45 聖剣と勇者
翌日も〖ハディントン=パサート〗の応接室で話し合いが行われた。
魔王国の件である。
「今回、ルミナリア殿下とアルテオン卿のおかげで魔王軍を退けることができました。周辺国も滅び、当面の脅威は去りました」
フラメル宰相がテーブルに広げられた地図を指示棒で指し示す。
「問題は、急激に版図が広がったことです」
宰相によれば、周辺国の統治機構が無くなったことで、それらの地域の住民が公共サービスを受けられなくなってしまった。
これを解決するために、王国陸軍の大半が各地域に派遣され、インフラの再整備と住民統治に割かれることになった。
その結果、対魔王軍に充てられる戦力もまた欠乏してしている状態。
「だが、魔王軍もまた、戦力の大半を失ったのだろう?」
「先回の戦役で9割以上の戦力を溶かしたからね。当面の脅威は去ったと見てもいいだろうね」
陛下と長官が宰相に反論する。
だが、宰相の顔は優れなかった。
「まだ、魔王が残っております」
宰相が憂慮するのも止む無しだろう。
魔王は通常の戦力では倒せないのだ。
「勇者様さえ居れば」
「勇者にしか魔王は倒せないからな」
「4年前に聖剣も失われております」
「そうであったな」
宰相と陛下が二人で話している。
気が付くとパトリックがわたしをじっと見ていた。
「勇者には心当たりがありますよ」
長官がアルカイックスマイルを陛下に向ける。
嫌な予感しかしないんだが?
と、突然、長官がわたしのマジックバッグに手を突っ込んだ。
「長官のエッチ」
それでも長官はわたしのマジックバッグから手を抜かない。
やがて、長官が何かを掴んだのか、ゆっくり手を抜いたのだった。
あああああああああああああっ!
わたしは固く目を瞑って心の中で悲鳴を上げる。
長官が取り出したのは[アリアンロッド]
聖剣である。
――――――――――――――――――――――――――
大学卒業を控えたわたしとパトリック。
そのパトリックがある日、こんなことを言った。
「中央正教会の地下祭壇に勇者の聖剣が刺さっているらしい」
パトリックは聖女のシャルから聞いてきたらしい。
中央正教会の機密事項。
陛下も知らない情報を弟に話した姉には守秘義務という概念の持ち合わせは無いようだ。
わたしは無理やりパトリックに中央正教会に連れて行かれた。
断わっても良かったのだが、
「おまえもやっぱり女だよな。幽霊が怖いんだろう?」
そんなことを言われたら後に退けなくなる。
まだ14のわたしは、自分より弱い男の煽りが癪に障るお年頃だった。
多くの司教や司祭が慌ただしく動き回る中央正教会。
わたしは私自身とパトリックに[認識阻害]の魔法を掛けて、誰にも気取られることなく地下2階の地下祭壇まで忍び込んだのだった。
「これが最後の勝負だ。この聖剣を引き抜けた方の勝ちにしよう。それでいいか?」
言うが早いか、パトリックが祭壇に突き刺さった聖剣の柄を両手で掴んで引き抜こうとした。
しかし、聖剣はびくともしなかった。
「ぬおおおおおおおお!」
パトリックが斜めに刺さった聖剣を力任せに引き抜こうと鍛え上げた背筋に力を入れる。
それでも引き抜けないので今度は聖剣の柄に飛び乗り、何度もその上でジャンプする。
てこの原理かな?
それでも剣は刺さったまま。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ! 交代だ」
あれだけ悪戦苦闘しても抜けないんだ。
まだ、子供のわたしには無理だろう。
まあ、パトリックが勝負にしたいようだから、付き合ってやるか。
どうせ抜けないんだからと、聖剣の柄を軽く握って抜くフリをした。
本当に抜くフリだった。
だが、聖剣はスッと抜けてしまった。
「ば、バカな!」
狼狽えるパトリック。
「もう一回、勝負だ!」
わたしは溜息を吐くと、聖剣を元の場所に戻した。
再び聖剣と悪戦苦闘するパトリック。
パトリックは手を尽くしたが、結局、聖剣は抜けなかった
次はまたわたしの番。
再び聖剣の柄を軽く握って引っ張る。
こんどもスッと聖剣は抜けたのだった。
「くっ! 最後まで勝てなかった!」
がっくり肩を落とすパトリック。
「まあ、それが君の役回りだよ」
パトリックの肩をポンポンと叩く。
「地下から声が聴こえたぞ!」
「侵入者か!?」
階段を降りてくる足跡が聴こえる。
「もう! パトリックが大声を出すから」
「ごめん」
「さあ、逃げるよ」
わたしは聖剣をマジックバッグに収めると、パトリックの腕を掴んで王都中央広場まで逃げ延びたのだった。
後日、聖剣が紛失したことが公になり、王都は大騒ぎになった。
今更、
『中央正教会に忍び込んで戯れに聖剣を抜いた』
などと言えようはずもなく…………
この件は、わたしとパトリックだけの秘密になった。
――――――――――――――――――――――――――
その聖剣アリアンロッドが長官によって白日の下に晒されてしまった。
応接室に居るわたしとパトリックと長官以外の10本の視線がわたしに刺さる。
こうなったら、開き直るしかないよね。
「ごめ~ん。戯れに聖剣を抜いちゃった。テヘペロ」
応接室がシーンと静まり返る。
「この、バカ」
パトリックの囁きが耳に痛いわたしだった。
■
「ルミナリア様、その剣、異形に変化した大公を討ち取った剣ですよね?」
ネフィーには見覚えのある剣だ。
「それ、聖剣だったんですか?」
大剣片手にネフィーと再会した時、長官にも見られていたんだな。
もっとも、知らない人にはただの大剣にしか見えないはずだ。
古の勇者と勇者パーティ。
そのパーティメンバーには優秀な魔法士が居たと訊く。
おそらく、長官は魔法研究の第一人者だから、勇者パーティメンバーの魔法士のことだけでなく、古の勇者と聖剣のことも知っていたんだ。
「つまり、あれだね。聖剣アリアンロッドが所有者と認める王女殿下は、今世の勇者だと言うことだね」
長官がニマニマしている。
「ということで、ルミナリア。サクッと魔王を倒してきたまえ」
「軽く言ってくれますね?」
「だって簡単なんだろう?」
「簡単かどうかは分かりませんよ」
魔王がどんなヤツか分らないから、即答は控えたい。
「どのみち、君はもう既に魔王にロックオンされているんだ。遅かれ早かれ対峙することになる。拙速を尊ぶ君ならこんな時どうする?」
「面倒くさい魔王には退場頂くしかないみたいですね」
「そうだろう?」
な~にが『そうだろう?』ですか?
本当に人使いの荒い長官殿だ。
「仕方ありませんね。サクッと片付けてくるとしますか」
わたしはスクッと立ち上がると長官から受け取った聖剣アリアンロッドを掲げて宣言する。
「勇者ルミナリアが聖剣アリアンロッドに賭けて、魔王を倒してご覧に入れましょう」
うん。
勇者らしくなったね。
「頼むぞ、我が娘よ」
「リア、頼んだわよ」
「お頼み申しますぞ、王女殿下」
陛下、アナスタシア様、フラメル宰相に頼まれる。
「私もお供します!」
「ネフィー?」
「勇者パーティには優秀な魔法士が必要でしょう?」
「僕も行くよ。タンク役として、守護騎士としてね」
「パトリック」
「パーティには神聖魔法や治癒魔法が使える神官か聖女が欠かせないわ。だから、わたしがついて行く」
「シャル…………」
「『戦う聖女』の私は一人で二人分のお徳用よ」
「大丈夫かい?」
「お姉ちゃんに任せなさい!」
これでパーティメンバーは決まった。
目指すはサンゴ礁広がる南の海に面した魔王国。
倒すは魔王と魔王軍の残党。
さあ、ちゃちゃっと準備して魔王討伐の旅に出発しましょうかね?




