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護国神社の隣にある本屋はあやかし書店  作者: 井藤 美樹
第一冊 桜のこより

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14/50

恋慕



 頭を下げ、白さんを見送った私は、そのままへたり込んでしまったよ。緊張で喉がカラカラに乾いた。


(……怖かった……物凄く怖かったよ…………)


 マジ、腰が抜けた。そんな情けない格好なのに、付喪神様達は興奮しながら私を取り囲む。


『『佑、かっこよかったよ』』


 蒼と陸が私に抱き着く。矢那さんも朱里様も、口々によくやったと褒めてくれた。だけど、見えない同居人さんからは何もなかった。


 褒めて欲しいとは思わない。心配して欲しいとも思わない。無茶をした事を怒って欲しい訳じゃない。言葉なんて、何でもよかったの。ただ……見えない同居人さんの言葉が欲しかった。


 胸の奥がギュと痛み締め付けられる。


 だけど私は、その痛みの正体に気付かない振りをし続ける。


「そうかな? ありがとう」


 付喪神様達、そして、たぶん近くにいるだろう見えない同居人さんに、私はいつもと変わらない笑みを浮かべる。


(あれ? 反応なし?)


『『『『…………』』』』


 急に黙り込んでしまった付喪神様達に首を傾げる。


「どうしたの?」


『……いや、何でもない』


 そう答えたのは、朱里様だった。


(なら、いいけど……矢那さん機嫌悪くない?)


 何故か、目が怖い。そして、とても辛そうだった。顔を歪め、私から視線を逸らす。


(何かした?)


 訊こうと口を開き掛けた時だった。テーブルの上に冷えたペットボトルが、然りげ無く、そっと置かれた。指先に冷たさが伝わる。


 私が前々から飲みたかった新製品だ。誰が用意してくれたか、直ぐに分かった。そして、その意図も伝わった。


「……ありがとう」


 泣きそうになった。それをグッと我慢する。声が震えなかったから大丈夫。喉を潤してから皆を見た。


「後、二日。椿野彰は来ると思う?」


 矢那さんに、怒っている理由を訊くのを止めた。


 見えない同居人さんが、私の意識を逸らせたのは、そういう意味だと汲んだから。それに、私事で時間を潰すのも、皆と気まずい思いをするのも、避けたいと思った。


『……さぁ、それはどうでしょう。現実的に難しいと思うわよ』


 いつもの表情に戻った矢那さんが答える。私も矢那さんの見解に頷く。


「私もそう思う。実際、ここに向かっているのかも分からないし、向かっていたとしても、死神様達の目を掻い潜るのは難しいと思うわ」


(現実は、そんなに甘くないわ)


 それは、死後の世界でも同じ。


『『でも、佑は来てほしいと願ってるでしょ』』


 蒼と陸が私の気持ちを代弁してくれた。ほんと、私以上に私の事をよく知っているわ。


 見た目五歳児の、無邪気な笑顔に嘘は吐けない。私は小さく頷いた。


「まぁね……縁の強さを信じたいと願ってるわ。……正直、驚いたの。彼女があんなに強く反応するなんて。もしかしたら、矢那さんが聞いた男性の名前って、彰だったかもしれないわね」

 

 横井春の反応を見る限り、その可能性が高い。


 矢那さんは男性の名前を聞いたって教えてくれたけど、はっきりとは聞き取れなかったって言ってたからね。少なくとも、現世に留まる原因になった男性ではないでしょ。


(昔は違ったかもしれないけど……)


『……佑殿、人の想いは儚き陽炎のようなもの。嘗ては強く想っていても、何かの拍子に他へと移ってしまう。だからといって、薄情と言うのは間違っているわ。ただ……弱いからなの、とてもね。肉体的にも精神的にも。それは、亡者でも言えるわ。特に、亡者だから言えるのでしょうね。彼らは肉体を失った不完全なモノだから。肉体という鎧もなく(さら)されるの。心が……魂がね……』


 矢那さんの台詞は深過ぎて、恋をした事がない私には全部を理解する事は出来なかった。でも、矢那さんが言いたい事は、何となくだけど分かった気がする。


 私は矢那さんや他の付喪神様のように、長い時を生きて来たわけじゃないわ。だからこそ、色んなものを見て来た付喪神様の言葉は、私の心に素直に届くの。


 同時に、付喪神様達の何気ない言葉の一つ一つが、私の掛け替えのない財産だと思えるの。そのおかげで、気付く事もある。


(もしかしたら……横井春は椿野彰に恋をしたのかもしれない)


 亡者が生者に恋をした。


 そして、その生者が死んだ。


(横井春は、本当に、彼を取り殺したの?)


 真相は誰も分からない。


 偶然かもしれないし、本当に取り殺したのかもしれない。白さんは事故死って言っていたけどね。それは、彼女にはどうでもいい事なのだ。


 死んだ事が重要で、横井春は自分が殺したと考えている。その事実に、今も苦しんでいる――


 それだけは、恋を知らない私でも分かった。



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