老紳士(1)
横井春と椿野彰が共に旅立って、二か月が過ぎた。
霜がコンクリートを白く凍らせていた季節も、とうに終わり、姫路城の堀沿いに植えられた桜の花が一斉に咲き出した頃だった。
一人の老紳士が、紫布に絵本を包み、神楽書店を訪れた。
ひと目見て、私は身なりのいい老紳士だと思った。着ている物もそうだけど、自然と出る立ち居振る舞いが洗練されていて、老紳士の良さを物語っていた。歳を取り、腰が曲がっても、滲み出る優雅さは隠せない。
「お待ちしておりました、高藤様ですね」
私は遠方からお越しになられたお客様にソファーを勧める。固い椅子は膝と腰に負担が掛かると判断したからだ。
神楽書店を訪れたのは、老紳士一人だけだった。おそらく、同伴者は護国神社で待たせているのね。ここに入れる人は限られてるもの。
「こんにちは、お嬢さん。貴女が、今の神楽書店の店主だね?」
老紳士は真っ直ぐ私を見詰め問い掛ける。
表情はとても柔和だ。なのに反して、その視線は鋭かった。その鋭さに、私は一瞬萎縮しそうになったが、何とか平常心を保つ。
確かに、老紳士の視線は鋭く強い。
だけど、不審感で睨んでいるとかじゃない。マイナスの印象は全く感じなかったからね。他のお客様のような、戸惑った感じも困惑した様子もない。
その代わりと言っていいのかな、何かを確かめようとしているような、試されているような、そんな感じがした。
たぶん、その感覚は間違いじゃない。
(……始まってるのね)
高藤様が入店したと同時に観察し出したように、彼もまた、私を観察していた。
その目は、私よりもとても厳しいものだと感じた。それだけ、高藤様が抱く想いと期待は強いのだと知る。何か、嬉しくなったよ。
(気を引き締めないとね)
自然と、背筋がピンッと伸びる。
「はい、神谷佑樹と申します」
ソファーに腰を下ろした老紳士に、私はコーヒーじゃなく桜茶と鶯餅を用意した。鶯餅の餡は、彼が好きな粒餡だ。
茶菓子を見て、老紳士はここに来て初めて微笑む。
「……神楽さんは、よい後継者に恵まれたようだ」
向かいに腰を下ろそうとした私に、老紳士は優しい声で嬉しい事を言ってくれる。
(よかった……一次試験は合格したみたいね)
「ありがとうございます。まだまだ若輩者ですが、そう言って頂けると、とても嬉しいです」
一次試験を合格した事よりも、神楽さんを知っている人に認められた事の方が嬉しくて、私は自然と微笑んでいた。




