、帰って来た家族の顔を見ようと覗き込んでくる。
(付喪神様になって十年って……)
相変わらず、神様の時間感覚は人から掛け離れたものだけど、それでも、付喪神様になって十年でここから出るなんて、正直信じ難い話だわ。そもそも、付喪神様を外に出すこと事態信じられなかった。
「よく、神楽さんが許したわね。まだ安定もしていない状態で、ましてや絵本なのに。それだけの理由があったとしても、かなりの冒険よね……」
冒険っていうより、一か八かに近い感じもする。どっちにせよ、私には怖くて出来ない選択だわ。
人が日常的に使う物は工芸品とかに比べて、付喪神様になるのはとても難しいの。蒼と陸、紺以外知らないわ。
人が使えば、知らないうちに傷付く事もあるし、壊れる事もあるわ。簡単に、物としての寿命が終わるの。壊れたのを修復して使えるようにしても、それは物なの。
余程の深い思い入れがあって、大事に使えば神化するかもしれない。限りなく低いけどね。
紺は絵本の付喪神様。
本体の本は紙で出来ている。それも、半世紀昔の絵本。本体自体が、とても脆い。
本来なら、神楽書店で大事に保護するのが最善だわ。なのに、神楽さんは敢えて外に出した。それも、不安定なままで。
(どうして、出したの?)
疑問を抱きながらも、絵本を手に取り状態を診る。保存状態はすこぶる良かった。ホッと胸を撫で下ろす。
仮にも古本屋を営んでいて、絵本の事をあまり詳しく知らないのは恥ずかしいけど、少し調べてみたら、紺を生み出した作家は無名だった。その作家が残したのは、この絵本だけ。それ以外の作品は残していない。発行されたのは、この一冊だけだった。
絵本も草履も、飾られたり、観賞用の物じゃない。
大事にはされるかもしれないが、擦り切れる物よ。傷んでこそ、幸せな部分もあるわ。
なのに何故、蒼と陸、そして紺が付喪神様になれたのか――
それは、偏に人の想いからだ。
物を大事にする想い。感謝の気持ち。その草履や絵本を使用した時の楽しさ。そういった温かい想いが蓄積されて、物としての命を終えようとしていたものに、新たな命を与えたの。
そうして、蒼と陸、紺は生まれた。
想いの強さといえば、〈桜のこより〉の件も同じよね。ただ、横井春の場合とは明らかに違う。
あの〈桜のこより〉は、横井春自身が作った物だ。それも、負の感情を込めてね。
寂しい、会いたいと願いながら――
一途な恋心よね。それが悪いとは思わない。健気だと思う人もいるわね。
だけど、彼女は死後もあの世に旅立たず、こよりの中で生き続けた。そして、〈桜のこより〉そのものになった。それは間違いなく罪だ。
生き続けた事で、確かに〈桜のこより〉は新しい命を持つようになったわ。でもね、それは付喪神様とは本質が全く違うの。一見、似ているように見えるけどね。
付喪神様が〈聖〉なら、桜のこよりは〈邪〉だ。
人の想いは怖い。でも、とても強いものなのだと、私は改めて思い知った。




