41 極光のネフィリア
私は何を見せられているんだろう。
丘の中腹から師匠達を見守る私。
師匠が右手を天に翳す。
すると、風もないのに師匠のマニッシュショートの髪が下から吹き上げられたように広がり、左右の耳の前から腰の上まで一掴みだけ伸びた髪が生き物のようにのたうち始める。
伸びた髪を纏めた紅玉が眩しいくらいに輝き――――
「嘘!」
私は驚きの声をあげそうになった口を両手で押さえた。
師匠の髪がダークブラウンから…………遠くからも人目を惹くくらい鮮やかなプラチナブロンドに変わっていく。
「そんな…………そんな!」
師匠が右手を振り下ろした瞬間、北に光の柱が天から降り注ぐ。
あの時は、業火の柱を現出させ柱内を焼き尽くす魔法[ピラー・オブ・インフェルノ]。
そして今回は、天からの広範囲・超高温の光攻撃魔法[サテライトキャノン]。
あの姿とあの所作は…………間違いない!
あのお方だ!
『鉄壁のルミナリア』
4年前、領都フライブルグを救ってくれた英雄。
それなのに、私を抱き締めながらお母様を助けられなかったことを涙しながら謝罪してくれた心優しいお方。
そして、私が心から慕い、その傍らに立ちたいと願ってやまない王国魔法師団長様。
そのルミナリア様が師匠の正体だったなんて!
あの時はまだ幼さの残る少女だった。
今は少し大人びているが、髪色以外に異なるところは無い。
それなのに、何で私は気づかなかった?
よく考えれば分かったはずなのに。
そして、私はなんて失礼な態度を取っていたのだろう。
憧れのあの方に無礼な振舞いを働いた挙句…………あの方の…………
気が付くと、私は手で自分の唇に触れていた。
『ネフィー、ちょっといいかい?』
私の頭の中にあの方の念話が届く。
「ひゃっ! ひゃい!」
慌てふためいて、声に出して返事してしまった。
『実はちょっと厄介なことになってしまってね。ぜひ、君の手を借りたい』
私は胸に手を置いて心を落ち着ける。
よし! もう大丈夫よ!
『どうしたの?』
『敵の殲滅にはある程度成功したんだけどね。飛び回る敵の航空戦力まで手が回らなかった』
『それで私は何をすればいい?』
『説明するからここに来てくれないかい?』
『わかった。すぐ行く』
私は念話を切ると丘の上まで急いだ。
あ~ん!
バカ、バカ、私!
あの方にタメ口とか、どれだけ失礼なのよ!
◆ ◆ ◆
ネフィーが丘の上にやって来た。
「敵の航空戦力を撃ち漏らしました。ドラゴンの群れです。各国の正規軍に同行していました。ネフィリア嬢、感覚共有は可能ですか?」
「ええ」
ロベリアが早速説明を始める。
何か、ロベリアがネフィーに刺々しいんだよね?
「では、共有します」
目を閉じて構えるネフィー。
「私の中に三次元マップが流れ込んで………えっ? 何これ? 天上からの眺めだわ。神様になったみたい」
「神様に失礼ですよ、ネフィリア嬢」
「すいません」
ロベリアが窘めると、ネフィーがシューンと肩を落とした。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。ネフィーはできる子だからね」
そう。
魔力総量が爆上がりした今のネフィーになら広域攻撃魔法も可能だ。
しかも、制御についてはわたし以上。
「わたくしにはそんな言葉を掛けて下さらないのに…………」
ロベリアが何かゴニョゴニョ言っている。
「何か言ったかい?」
「いえ、何でもありませんわ」
プイッとそっぽをむかれてしまった。
「ネフィー。そのマップ上で魔王軍の航空戦力が把握できるかい?」
「ええ。ドラゴン集団よね? 158ケ所に点在しているわ」
「それを全部撃ち落としてくれ」
ネフィーが目を開けてわたしを見る。
「全部?」
「そう。全部だ」
見上げて来るネフィーが瞬き一つしない。
「本気で言ってる?」
胡乱な目でわたしを睨むネフィー。
「もちろん本気さ。君ならできるはずだ。この僕が太鼓判を押してもいい」
「無っ茶言うなあ」
仏頂面で頭をガシガシ掻くネフィー。
「仕方ないわねえ。あんたがそう言うならやってあげる。それでいい?」
「うん。ちゃちゃっと頼むよ」
すると、ネフィーが目を閉じて両手を広げる。
「ん!」
何かな?
「ん! 報酬の先払い」
わたしはネフィーを抱き締めて頬にキスをする。
そして、ネフィーから離れようとしたが、ネフィーが離してくれない。
「あの、ネフィーさん?」
「足りないわ。追加報酬を支払いなさい」
さっきからロベリアの刺すような視線が痛い。
そのロベリアが実力行使に出てきた。
「いつまで抱き合っているのですか!? 時間が無いのですよ!? さっさと……離れ……な……さいっ!」
ロベリアがネフィーをわたしから無理やり引き剥がす。
「ロベリア様、酷いです!」
「何が酷いのですか!? さっさと作戦を遂行しなさい! ルミナリア様もいつまでも笑っていない!」
ヒスを起こしたロベリアを眺めているとこっちに飛び火してしまった。
「はいはい、分かりました。分かりましたから落ち着いてね」
ロベリアを宥めてから、ネフィーを見る。
ネフィーが黙って首肯した。
もう、彼女の中ではどう対処するか決まったようだ。
「師匠、私を導いて」
「わかった」
ネフィーの左手を取って感覚を共有する。
わたしは、三次元マップに映し出された敵航空戦力を一か所ずつ拡大表示し、その中のドラゴン一体一体にマーキングしていった。
それを158回繰り返し、結果情報をネフィーに送る。
「ありがとう、師匠。全てのターゲットにロックオンできたわ」
ネフィーが右手を真上に翳して、
「ビーム………ガトリング!」
ネフィーの右手の先から真上に高密度ビームが連射される。
その速度毎分300発。
連射されたビームが天上で四方に拡散し、遠くに飛び去って行く。
「ドラゴン、墜ちていきます!」
ロベリアが索敵情報を告げてくれた。
ネフィーの[ビームガトリング]はビームキャノン顔負けの威力。
しかも自動追尾機能付き。
撃ち漏らしなどありようもない。
「ドラゴン全33700体、全て撃墜されました!」
興奮しながらロベリアが報告する。
ロベリアのネフィーを見る目が尊敬の眼差しに変わっていたのがわかった。
「ご苦労様。これで王国は救われたよ」
ゆっくり丘を登って来た長官。
「これは新たな英雄の登場だね。『極光のネフィリア』の誕生だ」
「『極光のネフィリア』? 私が、ですか?」
「そうだよ。『鉄壁のルミナリア』と並ぶ王国の英雄だ」
ネフィーがわたしを見る。
「師匠はルミナリア様だったのですね?」
「バレちゃったみたいだね?」
「じゃあ、やっぱり師匠は女?」
「そうだよ。あの時は君に諦めて貰うために容姿変換で男に化けた」
「あの晩のことも…………」
思い出すと恥ずかしくなるような過去を掘り下げないで欲しい。
「そうだった、ルミナリア。先般、問い合わせてきた件だけどね。魔力総量を上げる方法が判ったよ。800年前の文献に答えがあった。それによれば、魔力総量の高い者と低い者がパスを繋げればいいそうだ。そうすると、魔力総量の低い者に高い者の魔力が常時流れ込むようになってね。二人の魔力総量が同じになるんだ。そうだね………『満水の水タンクと空の水タンクを繋いだら、二つのタンクの水位が真ん中になる』………みたいな? 問題は、パスを繋ぐと魔力総量の高い者の魔力総量が少なくなるという欠点があるんだが、ルミナリアの魔力総量は無限大だからね。その問題は考慮しなくてもよさそうだ」
そういうことか。
わたしとパスが繋がったからネフィーの魔力総量が爆上がりしたのか。
「ただね。パスが繋がるということは心も繋がるということだ。よほど頑丈な鍵でも掛けておかないと心の中まで覗き見られてしまう。古来、魔法士同志がパスを繋ぐのをやめてしまったのはそれが理由だ。実際、刃傷沙汰に発展した例も少なくなかった」
わたしの考えがネフィーに解かってしまっていたのはそのせいか。
などと考えていたわたしは、長官がわたしとネフィーをマジマジと見ていることに気付く。
「ネフィリア嬢の魔力総量が君と同レベルになったように見えるんだが、まさか、ネフィリア嬢とパスを繋いだんじゃないだろうね?」
長官は鋭いなあ。
いつもは昼行燈のくせに。
「どうなんだい? ルミナリア?」
ズイと迫ってくる長官の圧に抗えない。
「…………どうやら、ネフィリア嬢とのパスが繋がっていたみたいです」
じっとわたしを見つめる長官。
その長官が口を開く。
「ちなみに、パスを繋ぐ方法なんだがね」
長官の笑みが悪魔の微笑みに見えた。
「粘膜接触だそうだ」
粘膜接触!
それってあれか?
唾液の交換とか…………繋がり合うとか…………
「粘膜接触が濃厚か、あるいは回数が多ければ、その分だけパスが強固になり、相手の固有魔法すら訓練不要で使えるようになるらしい」
隣のネフィーを見ると熟れたトマトのようになって俯いている。
わたしはどうなんだろう?
「どうしたんだね、二人とも?」
長官。
判ってて訊いてますよね?
「いやあ、貴重な研究サンプルが手に入りそうだよ。もちろん、君に拒否権は無い」
ん?
どういうことだ?
「これ、な~んだ?」
長官が一通の封書を懐から取り出した。
まさか!?
「察しがいいね。これは君の辞表だ」
封書をヒラヒラと振って見せる長官。
「わたしの辞表は受理されたのでは?」
「そうだね。確かにあの時、私は君の辞表を受け取った」
「それなら――――」
「あくまで君の恩師である王立大学魔法研究科教授ジョージ・ミンスターとしてね」
ん?
それって?
「いつも言っているだろう?『相手の言葉の裏側に隠された真意をきちんと見抜きなさい』って」
あの時、長官は辞表をただ『受け取る』と言った。
だが、長官は魔法省長官として辞表を受け取ったとは一言も言っていない。
ただ『受け取る』は、本当にただ受け取ったに過ぎない。
おそらくは、わたし個人の恩師として。
「だから今も君は魔法師団長だ。そして、今後もね」
長官が手にする封書が発火する。
長官が火魔法で燃やしたのだ。
封書はあっという間に燃え切って灰になった。
「嵌めましたね? 長官?」
わたしは恨めしげに長官を見た。
「初めて君を見出した時から、君は王国と言う鎖に縛られた虜囚なのだよ。いい加減、理解したまえ」
酷い言われようだ。
鬱になりそうだ。
いっそ、死のうかな?
「さあ、栄えある英雄の凱旋だ! みんなで王都に戻るとしようか?」
「「「「「「「「「「「はい! 長官!」」」」」」」」」」」
いつの間にかわたしの周りには魔法師団の面々が集まっていた。
みんな、わたしの可愛い部下の女の子達だ。
「師団長。ケーキ屋さんに付き合う約束反故にしましたよね?」
「ルミナリア様のこと一生懸命探したんですよ!」
「今度こそ女子会参加して下さいますよね?」
「いつになったら釣りに連れて行ってくれるんですか?」
部下達に揉みくちゃにされるわたし。
「ネフィリア嬢。君にも王都に来てもらうよ」
長官がネフィーに声を掛ける。
「元々、来週には王都に戻る予定でした。新学期が始まりますので」
「ちょっと君の予定が早まるけど問題は?」
「ありません」
そして、ネフィーが部下達をかき分けてわたしのところに来ると、わたしの腕に抱きついてニッコリ笑ってこう言い放った。
「だって、私。ルミナリア様に奪われちゃいましたから」
なっ!!
奪われたのはわたしの方なんだが!?
その後のことを想像して欲しい。
わたしは部下達から審問を受ける身になった。
どれだけ一生懸命説明しても唯々傷を広げるだけだった。
年頃の女の子達の想像力の逞しさを、身を以て知るわたしだった。
帰りの特別列車の中でもネフィーはニコニコ顔でわたしの腕をガッチリ掴んで離さなかった。
向かいに座る二人の大人。
ニヤニヤ笑う長官はまだいい。
問題はもう一人。
今にも捕って食われそうな気がするくらい怖いオーラを放つ辺境伯の視線にいたたまれない思いがやまないわたし。
必要も無いのにしきりに通路を往復する部下達。
彼女らが向ける視線もまた氷の矢のようだった。
王都のリスタード中央駅までノンストップで走る特別列車。
重連の3軸駆動の液体燃料機関車に引かれるこの列車の所要時間はのんびり走る急行列車の1/4。
4時間半で王都に着く。
でも、針の筵に座るわたしにはその時間が何日にも感じられるのだった。




