終章
私は報告がてら、護国神社に散歩に来ていた。
慶介が神楽書店に来る事は、ほぼないからしょうがないの。一応、迷わず来れる筈だけど、出来ればあまり近付かない方がいい。だって、あやかしや神々、人ならざる者が普通に出入りしているからね。気に入られたら面倒でしょ。反対に問題が起きても、慶介一人じゃ対処出来ないしね。そもそも、近くにある商店街は、人が利用していないし。つまり、そういう事なの。
だから地図上に、護国神社の裏に商店街は存在していない。でも何故か、不思議と神楽書店に郵便は届くのよね。通販も出来るし。今はそういうものだって認識してるわ。
まぁ簡単に言えば、あやかしの住む世界と人が住む世界の狭間に、神楽書店はあるの。
「それで、結局どうなったんだ?」
軽く横井春が桜のこよりになった所まで話すと、境内を竹箒で丁寧に掃きながら、慶介は先を促す。お金にがめついけど、根が真面目だから手は止めない。
「来たわよ、昨日の夕方にね」
気にせず、私は答える。
「ほんとか!? ……よく来れたな」
慶介は手を止め驚く。
「私もそう思う。ズタボロだったけどね」
冗談抜きに、本当にズタボロな状態だったの。衣服もぼろぼろで、あちこち破れていて、!埃と泥まみれだった。身体も傷だらけだった。別の意味で、酷い状態だったわ。
運が良かったのか、それとも、死神様が見逃してもらったのかは分からないけど、椿野彰は横井春の縁を辿り神楽書店に来た。
「亡者なのに、ズタボロになるのか?」
「ズタボロだったね」
私の答えに、そういうもんかと、慶介は一人納得している。
「それで、彼女とは会えたのか?」
慶介が知りたかったのはそこだろう。私は軽く首を横に振る。
「最後まで、横井春は目を覚まさなかったよ。でもね……幸せそうだった。椿野彰はとても大事そうに、桜のこよりを、ううん、彼女を抱き締めていたわ」
(迎えが来る時間まで、ずっとね……)
椿野彰は横井春の正体を知っていた。
そして、彼女が既に死んだ人間だと知りながらも、心から彼女を愛していた。
少なくとも、横井春の一方的な想いじゃなかった。あの詩集に残った男性の想いは、椿野彰のものだったわ。
「殺されたかもしれないのに?」
(確かに、そうだよね。でも……)
「……そんなの、どうでもいいんだよ。椿野彰にとってはね」
そもそも彼は、横井春に殺されたとは思ってはいない。思っていたら、あんな幸せに溶けた顔は出来ないわ。
もし、仮にだよ。
仮に、椿野彰が横井春に殺されたとしても、それは彼にとって大して意味のない、些細な出来事だったのかもしれない。
自分の命よりも、横井春と一緒にいる方が、彼にとったら重要で最優先すべき事だった。
だとしたら、椿野彰は、希望通り愛する彼女と一緒に歩める未来を手に入れた。人としての歩む道を捨ててまで。
椿野彰を見ていたら、そんな風に思えて仕方がなかった。
その選択を、間違いだと言う人は多いでしょうね。物語だから、あり得るのだと言う人もいると思うわ。それでも、椿野彰は横井春と共に歩む時間を欲した。
しかし、そこまでして手に入れた時間は、ほんの僅かなものだった。その事を、椿野彰は知っていたのかな。知っていて、その選択をしたのかな。残念な事に、訊こうと思っても訊けない。
「俺には分かんねーな」
ぼそっと慶介が呟く。
(慶介の性格ならそうなるわね。常に、陽光の下にいる人間だから。でも私は……少し分かるかな)
自分の存在全てを賭けてもいい程に、大切な存在だった。ただ、それだけ。そういうのを、狂気に近い愛っていうんだろうね。
「……でも、そこまで誰かを愛せるのって、とても羨ましい事じゃない」
どんな形でも。心からそう思う。
「まぁな……」
慶介にしては珍しく、素直な笑みを浮かべた。
さて、話も終わったし、身体も冷えてきたので帰ろうとする私に、慶介が声を掛けてきた。
「もしかして、椿野彰って、横井春が現世に留まる原因になった奴の生まれ変わりだったりしてな」
そうかもしれない。否定も肯定も出来ない。
「それも、二人にとってはどうでもいい事じゃない。……気が変わったわ。慶介、ラーメン食べに行かない? 前に言ってた、洋風の建物のラーメン屋さん。ちょっと距離はあるけど、いいよね」
なんか、無性に食べたくなったの。
「いきなりだな。ったく、着替えてくるから待ってろ」
慶介はぼやきながら、社務所に向かって走り出した。
慶介にはあー言ったけど、正直、気にならないって言えば嘘になる。生まれ変わりか調べる術もあるわ。でも、調べようって気にはならなかったの。なんか、二人の想いに水を差す気がして。
最後の最後に、椿野彰は間に合い、愛する人と一緒に旅立った。
それが、一番大切な事なのだから――
だけど、その先に続く道は、二人にとっては厳しいものでしょうね。
(特に、横井春の方は……)
椿野彰の件は別として、彼女は多くの罪を犯している。
現世に留まり続けること事態が罪だから。地獄は現世のように甘くない。罪に似合った求刑が課せられる。年齢性別関係なくね。
私は天を仰ぎ見る。
(罪を償い終わった先に続く道が、どうか重なりますように――)
心からそう願った。




