44 離宮〖ハディントン=パサート〗にて
王宮のある王都中心部から少し離れた森の中に離宮がある。
離宮の名は〖ハディントン=パサート〗
広大な庭園が広がる平屋の神殿風の建物である。
ここは、王妃アナスタシア様が別邸代わりに使っている。
わたしはネフィーの罠に掛かった結果、その〖ハディントン=パサート〗に連行された。
広い応接室に入ったところで光の縄から解放される。
ただ、応接室には幾重にも厳重な抗魔結界が張られていた。
連行される途中、こっそり[探知]魔法で調べてみると、〖ハディントン=パサート〗内外を陸軍魔法大隊戦術群4個群と近衛師団が厳重に固めていた。
魔法省長官が居るにも関らず、魔法師団員は1名も配置されていない。
これ、明らかにわたしを逃さないための配置よね?
魔法師団員を配置しなかったのは、団員の子達がわたしに味方するのを警戒してのことだ。
あの子達は、わたしのためなら国すら裏切り兼ねないもんね。
そら、遠ざけるわ。
ネフィーと長官に左右を固められながらソファに座って待っていると、陛下一家4人が入室して来た。
今度は宰相のフラメル侯爵まで伴っている。
テーブルを挟んだ2脚の3人掛けソファ。
こっちには、奥から順にネフィー、わたし、長官。
向かいには、奥から順に王妃様、陛下、パトリック。
シャルロッテは王妃様の後ろ、フラメル宰相は陛下の後ろにそれぞれ立っていた。
■
「どうして、ここに呼ばれたのかは解るな?」
「解りません!」
陛下の問いにニッコリ笑顔で答えるわたし。
「陛下、いけませんね。この国の者でもない民間人を拉致するのは立派な犯罪ですよ」
陛下の顔が瞬く間に赤くなった。
お怒りのご様子だ。
「リア。陛下を煽るのはやめなさい」
「はい、王妃様」
「『王妃様』? わたくしの聞き違いかしら?」
アナスタシア様の鋭い視線にたじろぐ。
「『お母様』とお呼びなさいと何度も言ったでしょう?」
「それは……各所に誤解を生むような…………」
もう、この人は…………
わたしは溜息を吐く。
「わたしは王太子と結婚するつもりはありません」
パトリックの嫁のつもりなら諦めて欲しい。
「そんなことは解っているわ。でもね。わたくしはあなたのことを実の娘同様に愛している。それだけは覚えておいて」
ソファから乗り出して、慈しむような表情でわたしの頬に手を触れるアナスタシア様。
叶わないな、この人には。
「『アナスタシア様』で勘弁して下さい」
ニッコリ笑うアナスタシア様が、わたしの頬から手を放してソファに座り直した。
「仕方無いわね。今はそれで我慢することに致しましょう」
お互いの妥協点が見い出せたようだ。
「ほら。あなたもいつまでも怒らないのよ。この子の態度はいつものことでしょう?」
「だが!」
「全部含めて飲み込むのが王の器と云うものよ」
渋々という感じではあるが、陛下が怒りを静めてくれた。
何と言うか…………掌の上だなあ、陛下も。
「リアも落ち着いて聞いてちょうだい。なぜ、ここまで抉れてしまったのかを」
アナスタシア様が長官に視線を送る。
「私が説明するのかい? アナ?」
「ジョーは全て把握しているのでしょう?」
「やれやれ。アナには敵わないね」
溜息を吐いた長官が話を始めた。
今回の件は仕組まれたことだった。
――――――――――――――――――――――――――
元々、シャルとわたしは王立大学在学中から剣を交えるライバル。
そもそもの切っ掛けは、わたしがパトリックを剣で打ち据えたことだった。
初めて剣を手にした14にも満たぬ少女が剣豪の誉れ高い王太子を一方的に倒した。
王太子以上の剣の使い手である『戦う聖女』シャルロッテが、双子の弟を倒した少女と手合わせしたいと考えるのは自然の流れだった。
そんなシャルをわたしはものの数秒で降参させた。
縮地で間合いを一気に縮め、更には背後を取って後ろ首に木剣を突きつけることで。
その結果、わたしはシャルに目を付けられることになってしまう。
本に目を落とす王立大学のキャンパスで。
昼寝している講義棟の屋上で。
雑踏を避けて踏み込んだ人通りの無い路地裏で。
考え事しながら釣り糸を垂らす郊外の湖で。
いろんな場所でシャルはわたしに不意打ちを仕掛けてきた。
それを全て撃退し――――
「まだまだだね」
と、余裕の煽りをくれてやる。
「このクソガキが! 泣かす! 絶対に泣かしてやる!」
「できるものならね」
「『勘弁して下さい、シャルロッテお姉様』って言わせてやる!」
シャルの執念は凄まじく、わたし達が大学を卒業し、それぞれの道に進んだ後も恒例行事のようにわたしに挑んできたのだった。
わたしは何故か、何かを思い出すように剣の腕が飛躍的に向上していくので、シャルとの差は縮まるどころか、むしろその差を広げていく。
その結果、シャル対わたしの戦績は、0対983。
ワンサイドゲームにいい加減うんざりしてきたわたしは[気配察知]を常時発動し、シャルの気配が近づいてきそうになると、速やかにその場を去るようにしたのだった。
そうやって、徹底的にシャルを避け続けていたある日、それは起きた。
長官の使いで宰相への用向きで王宮に足を運んだわたし。
用件を済ませて王宮を辞すべく、外廊を歩いていた私の前にシャルが立ち塞がった。
あれ?
[気配察知]はどうした?
「わたくしから逃げ回る腰抜けさんが王宮に何のご用かしら?」
シャルを一瞥したわたしは無言でシャルの横を通り過ぎた。
「お待ちなさい! 第一王女のわたくしが話し掛けているのですよ。応じぬのは不敬ではなくて!?」
絡まれることに取り合わないことが不敬なのか?
なら、不敬でいいや。
そのまま行こうとしたわたしは訊き捨てならないことを耳にする。
「こんな女に懸想するパトリックは弟ながら真正の愚物ね。あんなヤツが国王になったら、王国の未来もお終いよ。それにあいつには才能が無い。いくら努力したって強くなんてなれない。才能が無ければ努力なんて徒労意外何物でもないわ。それに、あなたのところの団員達。あれは何? あなたのファンクラブ? 『ルミナリア様、ルミナリア様』ってバカなんじゃないの? 公費で推し活とか、給料泥棒よね。王国の恥だわ」
わたしは足を止める。
パトリックや可愛い団員達の名誉のためにも黙ってはいられなくなった。
「わたしのことはいくら罵倒してくれても構わない。でもそれ以外は撤回しろ。パトリックは愚物じゃない。生真面目な努力家なんだ。例え実の姉の君でも彼を貶めていいことじゃない。それにわたしの部下達は『給料泥棒』でも『王国の恥』でもない。王国のためにちゃんと結果を出しているよ」
「そうかしら? わたくしには皆~んなダメ人間に見えるわ」
わたしは振り返ってシャルを見て一言。
「努力しない君こそ驕り高ぶった怠け者だろう? その証拠にわたしとの差がどんどん開いているじゃないか?」
「なっ!」
「パトリックだって983回も負けていない。0対983。歴史に残る負け記録だ」
「…………」
「ねえ、恥ずかしくないの? わたしに1回も勝てなくて恥ずかしくないの?」
シャルがワナワナと震えている。
「これ、人のこと言えない状況だよね? どうすれば自分のことを棚に上げられるのかな? 君の棚は無限に広くて奥行きがあるのかな? それとも『恥を入れるマジックバッグ』でも持っているのかな? ぜひ、製作者を紹介して欲しいね」
見る見るシャルの顔が紅潮していく。
思い当たることがなければ、そこまでの怒りは示さない。
見当違いなら、笑い飛ばせばいい。
「黙りなさい!!」
遂にブチ切れたシャルが聖女の杖で襲い掛かって来た。
聖女の杖は一見木製に見えるが実はミスリル合金製の仕込杖。
仕込まれているのはアダマンタイト製の極細剣。
上下を握った杖を真横に構えたまま、少しだけ杖から見せた刃をわたしの首元に押し込んできた。
冷静さを失ったシャルは本気でわたしの首を斬るつもりだ。
まさか、王宮内で襲われるとは思わなかったわたしは初動が遅れた。
避けるのは手遅れと悟ったわたしは、腰の剣を抜いて仕込杖を止める。
その時だった。
「王宮内で刃傷沙汰とは何事だ!」
怒号一喝。
待ち構えていたように駆け付けてきた衛兵に制止される。
「離しなさい! わたしは第一王女ですよ! 離しなさい!」
衛兵に羽交い絞めにされたシャルが暴れる。
「第一王女殿下を別室にお連れしろ」
「はっ!」
この場を収めたのはヴェスター大公。
彼の指示で、シャルが衛兵の手で連れて行かれた。
「貴殿にも追って沙汰がある。それまで、自宅で謹慎せよ」
わたしは大公に一礼するとその場を去った。
大公の取り巻きの敵意に満ちた視線を背中に感じながら。
その後、陛下からの処分が下った。
第一王女シャルロッテは離宮〖ハディントン=パサート〗での2ヶ月間の謹慎。
そしてわたしは、魔法師団長職務の無期限停止と王都追放。
不公平にも思える処分だが仕方が無い。
王族とそれ以外では下される処分内容に差があって当然。
しかも、王宮内で剣を抜き放ったことがわたしへの処罰をより重くした。
――――――――――――――――――――――――――
「大公お抱えの魔法士が王宮内でのシャルロッテ様の気配を隠蔽していたんだよ」
それでか。
それで避けていたはずのシャルと行き会ってしまったのか。
「シャルロッテ様に君の所在を伝えたのも大公だ。しかも、大公派貴族は口裏を合わせて、シャルロッテ様の仕込杖が抜かれていたことを見ていないことにした」
『わたし一人が王宮内で剣を抜いて第一王女を害そうとした』ということにしたかったのか?
だとすれば、わたしは断頭台の露と消えていてもおかしくなかった。
「この人が何とか罪を軽くしようと頑張ったのよ」
アナスタシア様が陛下の手を握る。
わたしも陛下をマジマジと見た。
「余も冷血漢ではない。大事な娘を助けたいと思うのは当然であろう?」
「シャルロッテ様を、でしょう?」
わたしの念押しに、陛下が睨むことで応えた。
「ルミナリアよ。解ってて言っておるであろう?」
「さあ、どうでしょう?」
はい。
全部解ってますよ。
陛下がわたしのために手を尽くしてくれたことを。
それまでじっと我慢していたパトリックが遂に堰を切った。
「僕は前線で宰相からの緊急連絡に飛び上るくらい驚いたよ。君が爵位と市民権を返上して姿を消したと知ってね」
パトリックが敵と不利な条件で休戦したことは知っている。
パトリック。
わたしには君がそこまでする程の価値は無いんだけどね。
「王都に戻った僕は、離宮に赴いてバカ姉を問い詰めた」
パトリックがシャルを睨む。
「だって! だって! わたくし、離宮に隔離されていて、リアちゃんがどうなったかなんて、知らなかったんだもん!」
「そもそも、姉上が王宮内でルミナリアに陰湿に絡んだのが原因じゃないか!?」
「だって! だって! リアちゃんにずっと避けられ続けたのよ。文句の一つも言いたくなるってもんじゃない!」
「な~にが『言いたくなるってもんじゃない』だよ! 僕は止めたよね!? 『ルミナリアにちょっかい出すな』って!」
シャルを窘めるパトリック。
だが、シャルは涙を撒き散らしながら、パトリックに喰って掛かった。
「だいたい、パットがいけないのよ! パットが不甲斐ないから、いつまでもリアちゃんが妹になってくれないじゃない! 全部、あんたのせいよ!」
「俺えええええええ!?」
驚いたパトリックが自分を指差してたじろぐ。
「わたくしだってリアちゃんと仲良くしたい! リアちゃんを可愛がりたい! リアちゃんのお姉ちゃんになりたいのよ!!」
まるで駄々っ子だ。
「素直に言ってくれれば――――」
「妹になってくれた?」
「だから、パトリックとの結婚は無理だと――――」
「なら、わたくしが王家を出て、フォルティス家に入るわ。リアちゃんのお姉ちゃんとして」
もう無茶苦茶だ。
「おやめなさい、シャルロッテ」
それを静めたのはアナスタシア様だった。
そして、わたしに優しく語り掛けてきたのだった。
「リア? この子達はあなたへの処分を撤回させるためにジョーと一緒にこの人に掛け合ったのよ」
その結果、わたしの職務停止と王都追放処分が撤回された。
「撤回は先月初めのことだけど、リアはそのことを?」
「知りませんでした」
アナスタシア様が長官を睨む。
「ジョー? あなた、黙ってたのね?」
「大公を炙り出すためだよ」
処分が撤回されたのは8月上旬。
だが、長官はそのことを公表するのを固く禁じた。
以前から魔王との融和を主張するヴェスター大公が魔王と通じているのではないかと疑っていた長官は、わたしが密かにアルテオン辺境伯領内滞在していることを、大公に近い諸侯に漏らし、様子を伺っていた。
情報は大公に伝わり、大公は急に戦争準備を始め、8月下旬には飛空船を仕立てて西へ飛び去って行った。
数日後、大公の飛空船が突然、北部辺境に現れる。
魔族軍の精鋭を乗せて。
「大公の目的は、ルミナリアを捕らえて魔王に引き渡すこと。ネフィリア嬢からも裏は取ってある。飛空船の残骸から強制転送装置らしきものも見つかっている」
「強制転送装置?」
「情報部の見解では『魔王城へ直通するものではないか?』と」
大公はわたしを魔王への捧げものにしようとした。
「そこで魔王にも狙われる卿のために一計を案じることにした」
陛下が長官の説明を引き取った。
「その前に勅令を発して、卿の爵位及び市民権の返上を無効とした」
子供も無茶苦茶なら親もまた…………
その無茶を実行に移すことを要求されたのはフラメル宰相だろう。
わたしは黙って宰相に黙礼する。
「爵位や市民権を返上する前に一言相談してくれれば」
そうは言いますけどね、宰相閣下。
相談したら、あなたは引き留めたでしょう?
「つまり、ルミナリア・フォルティスよ。そなたは先月から王国侯爵に復権している」
嬉しくないなあ。
「ついでに、先程の公爵位への陞爵も請けて貰う。卿は無国籍の平民では無くなった。王国貴族である以上、余の命に従って貰うぞ」
「いや、わたしは王族に連なる者ではありませんので、公爵は無理なのではないかと」
陛下のゴリ押しに正論で抗ってみる。
「あら、リアは今日からガートランド王家の一員になったのよ。ほら」
アナスタシア様が1通の書面を見せる。
そこにはこう記されていた。
『 以下の者をアナスタシア・ガートランドの養女とする。
第二王女
王国公爵
ルミナリア・フォルティス・ガートランド
王国宮内省 』
「これからは『お母様』と呼ぶこと。いいわね?」
「えっと………わたしはこれを受け入れる訳には――――」
「受け入れないと死刑になるね」
長官が嬉しそうに被せてきた。
「ああ。ちなみに、王国以外の国は君が滅ぼしてしまった。その結果、魔王国以外は全て王国領になったんだよ」
「つまり?」
「国外逃亡は出来なくなったと言うことだね」
どこまで逃げても王国内だからいずれは捕まる。
当然、王命に背いての逃亡だから、捕まれば死刑。
かといって、魔王に狙われる身で魔王国に亡命などできるはずもなく。
「わかりました。アナスタシア様の娘になります」
「『アナスタシア様』?」
「あ、いえ、お母様の娘になります」
「よろしい」
アナスタシア様が万遍の笑みを浮かべた。
「わたくしは? わたくしは? もちろん、『シャルロッテお姉様』よね?」
「シャルはシャルだよ」
「僕は『パトリック兄様』がいいな。なんなら、『旦那様』とか『あなた』でもいいよ」
「それはお断わる!」
これからこの人達と家族になるのか。
大丈夫か? わたし?
「そう言えば、アルテオン女子爵への褒美がまだであったな」
「そうでございますね。フォルティス卿、いや、ルミナリア王女殿下のゴタゴタで式典が途中で中止になりましたから」
陛下が後ろを向いて、フラメル宰相と何やら話し合っている。
話が纏まったのか、陛下がネフィーに語り掛ける。
「ネフィリア・アルテオンよ。そなたに褒美を与えたいが何か希望があるか?」
「希望はありますが、陛下には私の希望を叶えるのは無理ではないかと浅慮します」
「何をいうかと思えば………余に叶えられぬものなど無い。何でも申してみよ。但し、『王位を寄こせ』とかは勘弁してくれよ?」
「『王位を寄こせ』以外なら『何でも』ですか?」
「ああ、『何でも』だ。余に二言は無い」
ネフィーがじっと陛下を見る。
そして、チラッとわたしを見てから口を開いた。
「では陛下。ルミナリア様の人生を私に下さい」
は?
ネフィー?
何を言ってるんだ?
気は確かか?
「そ、それは…………」
「今、陛下は『王位を寄こせ』以外なら『何でも』とおっしゃいましたよね?」
「だが…………」
「陛下に二言の無いことを私に示して下さい」
陛下!
無茶な要求は突っぱねるんだ!
「良いのではありませんか?」
長官ああああん!
「『極光のネフィリア』は『鉄壁のルミナリア』と切り離して使うことはできません。子爵の力は王女殿下が近くに居ればこそです」
そんな愛も減ったくれもない戦略的な理由で、わたしの人生がわたしに断りなく譲渡されちゃうの?
「パトリック! シャル!」
「家族であることは変わらないから反対する理由は無いわね」
「どうせ僕のものにならないとは謂え、他の男に取られるのは御免だね」
助けを求めたわたしに援軍は来なかった。
「これで、リアを他家の男に嫁に出す心配は無くなったわね」
アナスタシア様まで!
「わかった。認めよう」
「ありがとうございます、陛下」
恭しく陛下に頭を下げるネフィー。
そのネフィーがわたしに視線を送りながら呟いたのだった。
「貴重な頂きものはじっくり堪能しなければ…………ね?」
『じっくり堪能』って?
その視線は何?
捕食者の目だよね?
結局、その日、離宮〖ハディントン=パサート〗にて宴が開かれ、陛下を始めとする会議参加者は離宮に泊まることとなった。
宴の後は女子会になり、わたしはシャルとネフィーに囲まれながら夜遅くまで話をした。
最後には酔ったアナスタシア様が乱入してきて、わたしを抱き枕代わりに寝てしまったことで女子会はお開きになったのだった。




