恋慕
頭を下げ、白さんを見送った私は、そのままへたり込んでしまったよ。緊張で喉がカラカラに乾いた。
(……怖かった……物凄く怖かったよ…………)
マジ、腰が抜けた。そんな情けない格好なのに、付喪神様達は興奮しながら私を取り囲む。
『『佑、かっこよかったよ』』
蒼と陸が私に抱き着く。矢那さんも朱里様も、口々によくやったと褒めてくれた。だけど、見えない同居人さんからは何もなかった。
褒めて欲しいとは思わない。心配して欲しいとも思わない。無茶をした事を怒って欲しい訳じゃない。言葉なんて、何でもよかったの。ただ……見えない同居人さんの言葉が欲しかった。
胸の奥がギュと痛み締め付けられる。
だけど私は、その痛みの正体に気付かない振りをし続ける。
「そうかな? ありがとう」
付喪神様達、そして、たぶん近くにいるだろう見えない同居人さんに、私はいつもと変わらない笑みを浮かべる。
(あれ? 反応なし?)
『『『『…………』』』』
急に黙り込んでしまった付喪神様達に首を傾げる。
「どうしたの?」
『……いや、何でもない』
そう答えたのは、朱里様だった。
(なら、いいけど……矢那さん機嫌悪くない?)
何故か、目が怖い。そして、とても辛そうだった。顔を歪め、私から視線を逸らす。
(何かした?)
訊こうと口を開き掛けた時だった。テーブルの上に冷えたペットボトルが、然りげ無く、そっと置かれた。指先に冷たさが伝わる。
私が前々から飲みたかった新製品だ。誰が用意してくれたか、直ぐに分かった。そして、その意図も伝わった。
「……ありがとう」
泣きそうになった。それをグッと我慢する。声が震えなかったから大丈夫。喉を潤してから皆を見た。
「後、二日。椿野彰は来ると思う?」
矢那さんに、怒っている理由を訊くのを止めた。
見えない同居人さんが、私の意識を逸らせたのは、そういう意味だと汲んだから。それに、私事で時間を潰すのも、皆と気まずい思いをするのも、避けたいと思った。
『……さぁ、それはどうでしょう。現実的に難しいと思うわよ』
いつもの表情に戻った矢那さんが答える。私も矢那さんの見解に頷く。
「私もそう思う。実際、ここに向かっているのかも分からないし、向かっていたとしても、死神様達の目を掻い潜るのは難しいと思うわ」
(現実は、そんなに甘くないわ)
それは、死後の世界でも同じ。
『『でも、佑は来てほしいと願ってるでしょ』』
蒼と陸が私の気持ちを代弁してくれた。ほんと、私以上に私の事をよく知っているわ。
見た目五歳児の、無邪気な笑顔に嘘は吐けない。私は小さく頷いた。
「まぁね……縁の強さを信じたいと願ってるわ。……正直、驚いたの。彼女があんなに強く反応するなんて。もしかしたら、矢那さんが聞いた男性の名前って、彰だったかもしれないわね」
横井春の反応を見る限り、その可能性が高い。
矢那さんは男性の名前を聞いたって教えてくれたけど、はっきりとは聞き取れなかったって言ってたからね。少なくとも、現世に留まる原因になった男性ではないでしょ。
(昔は違ったかもしれないけど……)
『……佑殿、人の想いは儚き陽炎のようなもの。嘗ては強く想っていても、何かの拍子に他へと移ってしまう。だからといって、薄情と言うのは間違っているわ。ただ……弱いからなの、とてもね。肉体的にも精神的にも。それは、亡者でも言えるわ。特に、亡者だから言えるのでしょうね。彼らは肉体を失った不完全なモノだから。肉体という鎧もなく晒されるの。心が……魂がね……』
矢那さんの台詞は深過ぎて、恋をした事がない私には全部を理解する事は出来なかった。でも、矢那さんが言いたい事は、何となくだけど分かった気がする。
私は矢那さんや他の付喪神様のように、長い時を生きて来たわけじゃないわ。だからこそ、色んなものを見て来た付喪神様の言葉は、私の心に素直に届くの。
同時に、付喪神様達の何気ない言葉の一つ一つが、私の掛け替えのない財産だと思えるの。そのおかげで、気付く事もある。
(もしかしたら……横井春は椿野彰に恋をしたのかもしれない)
亡者が生者に恋をした。
そして、その生者が死んだ。
(横井春は、本当に、彼を取り殺したの?)
真相は誰も分からない。
偶然かもしれないし、本当に取り殺したのかもしれない。白さんは事故死って言っていたけどね。それは、彼女にはどうでもいい事なのだ。
死んだ事が重要で、横井春は自分が殺したと考えている。その事実に、今も苦しんでいる――
それだけは、恋を知らない私でも分かった。




