46 ネフィリア怒る
魔王討伐の旅に出ることになった私達勇者パーティ。
「ごめ~ん。先に行っててくれないか?」
準備を終えた私が、ルミナリア様の部屋の前まで行くと扉の向こうから彼女の声が聴こえた。
「では、先に集合場所のリスタード中央駅に行っていますね」
ルミナリア様は勇者。
私達よりも入念な準備が必要なのだろう。
そう考えながら、私は集合場所に急いだのだった。
■
リスタード中央駅。
今日、私達が乗るのは朝8時発のサザンストーン行特急列車。
それに乗って、元ヴェスター大公領の領都サザンストーンに向かう。
そして、そこから馬車に乗って200km先の南部国境を越え、更に南の海岸線まで1700km下るのだ。
そこにあるのは魔王国。
私達はその魔王国に行き、魔王城に居る魔王を倒す。
これは人類社会を守る重要な戦い。
心して掛からないとね。
私は集合場所のリスタード中央駅コンコースに向かった。
相変わらず、中央駅は列車に乗る利用者でごった返している。
コンコースに配された中央駅舎を支える幾本もの円筒形の支柱。
金色と銀色の2本の支柱が中央駅の名所であり、待ち合わせ場所としても有名だ。
「やあ。早いじゃないか、ネフィリア嬢」
私は、金色の支柱の前に立つ男性から声を掛けられた。
「!」
男性を見るとパトリック王太子。
その横でシャルロッテ第一王女が小さく手を振っていた。
金色の支柱は待ち合わせの場所。
王家の二人が居るのは分かる。
問題はその恰好だった。
パトリック王太子は、何だかよくわからないロゴの入った黄色いTシャツとカーキグリーンのハーフパンツ。素足に白いビーチサンダルを履いている。
そして、長い楕円形の大きなプレートを左手で抱えていた。
何処のビーチボーイですか!?
シャルロッテ第一王女は更に酷い。
水色のワンピースの上から白い薄手のカーデガンを纏い、足首と甲をベルトで締めたヒールを履いている。
鍔がうねるように広がるベージュの帽子を被り、大きめのサングラスまで掛けている。
手に持っているのは聖女の杖ではなく、水色のお洒落なハンドバッグだ。
リゾートに出掛ける格好ですよね、それ?
私は沸々と湧き上がってくる怒りを抑えながら確認する。
「王太子殿下。そのプレートは何ですか?」
「ああ、これ? ボディボードだよ」
「何に使うんですか?」
「波乗りするんだよ。南の海に行くんだし」
この男はダメだ。
「聖女様は何故、その恰好を?」
「聖女が王都を空けるのは民衆に不安を与えるでしょ? だから、変装よ」
「私にはリゾートライフを満喫しに出掛けるように見えますが?」
シャルロッテ様が決まり悪そうに目を逸らした。
この人達は、これから魔王討伐に出掛けるという自覚があるのだろうか?
「剣や杖はどうされました?」
「ああ、それならマジックバッグに入れてあるよ」
「わたくしも」
私の精神の安寧のためにも、そのボディボードとハンドバッグをこそ、マジックバッグに入れておいて欲しかった。
「リアちゃんに嫌がられずに一緒に旅行できる。楽しみだわあ」
「新婚旅行でないのが残念だけどね」
「いい? パトリック。この旅行でわたくし達の妹をいっぱい可愛がるのよ」
「わかっている、姉上。妻にはできなかったが家族にはなれた。俺は妹を力の限り甘やかし捲る。そして『お兄さまあ』って絶対にデレさせてやるんだ!」
マジこいつらはダメだ。
こんな人達が王国を背負い、民を導くのか?
私は王国の未来に不安を禁じ得ないのだった。
だが、こんなのはまだ序の口だったんだ。
「待ったあ?」
背後からルミナリア様の声。
「リアちゃん、おはよう。わたくし達も今来たところよ~」
「ここだ。ルミナリア」
聖女と王太子がキラッキラの目になった。
ルミナリア様はちゃんとしたお方だ。
この人達とは違う。
魔王討伐のために万全の準備をしていたのだ。
「ルミナリアさ――――」
私は期待に満ちた目で振り返る。
「――――ま?」
そして、私は信じられない光景を目にしたのだった。
遠くからも人目を惹く鮮やかなプラチナブロンド。
その髪をマニッシュショートにし、左右の耳の前から腰の上まで一掴みだけ伸びた髪を穴の開いた紅玉でそれぞれ纏めた、サファイアの瞳の中性的で整った面差し。
そこまではいい。
私はあんぐりと口を開けてルミナリア様を指差す。
「ルミナリア様?」
「ん? どうしたんだい、ネフィー?」
小首を傾げるルミナリア様。
彼女は、麻色の緩めのへそ出しトップスとデザートイエローの短パン。
履いているのは、王太子と色違いの紺色のビーチサンダル。
頭に掛けたゴーグルとシュノーケル。
右肩に浮き輪を通し、右手には銛、左手には巻いたビーチマットを抱えていた。
背中に背負っているのは、釣竿を収納した筒と、畳んだビーチパラソル、だと!?
「ル、ルミナリア様………準備って………」
「みんなで海に行くんだろう?」
どうしよう。
私の頭がバグっているのか?
寝ているうちに、魔王の居ない平行世界に転移してしまったのか?
だから、私はこの人達とこれから常夏の海を満喫しに行くんだ。
魔王討伐に行くんじゃなく。
「んな訳あるかあああああああああああああ!!」
私の魂の叫びに中央駅のコンコースが静まりかえる。
全員注目だが構いはしない。
「あなた達はこれから魔王討伐に行くんですよね!?」
あっ!
3人とも目を逸らしやがった!
「魔王討伐にそれ必要ですか!?」
どう見ても魔王討伐に必要ない装備を指し示しながら問い質す。
「いやあ。これからしなければならない責務に圧し潰されないようにみんなの気持ちを解そうと思ってね」
「楽しいことがあればモチベーションが上がるでしょう?」
「そうだ。そうだ。僕達には心の潤いが大事なんだ」
うん。
もう、この人達は私が管理する。
そうしないとグダグダになってしまう。
「ともかく、遊び道具はマジックバッグに入れておいて下さい」
不満顔の面々。
「わかりましたね!?」
凍り付くような視線を向けてやった。
「なあ、ルミナリア? ネフィリア嬢はいつもあんな調子か?」
「最初はあんなもんだったよ。今も時々ああなる。パトリックも気を付けた方がいい」
「同情するよ。あんな鬼に人生貰われちゃったおまえに」
ルミナリア様と王太子殿下がヒソヒソ話をしている。
「何か?」
「「何でもございません」」
睨みつけると二人が借りてきた猫のように大人しくなった。
気を付けなさい。
全部聴こえてたわよ。
それ以降、私は無言で先頭に立って歩き、改札を潜って特急列車の停車するホームに向かうのだった。
◆ ◆ ◆
サザンストーンまでは特急列車で8時間掛かる。
王国最速を誇る特急列車は最高速度220km/hの液体燃料機関車3重連。
液体燃料の補給時以外は終点までノンストップである。
それでも、朝9時に出て到着は夕方の5時。
遠い道のりだね。
15両編成の1両目の一等客車の6人用コンパートメント。
そこがわたし達勇者パーティの席だ。
向かいの席には王太子と聖女の双子。
パトリックは腕を組んで居眠りをし、シャルは本を読んでいる。
外の景色をボンヤリ眺めていたわたしは、隣に座るネフィーを見る。
リスタード中央駅で怒りを爆発させたネフィーはあれから口をきいてくれなくなった。
どうやら、ネフィーは根に持つタイプらしい。
うん。
君子危うきに、って。
『君子』って何だ?
とりあえず、怒りが収まるまでそっとしておこう。
■
夕方の5時。
定刻通りにサザンストーンに着いた特急列車。
駅を出ると迎えの車が待っていた。
液体燃料で動く『自動車』というものだ。
新し物好きの新領主らしいチョイスである。
「お待ちしておりました」
車の前で待っていた痩身の紳士がわたし達に会釈する。
「後ろにお乗り下さい。侯爵邸まで15分で到着します」
長いボンネットの後ろに背の高いキャビンが続く。
前席のドアの後ろのダブルドアを開けて乗り込む。
双子が前向きの3列目に座り、わたしとネフィーが後ろ向きの2列目に座った。
ゆっくり動き出した車は、きっかり15分後に目的地に着いた。
「久しぶりだな、後輩」
いきなりガシッと肩を抱かれる。
「ドロテア先輩もお元気のご様子で」
元大公邸のエントランス前で待っていたのはドロテア・アリステール女侯爵。
わたしの前任の魔法師団長であり、わたしの先輩でもある。
腰下まで伸びた金髪縦ロール。
前髪は眉毛の上で切り揃えている。
浅黒い肌から覗く瞳はガーネット。
キリリとしたイケメン顔のアラサーの女性だ。
ついでに言えば、ロベリア副師団長が彼女の髪型を真似ている。
半袖ダブルボタンのサンドイエローの男性用将校服と膝下まで届くブラウンのロングブーツで身を固めているが、脱いだら凄いナイスバディである。
そのことは、彼女がまだ魔法師団に在籍していた時に兵舎の大浴場で目の当たりにしているので間違いない。
「王太子殿下と聖女様もお久しぶりでございますな」
「卿と共に戦ったのは2年前の西部戦線だったな」
「わたくしも1年前の東部へのお務めの旅の途中でお会いしましたね」
わたしの肩を抱いたまま双子に挨拶している。
礼儀知らず何だか、豪快なんだか…………
パトリックもシャルも苦笑しているぞ。
そこで視線に気付いたか、ドロテア先輩がネフィーに近付いていった。
肩を抱かれたわたしを引き連れたまま。
「君がアルテオン辺境伯のご令嬢ネフィリア君だね? あ。いや、今はアルテオン女子爵だったか」
「お初にお目に掛かります。この度、子爵位を頂きましたネフィリア・アルテオンと申します」
長袖長ズボンの旅装束なので、簡易的なカーテシーだ。
それはいい。
問題は、ネフィーがずっとジト目なこと。
「ふ~ん」
何かに気付いたドロテア先輩が、わたしを解放してくれた。
だが、肩から腕を外す時に先輩がニンマリ笑ったのをわたしは見逃さなかった。
「オレもまだ着任して日が浅くてね。大公邸を全ては把握していないんだ」
ヴェスター大公が倒されたことで、大公に与する諸侯もまた失脚し、大規模な貴族の領地替えが行われた。
ドロテア先輩も南西地方から南の大公領に配置換えになった。
2日前の話である。
拙速を尊ぶ先輩は自ら大公領に乗り込み、陣頭指揮を執り始めたところだった。
大公邸はまだ情報部による捜索が終わっておらず、捜査が終わり問題無しとして解放された部屋はまだ多くない。
「とりあえず、客間2つは問題無い。本館2階の客間は王太子殿下と聖女様が利用して欲しい。もう一つは西の別館の3階だ。そこをルミナリアと子爵で使ってくれ」
そして、ドロテア先輩がわたしとすれ違いざま、
「幸運を祈る」
とだけ囁いて、片手を挙げて去って行ったのだった。




