43 悪の枢軸
「ルミナリア・フォルティス、ネフィリア・アルテオン、頭を上げよ」
陛下の厳かな声に頭を上げる。
玉座に座るのは、ロデリック・ガートランド国王陛下。
その隣の座には、アナスタシア・ガートランド王妃様。
陛下の横に立つのは、近衛騎士団長のパトリック・ガートランド王太子殿下。
アナスタシア様の横には、パトリックの双子の姉で聖女のシャルロッテ・ガートランド第一王女殿下が立っている。
ロデリック陛下は、燃えるような赤い髪をオールバックにし、口と顎に髭を湛えるイケオジ。
アナスタシア様は、腰まで伸びるストレートのプラチナブロンドの髪とサファイアの瞳を持つ、年齢を感じさせない美貌の女性。
パトリックは、燃えるような赤く短い髪のイケメン。
シャルロッテは、燃えるような赤い髪を後ろで纏めている美女だ。
「此度の軍功により、ネフィリア・アルテオンに『極光のネフィリア』の称号を与え、子爵に任ずるものとする」
「ありがたき幸せ」
片膝を突いたネフィリアが陛下に首を垂れる。
「「「「「「おおおおおおおおおおお!!」」」」」」
〖謁見の間〗に参集した諸侯達から歓声と挙がり、数多の拍手が彼女を祝福する。
「ルミナリア・フォルティスよ。此度の軍功として、そなたを公爵へ陞爵する」
「謹んで――――」
わたしは陛下を真っ直ぐ見ると、
「お断り致します」
ニッコリ笑顔で、そう答えたのだった。
〖謁見の間〗が沈黙に包まれる。
誰もが唖然としている。
そりゃそうだろう。
陞爵を断るなんて前代未聞だからだ。
隣のネフィーの顔も引き攣っていた。
「理由を訊いてもよいか?」
ああ。
陛下の蟀谷がピクピクしている。
怒りだすのを我慢しているのが良く判る。
「先だっての王宮外廊での諍いにより、わたしは魔法師団長の職務の無期限停止と王都からの追放を言い渡されております」
「その件は既に撤回した」
そうだね。
それは長官から訊いた。
「陛下、それは悪手にございます」
「悪手と申すか?」
「はい。悪手です。国家の最高権力者が一度発した命令。それをたった数ヶ月で撤回なさるのは朝令暮改と謂えましょう。民に示しがつきません」
わたしは飽くまでも正論を貫く。
「それにわたしは既に魔法師団長を辞し、爵位と市民権を返上しております。即ち、今のわたしは平民であると同時に王国民でもありません。そのような貴族でもない無国籍者にいきなり公爵位を与えることを王国法は禁じています」
魔法師団長の辞表を長官に燃やされたことは黙っておく。
「そういう訳で、陛下が王国法をないがしろにされないように、お断りさせて頂きました」
論理に破綻は無い。
わたしの勝ちですよ、陛下。
「しかし、卿は息子の婚約者で――――」
「婚約者になったことは一度もありません。そもそも、わたしは王太子殿下の求婚をお断りし続けていましたよ」
パトリックが今にも飛び出してきそうになっている。
「それに無国籍者の平民を王族に招き入れるのは頂けません。王権に傷が付きます」
シャルロッテが泣きそうな顔になっている。
解ってる。
シャルは悪くないよ。
大公に付け込む理由を作ったわたしが悪いんだ。
「そういうことですので、わたしは失礼させて頂きます。無国籍者の平民がいつまでも卑しい足で王宮を穢す訳には参りませんので」
わたしはスクッと立ち上がると、玉座に背を向けて出入口に向かう。
そして、沈黙する諸侯達の視線を浴びながら〖謁見の間〗から退出したのだった。
もう、思い残すことは何も無かった。
◆ ◆ ◆
諸侯達が去って静まり返った〖謁見の間〗
「ヴェスターの進言を取り入れた余が悪いのか?」
顔を手で覆いながら苦悩する国王ロデリック・ガートランド。
「わたくしがリアちゃんに斬り掛かったのがいけないんです」
後悔を滲ませる第一王女シャルロッテ。
「僕があの時、あの場に居れば…………」
遠征中で、ルミナリアと姉のシャルロッテが刃を交える場に居合わせられなかったことを悔やむパトリック。
元々、多くを望まないルミナリア。
ちょっとした切っ掛けで簡単に全てを捨て去ってどこかに飛んで行ってしまいそうな娘だということは、彼女を良く知るミンスター侯爵から訊いていた。
王家に忠誠を誓うでなく、ただ民のためだけに職務を熟す彼女のことを、ロデリックは不敬だとは思わなかった。
むしろ、尊いとさえ思っていた。
誰にも真似できない偉業を達するも、それでも助けられなかった者が居れば『自分が未熟なせい』だと涙する彼女は心根の優しい子だった。
そんな彼女の心が、悲惨な現実を目の当たりにすることで次第に壊れていくのを放っておけなくて王家に取り込もうとしたロデリック。
少なくとも王宮の中に囲っておけば、彼女の心が安寧で居られるはずだと信じて。
「余はどこで間違えた?」
そんなロデリックの肩に王妃のアナスタシアがそっと手を置く。
「まだ、間に合うわ、あなた」
優しい声にロデリックが顔を上げる。
「私が何とかするわ」
「アナスタシア」
「――――て言うか、何とかするのはジョーなんだけどね。そうよね、ジョー?」
アナスタシアが魔法省長官ジョージ・ミンスターに問い掛ける。
「アナも人使いが荒いね」
「『使い倒していい』ってあなたの奥様から許可は貰っているわ」
「ジェシーのヤツもとんでもない約束をするね?」
「仕方ないわよ。私達、仲のいい従妹なんですもの」
国王ロデリック・ガートランドと王妃のアナスタシア・ガートランドとジョージ・ミンスターは幼馴染。
ミンスター夫人ジェシカはアナスタシアとは16歳離れた従妹である。
「やれやれ。可愛い妻のために一肌脱ぐしかないようだね?」
「任せちゃっていい?」
「ああ。大船に乗ったつもりでいたまえ」
ニンマリ笑うミンスターが〖謁見の間〗を出て行った。
「どうよ、子供達? 母親は偉大でしょう?」
「お母様、全部丸投げじゃないですか?」
「母上、台無しです」
自慢する母親の株に下した娘と息子の評価はストップ安だった。
◆ ◆ ◆
〖謁見の間〗から出て行くルミナリア様を結局追うことができなかった私は、王宮の廊下に置かれた長椅子に座って、これからどうするか悩んでいた。
そんな私にジョーおじさまが話し掛けてきた。
「ねえ、ネフィリア嬢。少し、手を貸してくれるかい?」
「ルミナリア様のことですね。もちろんです、ぜひ、お手伝いさせて下さい」
渡りに船だ。
この人なら何かいい案がありそうだ。
「じゃあ、付いてきてくれるかい?」
「はい!」
ジョーおじさまの後に従う私だった。
◆ ◆ ◆
王都の森林公園のベンチに佇むわたしは無計画だった。
「これからどうしようかな?」
陛下に楯突いた以上、もうこの国には居られない。
せっかく職場復帰したマーサ達には申し訳ないことをしてしまうことになりそうだ。
『我の元に来い』
また、天の声が聴こえた。
『我の元に来い』
まただ。
『もうどうすれば良いかわからなくなったのであろう?』
ああ、そうだよ。
『もう良いではないか』
何が?
『今生を生きるのを諦めればいい』
おまえの言う通りだよ。
今までの中でも最低の部類の人生だったよ。
『今までの中でも』?
わたしは何と比較している?
『おまえの魂は放っておいても、後1回で尽きる』
あと1回?
何の回数だろう?
『ならば、我によこせ』
ああ、そうだね。
好きにすればいいさ。
『そうか。では頂くとしよう』
次第に意識が薄れ始める。
「最後にさ。あなたが誰なのか教えてくれない?」
『そうじゃな。名乗りは大事じゃな。我は――――』
意識が溶けていく感覚。
「ダメええええええええええ!!」
浮遊感覚から唐突に衝撃が来た。
そっと目を開ける。
そうか、わたしは眠っていた?
いや、そうじゃない!
何故、ネフィーが抱きついている!?
「バカよ! バカ! 何してるんですか!? あなたはいったい何をしてるんですか!?」
襟首を掴まれて乱暴に揺さぶられるわたし。
ネフィーの顔は涙でグチャグチャだ。
「ネフィー、脳味噌崩れちゃうから! 口から出ちゃうから!」
「そんなバカな脳味噌、全部出ちゃえばいいのよ!」
無茶苦茶な言われようだよ。
「もう私を置いて行かない?」
ネフィーが胸に顔を押し当ててくる。
「ああ、もうネフィーを一人ぼっちにはしないよ」
抱きつくネフィーの頭を優しく撫でる。
「本当に?」
「神に誓ってもいい」
「言質は取ったわよ」
「………えっ?」
私の胸に顔を埋めていたネフィーが顔を上げる。
ニンマリ笑うその顔には涙の痕一つ無かった。
次の瞬間、光の縄が顕現し、わたしを拘束する。
「ジョーおじさま! ルミナリア様の身柄を確保しました!」
ジョーおじさま?
「見事な手際だね、ネフィリア嬢」
「長官!?」
驚いて振り向くと、茂みからひょこっと姿を現した長官が顎に手を当てて笑っている。
「ネフィー、さっきの涙は?」
「水魔法で濡らしたの」
「じゃあ、最初から捕まえるつもりで?」
なんてことだ!
「君はわたしを騙したのか!?」
責めるわたしにネフィーは悪びれる様子もない。
「油断したあなたが悪いのよ」
「君はわたしのことを心配していたんじゃ――――」
「それはそれ、これはこれよ」
光の縄を解こうと様々な魔法を行使して解除を試みるも全部撥ね返される。
「どう? 魔法で敵わない立場になるのは? 今、どんな気持ち? ねえ、どんな気持ち?」
わたしから離れて立ち上がったネフィーが意地悪そうな表情で、ベンチに転がされたわたしを見下ろす。
「悲しい? 悔しい? 頭に来る? どんな気持ちかしら?」
なんだ、これ!?
なんだ、これ!?
「私はね。ルミナリア様に一泡吹かせることができて、と~ってもいい気分よ」
勝ち誇ったネフィーが長官の方を向く。
「じゃあ、行きましょうか、ジョーおじさま」
「それにしても、ネフィリア嬢の魔法は興味深い。後でレポートを提出してくれるかい?」
「もちろんです」
「ついでに魔法師団の団員達にレクチャーしてくれるとありがたい。彼女らも今までの君と同じ思いをしているからね」
「わかりました。協力してルミナリア様をやっつけてしまいましょう」
「ネフィリア嬢とは気が合いそうだ」
「こちらこそ」
ネフィーと長官がガッチリと握手を交わす。
悪の枢軸の誕生の瞬間だよ。
二人が楽しそうに会話する少し後ろ、光の縄で雁字搦めに縛られ、高さ3mの位置に浮かばされたままで引っ立てられるわたしなのだった。




