42 王都への帰還
特別列車は所要時間が短いとはいえ、座りっぱなしは疲れる。
私は席を立つと4人用のコンパートメントを出て、通路を歩きながら伸びをする。
「ネフィリア嬢もお疲れのようだね」
声の主の方を振り返ると、ジョーおじさまだった。
「『も』ってことは、ジョーおじさまもですか?」
「私は列車に乗り慣れなくてね」
穏やかな表情の閣下をじっと見る。
「ネフィリア嬢は私とルミナリアの関係が気になるようだね?」
「わかりますか?」
フッと息を漏らしたジョーおじさま。
「どうかね? おじさんとお茶をご一緒して頂けるかな?」
ジョーおじさまが視線で喫茶室へと私を促す。
「はい。謹んでお誘いをお請けさせて頂きます」
■
喫茶室で出されたお茶で喉を潤す私を、両肘を突いた手に顎を載せて優し気な表情で眺めていたジョーおじさま。
「私がルミナリアと初めて会ったのは、彼女がまだ7歳の頃だった」
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ルミナリア様が7歳の時、ご両親が流行り病で亡くなった。
葬儀に参列したジョーおじさまは、涙すら流さずただ黙って棺を眺める少女に違和感を覚えたそうだ。
なぜなら、両親を亡くした少女の表情からは悲しみというものが一切感じ取れず、喜怒哀楽の無い人形のように見えたから。
そう。
この世の一切に何も期待しない者の表情だったのだ。
(このままではこの少女は壊れてしまうかもしれない)
そう思ったジョーおじさまは、少女に生きがいを見い出して貰うべく、頻繁にフォルティス邸に顔を出すようになった。
『生きがいを』と言っても、魔法研究の第一人者であるジョーおじさまに施せるものは魔法以外にない。
ジョーおじさまはこの幼い少女に魔法を教えることにしたのだった。
『この世に失望して貰いたくない』
ただそれだけの理由で魔法を教え始めたジョーおじさまだったが、少女はジョーおじさまの想定を上回るくらいの才能を示し、真綿が水を吸い込むように瞬く間に超級魔法までもを習得してしまった。
それもそのはず、少女は王国開闢以来の無限大の魔力総量の持ち主だったのだ。
少女も魔法の習得が楽しくなったらしく、ジョーおじさまに積極的に教えを請うようになっていた。
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「あの頃のルミナリアは本当に可愛かったねえ。『先生、先生』ってウルウルした瞳で私の袖を引っ張って、しきりに魔法を強請るんだよ」
幼い頃のルミナリア様、さぞかし可愛かったんだろうなあ。
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たまにジョーおじさまは、彼女を魔法師団の兵舎兼修錬場に連れて行き、魔法士と実戦訓練を積ませてやった。
そんなルミナリア様は、幼年学校を卒業する頃には、魔法師団の誰よりも強くなっていた。
そのことにジョーおじさまも驚いたが、驚きはそれだけに留まらなかった。
ある日、近衛師団に用向きで出向いたジョーおじさまは、同行していたルミナリア様に魔法は万能ではないことを教えるべく、彼女を近衛師団の中堅騎士と仕合をさせることにした。
中堅騎士ともなると、魔法士との戦い方法も良く知っている。
魔法士の放つ魔法をある時は避け、ある時は打ち消す技量を持っている。
魔法に頼る魔法士はベテラン騎士には魔法が通用しないことを思い知る。
ジョーおじさまも、ルミナリア様がそのことを身を以て知ることになるだろう、貴重な経験になるだろう、と思っていた。
だが、ジョーおじさまの思惑は外れることになる。
ルミナリア様は仕合を始めるにあたって木剣を1本所望した。
一度も剣など握ったことが無いにも関わらず。
仕合開始。
通常、魔法士は魔法で先制攻撃することで優位性を確保する。
だが、ルミナリア様は魔法を行使しなかった。
教えられてもいないのに見事な正眼の構え。
中堅騎士と初めて剣を握る9歳の少女。
対峙する二人は睨み合いになった。
試合後、騎士が語る。
『剣を構える少女に一縷の隙も無かった』と。
騎士が一歩踏み出そうとした瞬間。
目に見えぬ速さで少女が騎士との間合いを詰め、騎士の剣先を絡め捕るようにして騎士から剣を手放させ、更に背後に廻って騎士の首筋に木剣の刃を中てた。
9歳の少女の完全勝利だった。
次に少女と相対したのは、仕合を見学していた副師団長。
だが、仕合開始の数秒後、副師団長の眉間に少女の剣が寸止めされていた。
一度も剣を握ったこともない少女による有り得ない程秀逸な剣技。
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「あの子はね。生まれながらの剣聖だったんだよ」
懐かしそうに語るジョーおじさま。
「魔法の才は魔法師団の誰よりも上で、剣の腕は近衛師団の誰よりも勝る」
凄いな、ルミナリア様は。
「でもね。あの子の本当の望みは『自分の魔道具店を持つこと』だったんだよ」
ルミナリア様が全てを捨てて身分を偽り、旅に出た理由が漸くわかった気がした。
あの人にとって、爵位や肩書なんて、自分を縛る枷でしかなかったんだ。
「だが、最大多数の最大幸福のために、王国はあの子を失う訳にはいかない。例え、あの子に恨まれることになったとしてもね」
国を預かる重鎮だ。
そう考えるのも当然のことだろう。
「だが、幸いなことにあの子にも王国に大切なものができたようだ」
ジョーおじさまが私を見る。
「君のことだよ、ネフィリア嬢」
本当に?
でも、もし本当なら――――
「ジョーおじさま。訊いて頂きたいことがあります」
「私でよければ」
「はい。実は――――」
私は語る。
魔王の本当の狙いを。
私が私と私の中に目覚めた記憶との間で交わした約束を守るために。
◆ ◆ ◆
「ここは…………」
駅から馬車に乗って辿り着いたのは、わたしが手放した自宅。
「私が買い戻したんだよ。今回の軍功に対する私からの細やかなプレゼントだ。ありがたく受取り給え」
長官が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
長官、わたしが必ず敵を殲滅するって最初から想定していたんだ。
本当に侮れない人だな。
「わたしは王都を追放になった身ですよ?」
「その件だが、ロデリックのヤツに取り下げさせた。君の王都追放処分は既に撤回されているよ。安心したまえ」
『ロデリック』とは、陛下のことだ。
長官は陛下の幼馴染であることは知っていたが、どんな手を使ったんだ?
「お帰りなさいませ、お嬢様」
馬車を降りたわたしに、初老の女性が丁寧なお辞儀をする。
「「「「「「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」」」」」」
彼女の左右に横一列に並んだメイド達も一斉に頭を下げる。
「マーサ、それに君達も何で?」
「ミンスター様の取り計らいでございますよ。わたくしどもも今日から復帰致しました」
わたしは長官を見る。
「明日、また、迎えに来る。今日はゆっくり休み給え」
そして、わたしの後から馬車を降りたネフィーに語り掛ける。
「ネフィリア嬢も今日はルミナリアの家で休むといい」
「おい! ジョー!?」
辺境伯が『訊いていないぞ』と馬車を降りようとする。
それを手で遮る長官。
「君は王都の屋敷だよ」
「なら娘も――――」
「フィリップは馬に蹴られたいのかね?」
辺境伯が物凄い目で睨んできた。
わたしをそんな目で見ないで下さい。
全部、長官のせいなんですから。
「娘に手を出したら…………分っているな?」
辺境伯が威嚇してくる。
手なんか出しませんよ。
むしろ、手を出されたのはわたしの方なんですよ。
「えっと、その、ネフィーも自分の屋敷に泊まった方が――――」
「イヤよ!」
貞操の危機を感じたわたしの提案をネフィーが一刀両断した。
「お父様も! 私のルミナリア様に危害を加えたら親子の縁を切らせて頂きます!」
「ネフィリア…………」
辺境伯が急速に萎れるのが判った。
フィリップ様も娘には弱いんですね?
それにしても、ネフィー。
『私のルミナリア』とか…………
わたしは、いつから君のものになったのかな?
「そういうことだから私達は行くよ。まあ、君もこの後大変だろうが頑張り給え」
不吉な予言を残した長官を乗せた馬車が去って行った。
そして長官の予言通り、この後、わたしは更なる面倒と相対することとなるのだった。
■
「ルミナリア!!」
屋敷に入ると、近衛騎士の礼装を纏った赤髪のイケメン男が駆け寄って来た。
王太子パトリック・ガートランド。
近衛騎士団長でわたしより7つ年上の25歳。
わたしとは王立大学からの腐れ縁だ。
そう。
わたしの認識では『腐れ縁』
だが、こいつの認識はわたしとは違うようだ。
「どうして、婚約者の僕に黙って姿を消したんだよ!?」
わたしの両肩をガシッと掴んで詰問してくるパトリック。
「私というものがありながら婚約者?」
ネフィーがボソッと何かを呟いたがよく聴こえなかった。
凄い目で睨んでくる様子から、とんでもない誤解を生んでいるのが解る。
「あなたの婚約者になったつもりはないんだけど?」
わたしはパトリックの手を払い除けて塩対応してやった。
「ルミナリア。君はまだそんなことを言っているのかい? 公認の間柄じゃないか?」
「寝言はわたしに一太刀でも浴びせることができてから言ってちょうだい?」
――――――――――――――――――――――――――
わたしがこの男と初めて会ったのは、わたしが13歳の頃だ。
4年制王都中央学院のカリキュラムを1年足らずで終えたわたし。
とてつもない神童が現れたと、学院内で噂が広まった。
注目を浴びないようにしていたつもりだったが、母親譲りの容姿がそれを許さない。
ただ、それだけなら、容姿だけの問題だったと思う。
問題はその先。
次に進学する予定の王立大学にわたしの情報が学院から伝えられた。
それが王立大学の学生に漏れた。
今考えれば、大学の個人情報管理はどうなっているのかと責めたい気持ちになる。
生意気にも14になるかならないかという少女が王立大学に入学してくる。
王国初の快挙。
しかも剣も魔法も負け知らず。
当然、王立大学の最終学年に進級したパトリックの耳にもその情報が伝わった。
パトリックは魔法の才は無かったが、剣の腕は当時の近衛騎士団長にも勝る凄腕の剣士。
そのことを自負するパトリックが学院に現れて、わたしに立ち合いを申し込んできた。
「立ち合いを申し込まれる理由がありません」
当時からわたしはパトリックに塩対応だった。
「僕にはある! 僕は王国最強であることを賭けて数多の剣豪と剣を交え、屈服させてきた。僕より強い者など居ないと確認するためにね」
「迷惑な話ですね。他人のプライドをへし折って勇者気取りとは笑わせます。『一昨日来やがれ』です」
手でシッシッと追い払う仕草をすることで、『バカの相手はしていられない』ことを態度で示してやった。
「貴様! 僕を愚弄するつもりか!?」
「じゃあ、あなたの勝ちでいいです。では、わたしはこれで」
こんなヤツの相手はしてられない。
わたしはパトリックに背を向けて帰ることにした。
家に帰って、今度入学する大学の講義の予習を進めるために。
「待て、この!」
背後からの剣戟の気配。
振り返ったわたしは腰から抜いた剣でパトリックの剣を払い飛ばしてやった。
払い飛ばされた剣が宙を舞い、学院の中庭に突き刺さる。
剥き身の剣を少女に振るってきたのか、こいつは?
「いいでしょう。井の中の蛙には身のほどを知って頂かなくてはね」
丁度通り掛かった剣術部の一団に声を掛ける。
「ちょっと、そのトレント木剣を2本貸して頂けませんか?」
剣術部から借りたトレント木剣の1本をパトリックに放り投げる。
「お望み通り相手をしてあげます。さあ、どこからでも掛かって来なさい」
その日。
わたしはパトリックの自尊心をバキバキに折ってやった。
足腰立たなくなるまで打ち据えてやった。
ああ、これで私、不敬罪で爵位を取り上げられた挙句、国外追放かな?
まあいいや。
どうせ、お父様もお母様も亡くなって身寄りもない。
子爵家を継いではみたものの特段爵位に拘りもない。
国外追放になったら、どこそかの国で魔道具店でも始めるとするか。
それにしても、王太子、全然強くなかったな。
でも、王立大学、通いたかったなあ。
■
いつでも国外追放になってもいいように荷物を纏めていたわたしだったが、一向に沙汰が無い。
不審に思いながらも、王立大学の飛び級編入の日がやってきた。
そこで、わたしは、私の前で片膝を突いたパトリックに求婚された。
「フォルティス女子爵ルミナリア! 僕と結婚して欲しい!」
怒りに震えるわたしは、パトリックの頭にグーパンを振り下ろしたのだった。
「14にも満たない少女に求婚するんじゃない! このロリコンがあああああああ!」
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それ以来、事あるごとにわたしに結婚を賭けた立ち合いを挑んでくるパトリック。
そのパトリックを撃退するわたし。
パトリックはわたしに刃を掠らせることもできないでいる。
実際のところは、わたしが王国一の剣術使いなんだよね。
『なら、何故、近衛騎士団に入らなかったか』って?
わたしは剣より魔法の方が好きだからだよ。
剣の腕は何故か天性のものだったらしく、私自身もその理由を知らない。
それよりも、有り余る魔力総量を生かして色々な魔法を試したり作り出したりする方が楽しいじゃないか。
だから、わたしは近衛師団で騎士を目指すより、魔法師団で魔法士を目指すことにした。
ましてや、王太子妃、いずれは王妃なんて窮屈な立場になるなんて真っ平御免だ。
パトリックには王太子妃に相応しい相手を見つけて欲しいものだ。
それが腐れ縁のわたしの望みだよ。
だが、わたしにも弱みが無い訳じゃない。
それを言い出されたら困ってしまう。
でも、そのことを取引材料にしないあたり、パトリックも騎士道篤い騎士様なんだよね。
そこだけは認めてやってもいいよ。
「クソッ! 僕がもっと強ければ!」
悔しがっているパトリックはこのまま放置しておこう。
「じゃあ、ネフィー。客間に案内するよ」
「お願い」
ネフィーがわたしをじっと見る。
そして、ニッコリ笑って言ったのだった。
「ルミナリア様、男前」
うん。
それ、女性に向ける言葉じゃないよね。
どうしてくれるんだ?
わたしの乙女心がゴッソリ削られてしまったじゃないか。




