子狐の紺
振り返らず去って行く高橋様の背を見送ってから店内に入ると、蒼と陸が泣きそうな程心配しながら立っていた。
草履の付喪神様の視線は、私が持っている絵本と私を往復している。最初から最後まで、見ていたようだ。
それにしても、まさか、自分の胸の内を初対面の人間に吐露するなんて考えてもいなかった。高橋様を見ていると、ついポロッと出てしまったのよね。
(そう言えば……ここで、父の話をした事はなかったわね)
皆も、父の事を話題にする事を避けていた。私自身が避けていたからね、察してくれたのだと思う。皆、とても優しいからね。
「私は大丈夫だよ。皆がいるし、それに、幸せだって言ったでしょ」
そう告げて、私は微笑む。
『『僕達も、佑に出会えて幸せだよ』』
にっこりと双子の付喪神様は笑った。
「ありがとう、蒼、陸」
その言葉とその笑みだけで、私はとても幸せだよ。心が温かくなる。私は蒼と陸の頭を、感謝の気持ちを込めて撫でた。
『『……佑、紺は大丈夫なの?』』
少し間が空いてから、震える声っ蒼と陸が訊いてきた。心配し過ぎて、顔色が悪い。
「コン?」
(たぶん、この子名前ね)
『『うん。紺色の紺、狐のコン』』
やっぱり、この子の名だった、絵本のタイトルからきているのね。
絵本の表紙には、紺色の着物を来た子狐の絵が書かれている。子狐の着物の色と〈子狐の大冒険〉というタイトル名。それから、狐の鳴き声の紺からきたのね。
常々思っていたけど、付喪神様の名前って響きや意味に重きをおいてる。漢字には然程意味がないみたいね。当て字が多いかな。矢那さんもそう。蒼もそうだよね。まだ、陸と朱里様は本体と関連があるけど、直接的なものではないし。
陸は草履が常に地面に触れていたからだし、朱里様は桐箱の模様の色からきているの。蒼は空の色を連想させているわ。矢那さんは柳の木から作られてるし。
それでも、付喪神様達にとって、名前はとても大事なものなの。人で言う戸籍みたいな感覚に近いわね。思い入れは段違いだよ。だから私たちは、付喪神様をあだ名で呼んだりしない。
『『紺、大丈夫?』』
心配そうに、蒼と陸は私の手元にある絵本を見詰める。
「今から診てみるけど、たぶん大丈夫だと思うわ」
これまで、何度か傷付いた付喪神様を看た事があった。それと比べたら、この絵本は無傷に近い。
辛うじて、私が出来るのは、本の修復の真似事に過ぎないわ。修復師じゃないからね。だけど、看護ぐらいは何とか出来る。その手伝いにかり出された事も何度もあるわ。一応、看護に関しては経験者よ。
だからかな、傷付いた時に漏れ出る、付喪神様特有の力の波動を絵本からは感じなかったの。でも、絶対だとは断言出来ないから、敢えて私は「たぶん」という単語を付けた。
「大丈夫」という言葉を聞けて、蒼と陸は安心したようにニコッと微笑んだ。
いつもは子猿のような蒼と陸が、子栗鼠のように微笑む可愛さに、私はやられたわ。自然と口角が上がった。自分でもだらしない顔をしてると思う。
堪らず、蒼と陸の頭を撫で回すと、椅子に腰掛けた。絵本をテーブルに置く。
座る私を挟むように、蒼と陸は立つ。髪を乱した蒼と陸が手元を覗き込む。
(大丈夫っと言われても、やっぱり心配だよね)
私は双子が見ていなくても、安心させるように微笑んでから紫布を解いた。




