第11話 未来を読む巨人
巨大な扉が、重々しい音を立てて開いた。
その先に広がっていたのは、これまでの通路とは比べものにならないほど広い空間だった。
壁も天井も岩で覆われ、部屋の奥には巨大な影が立っている。
「……あれがボスか」
朔夜は目を細めた。
そこにいたのは、全身を筋肉で覆われた巨人だった。
人間など簡単に握り潰せそうな大きな手。丸太のように太い腕。身体には無数の傷が刻まれ、その手には朽ちかけた巨大な棍棒が握られている。
巨人は侵入者を認めると、ゆっくりと顔を向けた。
『グォオオオオオオッ!!』
咆哮が空気を震わせた。
ルシアが思わず耳を塞ぐ。
「うっ……! 相変わらず、とんでもない大きさね……!」
「相変わらず?」
「い、いえ! 何でもないわ!」
朔夜は一瞬だけルシアに視線を向けたが、すぐに巨人へと戻した。
今は余計なことを考えている場合ではない。
「俺の後ろにいろ。巻き込まれたくないだろ」
「え? ええ、分かったわ」
ルシアは素直に後方へ下がった。
朔夜は右手に赤い刀を生み出す。
そして、巨人を見据えた。
「……始めるか」
巨人が動いた。
巨体からは想像できない速度で踏み込み、棍棒を振り下ろす。
轟音。
朔夜が立っていた場所の床が砕け、岩片が周囲へ飛び散った。
しかし、朔夜はすでにそこにはいなかった。
「遅い」
巨人の懐へ潜り込み、赤い刀を振るう。
刃が巨人の脚を切り裂いた。
だが、巨人は斬られる直前に脚を引いていた。
浅い傷しか与えられない。
「……?」
朔夜は距離を取った。
今の攻撃は、確実に当たるはずだった。
偶然かわされたのか。
そう考える間もなく、巨人が再び棍棒を振り回した。
朔夜は身を低くして回避し、そのまま巨人の脇を駆け抜ける。
背後から斬りつけようとした瞬間、巨人が身体を捻った。
まるで、朔夜がそこへ回り込むと最初から分かっていたかのように。
棍棒が横薙ぎに迫る。
「っ!」
朔夜は床を蹴り、大きく飛び退いた。
棍棒が空を切る。
風圧だけで、頬がわずかに引きつった。
「……なるほどな」
朔夜は巨人の動きを観察した。
反応速度が異常に高いわけではない。
身体の大きさを考えれば、むしろ動きは鈍い部類だ。
それなのに、攻撃が決まらない。
頭を狙えば、頭を引く。
脚を狙えば、脚を動かす。
背後へ回れば、回り込まれる前に振り向く。
まるで、こちらの攻撃を知っていたかのように。
「厄介な能力を持っているみたいだな」
巨人が低く唸り、再び棍棒を振り上げた。
朔夜は攻撃をかわし、隙を見て反撃する。
しかし、そのたびに巨人は攻撃を避けた。
当たるはずの攻撃が、当たる直前にかわされる。
こちらの動きを見てから反応しているのではない。
攻撃が来ることを、あらかじめ理解しているのだ。
「……次の動きを予測しているのか?」
朔夜は呟いた。
未来そのものを見ているのか、それとも別の方法で相手の行動を先読みしているのか。
その詳細までは分からない。
だが、今の戦いで一つだけ確信できた。
この巨人には、相手の次の動きを予測する能力がある。
ならば、その能力を逆手に取ればいい。
「……だったら、予測できても意味がない状況を作るだけだ」
朔夜は刀を握り直した。
巨人が棍棒を振り上げる。
朔夜は正面から踏み込んだ。
狙いは首。
赤い刃が巨人へ迫る。
しかし、巨人は予想どおり身を捻り、刃をかわした。
そのまま巨大な拳が朔夜を襲う。
朔夜は紙一重で避けると、巨人の身体を蹴って後方へ跳んだ。
そして、着地と同時に再び突進する。
巨人は朔夜の動きを予測し、攻撃を避けるために身体を動かした。
だが、それこそが朔夜の狙いだった。
朔夜は巨人の目の前で、踏み込む方向を変えた。
巨人の視界から、一瞬で姿が消える。
「――そこだ」
両手に握っていた刀を、左右から投げ放つ。
二本の刃は、巨人の両目へ向かって一直線に飛んだ。
巨人が顔を動かそうとする。
しかし、間に合わない。
左右から飛来した刀が、両目を貫いた。
『グォオオオオオオオオッ!!』
巨人の絶叫が、広大な部屋を揺るがした。
巨人は顔を押さえ、苦しみながら大きく腕を振り回す。
棍棒が壁を砕き、床を叩き割った。
朔夜はその攻撃範囲から離れ、冷静に巨人の様子を見ていた。
「予測できても、見えなければ正確には動けないだろ」
巨人の能力が未来を読むものなのか、相手の行動を先読みするものなのか。
その詳細までは分からない。
だが、目を潰された今、巨人は朔夜の姿を捉えられない。
次の動きを予測できたとしても、正確に狙いを定めることは難しいはずだ。
朔夜は両手を軽く開いた。
そこから、新たな刀が生み出される。
先ほど投げたものとは別の、赤い刃。
「さて……もう終わらせるか」
巨人は目を潰された痛みに苦しみながら、無差別に暴れていた。
棍棒を振り回し、足を踏み鳴らし、近くにあるものを片端から破壊していく。
その動きには、先ほどまでの正確さがない。
朔夜は一瞬で巨人の懐へ潜り込んだ。
巨人が足音に反応し、棍棒を振り下ろそうとする。
しかし、朔夜はすでに巨人の脚元にいた。
赤い刀が閃く。
片脚を深く斬りつけ、体勢を崩させる。
巨人が大きく傾いた。
朔夜は間髪入れず、反対側の脚も斬り落とした。
『グォッ……!?』
支えを失った巨体が、轟音とともに床へ倒れ込む。
地面が揺れ、周囲に砂埃が舞い上がった。
巨人は腕を伸ばし、這いずるようにして逃げようとする。
だが、もう遅い。
朔夜は巨人の前へ歩み寄った。
巨人の身体には、死の線が幾重にも浮かび上がっている。
その線は、巨人の力がどれほど強大であろうと変わらない。
死は平等。
神であろうと、魔物であろうと、命あるものに終わりは訪れる。
朔夜は刀を構えた。
「……終わりだ」
一閃。
赤い刃が、巨人の首を断ち切った。
巨人の身体が、ぴたりと動きを止める。
やがて、その巨体が黒い粒子となって崩れ始めた。
数秒後。
そこには、静寂だけが残されていた。
朔夜は刀を消し、軽く息を吐いた。
「……思ったより時間がかかったな」
『ふふっ。最初は苦戦していたじゃない』
背後からツクヨミの声が聞こえた。
朔夜は振り返らずに答える。
「能力が分からなかっただけだ。分かってしまえば、対処はできる」
『さすが、私の可愛い朔夜ね』
「……それはもういいです」
『あら、照れているの?』
「照れてません」
『ふふっ』
いつもの調子で笑うツクヨミに、朔夜は小さくため息をついた。
一方、後方で戦いを見ていたルシアは、呆然と立ち尽くしていた。
「……うそ」
彼女の目の前で、あれほど巨大な巨人が倒された。
しかも、最初こそ苦戦していたものの、朔夜は相手の能力を見抜くと、瞬く間に形勢を逆転させた。
両目を潰し、脚を斬り落とし、最後には首を断つ。
その戦い方には、容赦というものがなかった。
「あなた……本当に人間なの?」
ルシアが呟く。
朔夜は彼女へ視線を向けた。
「人間だ。それより、これで先へ進めるんだろ?」
「え、ええ……たぶん」
「たぶん?」
「だって、私もここまで来るのは初めてだったんだもの!」
「……そうか」
朔夜は興味を失ったように視線を外した。
そのとき、巨人がいた場所の奥に、別の扉があることに気づいた。
扉の脇には細い通路が続いている。
その先からは、先ほどまでとは違う気配が漂っていた。
「……あそこか」
朔夜が歩き出す。
ルシアも慌ててその後を追った。
「ちょ、ちょっと待って! 置いていかないでよ!」
「自分で歩けるだろ」
「そうだけど……!」
「なら問題ない」
「冷たいわね、あなた!」
「よく言われる」
朔夜は淡々と答えた。
ルシアは頬を膨らませたが、文句を言いながらも彼についていった。
二人が扉の先へ進むと、そこにはダンジョンの奥とは思えない空間が広がっていた。
休憩用の部屋に、物資を保管する棚。
そして、その奥には湯気の立ち上る浴場まであった。
「……温泉?」
朔夜は思わず足を止めた。
ルシアも目を輝かせる。
「本当だわ! こんなところに温泉があるなんて!」
先ほどまでの緊張が嘘のように、彼女は浴場へ駆け寄った。
朔夜は部屋の中を見渡した。
武器や防具を整えるための道具も置かれている。どうやら、ここはダンジョン攻略の途中で装備を整えるための施設らしい。
「……ちょうどいいな」
朔夜は自分の刀を見下ろした。
新たな力を得てから、まともに装備を整える機会はなかった。
これから先、どんな敵が待ち受けているかも分からない。
ならば、準備を整えておくに越したことはない。
「ルシア」
「なに?」
「ここで装備を整える。お前も必要なものがあるなら、好きにしろ」
「いいの?」
「ただし、勝手にどこかへ行くな。お前には聞きたいこともある」
ルシアは少し驚いた顔をしたあと、にっこりと笑った。
「分かったわ。よろしくね、朔夜」
「……まだ名前を教えた覚えはないが」
「あっ……!」
ルシアは口元を押さえた。
朔夜はじっと彼女を見つめる。
「……まあ、いい」
追及するのは後でいい。
今は装備を整えることが先だ。
朔夜は浴場の向こうにある施設へと歩き出した。
その背中に、ツクヨミがそっと寄り添う。
『これから、面白くなりそうね』
「……面倒が増えないことを願うよ」
『無理でしょうね』
「……だろうな」
朔夜は小さく息を吐いた。
ダンジョンの奥で出会った初代魔王。
未来を読む巨人との戦い。
そして、まだ見ぬ世界。
彼の旅は、少しずつ新たな局面へと進み始めていた。




