39 急転直下
間もなく北部国境だ。
国境のゲートを潜ればそこはもう異国。
だが、国境方面から旅の行商人の馬車が次々とやって来る。
どの馬車も全速力だ。
向かいから来る馬車を避けながら進むと一台の馬車が立ち往生していた。
車輪を路側の泥濘の中にスタックさせたようだ。
俺は馬車の車重を[アンチグラビティ]で軽減する。
軽くなった馬車が泥濘から脱出できた。
俺が脱出を補助する間も他の馬車は助けることなく領都方面に次々と走り去っていく。
「ありがとうございます! 助かりました!」
行商人がペコペコ頭を下げる。
誰も助けなかったことを不審に思ったわたしは行商人に尋ねた。
「皆さん、何を慌てているのですか?」
「北部国境に魔族軍の大軍が現れたのです」
魔族軍の大軍?
「国境は閉鎖。国境に居た我々には領都への避難勧告が発令されました」
国境が閉鎖?
いや、魔族軍が北に集まってきている以上、北には向かえない。
どうする?
「私どもも領都に避難します。助けて頂いた恩返しになるかはわかりませんが、旅人さんも避難するならぜひ同乗下さい」
「ありがとうございます。では、ご一緒させて頂きます」
わたしは馬車の荷台に乗り、領都に戻ることにしたのだった。
◆ ◆ ◆
領都の北ゲートから出ようとすると素性がバレて引き留められると思った私は北ゲートから少し離れた場所から[フライ]で城壁を越えた。
国境に向かいつつ街道に戻るべく、人気のない平原を歩く。
雲一つない晴れ間のはずの私の頭上に影が差す。
見上げるとそこには!
一隻の巨大な飛空船が滞空していた。
見上げている私に気付いたのか、高度を下げた飛空船が私の目の前に着地したのだった。
重力魔法で高度を調整し、風魔法でマストに張られた帆に風を送って進む船。
飛空船には4本のマストがある。
4本マスト。
これは南部を統括するヴェスター大公の誇る戦艦じゃないの。
南部の大公の戦艦が何故、北部辺境に?
疑問に思っていると、戦艦の下部が開いてスロープが降りてくる。
やがて、スロープを歩いて降りてきた男が私の前に立った。
「これはこれは。アルテオン辺境伯のご令嬢ではないか? こんなところに供も連れずに散歩ですかな?」
男の名は、ヴェスター大公クロフォード。
燃えるような赤い髪が獅子の鬣を思わせる身の丈2mの大男だ。
我がアルテオン辺境伯の敵派閥の重鎮。
その男自らが何の用なの?
「南を護る大公殿下が北に何の用ですか?」
身構える私を大公が面白そうに見ている。
「辺境伯にもわしの考えに賛同して貰おうと思い、こうして足を運んだのだよ」
「会談するだけなら特別列車を仕立ててくれば良いものを、戦艦とは仰々しいですね?」
私を見る大公がニヤリと笑う。
「ネフィリア嬢、保険はご存じかな?」
「保険くらい知っています。それがどうしたと言うのですか?」
「実はね、辺境伯が賛同してくれるとはどうにも思えなくてね。賛同して貰えない時の保険として必要になるのがこの戦艦なのだよ」
つまり、お父様が言うことを訊かなければ戦艦で攻撃するということだ。
「どのようなお考えですか? 内容如何によっては私がお父様を説得致しますよ」
説得するつもりは更々無い。
どうせ、ロクでもないことなんだから。
だが、大公は私が仲介に立ってくれると思ったようだ。
「ではお話ししよう。わしはかねてから陛下に魔王国との融和を訴えてきた。王国を取り巻く周辺国も長引く戦禍に疲弊して魔王国との講和を結びつつある。このままでは、世界が魔王国側に就き、我が王国が世界の敵となってしまうだろう。そうならないように陛下を説得して来たのだが、陛下は中々首を縦に振ってくれない。そうこうするうちに魔王国の敵は我が王国だけになってしまった。つまり王国以外の全ての国が王国の敵となってしまった」
それは初めて訊いた。
王国はそんな状況に追い込まれているの?
「ネフィリア嬢は正義と悪の概念が時代によって変わることはご存じかな?」
古来より、常識を翳す少数の者は非常識を当たり前とする多数の者に異端視され悪のレッテルを貼られ迫害されてきた。
今では当たり前のことも、当時当たり前では無いために、異端視されたことも知っている。
だから、私は黙って首肯する。
私の頷きに、大公が満足そうな笑顔を見せて話を進める。
「今、陛下の考えが世界の少数派となった。これは憂慮されてしかるべきことだ」
「…………」
「そして、辺境伯もまた陛下と同じ考えのようだ」
そう。
お父様は間違っていない。
だって、お父様は最愛の妻であるお母様を魔族軍との戦いで失ったのだから。
陛下の妹で剣姫だったお母様。
お母様はフライブルグ攻防戦で魔将と刺し違えて命を落とした。
――――――――――――――――――――――――――
『私のことは構わないで! 私があいつを引き付けるから、あなたは構わず極大魔法を行使しなさい!』
『でも、あなたも巻き込まれてしまうじゃないですか!?』
『多くの人命と私一人の命。どちらがより重いかは判るわよね?』
それだけ言い放つとお母様は魔族軍の本陣に消えた。
お母様に頼まれた魔法師団の魔法士が苦渋に顔を歪ませつつ[エリアデフィニッション]で魔族軍全てを範囲指定すると、業火の柱を現出させ柱内を焼き尽くす魔法[ピラー・オブ・インフェルノ]で80万の軍勢を一瞬で焼き払って見せた。
本当に一瞬だった。
私は私と同い年くらいのその魔法士の少女の横に立って全てを見ていた。
物凄い偉業を成し遂げたにも関わらず、彼女は涙を流し続けていた。
そして、私を抱きすくめて言った。
『済まない。わたしが極大魔法を上手にコントロールできなかったから。もっと目標を緻密に選別出来ていたら君の母上は命を落とさずに済んだ。わたしのせいだ。わたしの研鑽が足りなかったんだ。だから君はわたしを恨んでくれていい。君が望むなら命も捧げよう』
娘の前で母親を殺す。
止むに止まれぬ事情があったとは謂え、15にも満たない少女にその選択は酷過ぎる。
それでも、彼女は心を鬼にして極大魔法を放った。
そして、彼女は心から私に詫びている。
命令を遂行しただけで彼女には問われる罪など無いのに。
それが、ルミナリア・フォルティス様との出会いだった。
――――――――――――――――――――――――――
そんなルミナリア様が心に深い傷を負いながらも魔族軍を殲滅した。
それをこの大公は無かったことにしろと言うの!?
「そこでわしは考えたのだよ。『鉄壁のルミナリア』が失脚した今、反魔王の急先鋒である北方の守護者を倒して北部から魔族軍を侵攻させれば、王国も抵抗する気を失って講和するだろうと」
ちょっと待って!?
今、大公は『『鉄壁のルミナリア』が失脚した』って言ったわよね!?
聞き違いじゃないよね!?
「『『鉄壁のルミナリア』が失脚した』って本当ですか?」
「北部にはまだ伝わっていないようだが本当のことだ。王宮でトラブルを起こした彼女の放逐をわしが献言した。最初渋っていた陛下も最後は受け入れてくれたよ」
ルミナリア様を失脚させたのがこの男ですって!?
「そうそう。魔王が出して来た講和条件に『『ルミナリア・フォルティス』の身柄を引き渡すこと』という条件がある。『手足を切り落としてもいいが、絶対に殺さずに引き渡せ』とのことだ」
私の血液が沸騰しそうになる。
「ただ、彼女はわしが身柄を拘束する前に王都から姿を消していた。君も彼女を見つけたらわしに連絡して欲しい」
そんなことするものですか!
「もっとも、魔王は君の身柄も欲しているようだがね。但し『できれば』という但し書き付きではあるが」
下卑た笑いを浮かべる大公。
もしかして、貴族子女誘拐未遂事件の黒幕って!?
だから、あいつらは『アルテオン辺境伯の娘の確保が目的』って言ってたのね!?
なら、この男は敵だ!
「どうしたのかね?」
「大公! 仲介するのはやめよ! 私はおまえを許さない!」
「そうか。残念だ」
大公は急に興味を失ったように背を向けた。
「逃げるのですか!?」
「逃げはしない。ただ、嬢ちゃんの相手をするのはわしじゃない」
大公が目を向けた先。
戦艦のタラップから次々と姿を現したのは大公軍の兵へはなく――――魔族だった。
数百体の異形の魔物がゆっくりと私を取り囲む。
冷静になれ。
私は破門されたとは謂え、『鉄壁のルミナリア』に匹敵する魔法士の弟子。
魔力総量がルミナリア様レベルになった今、こんな魔族などものともしない。
それに師匠は褒めてくれたんだ、私の正確な探知能力とコントロール力と威力を。
『ネフィー。よくやった』
だから、私は魔族に極大魔法を行使する。
あの時、ルミナリア様が放った魔法を。
今のわたしなら、あの頃のルミナリア様よりも上手くやって見せる自信がある。
私は神経を集中させて[エリアデフィニッション]の術式改良版で潜伏しているモノも含めた魔族を選別指定すると、業火の柱を現出させ柱内を焼き尽くす魔法[ピラー・オブ・インフェルノ]で異形の魔族達と大公の戦艦を一瞬で焼き払って見せた。
状況が理解できずに唖然する大公。
やがて、私に振り向くと物凄い覇気を浴びせてきた。
「許さぬぞ!! 小娘!!」
次の瞬間、大公の体のあちこちから触手が伸び、私に襲い掛かって来た。
「もしかして、大公殿下は魔族だったのですか?」
「わしは、魔王ミストルフィニア様から人を越える力を頂いたのだ!」
襲い来る無数の触手に[ファイアガトリング]と[ストーンガトリング]の弾幕を張って触手を切り飛ばしてやる。
だが、切られた触手が根元から二股再生し、襲い掛かって来る触手が2倍になった。
再生した触手はより強靭になり、炎弾や石弾を撥ね返し始める。
「うわっ!」
至近に迫る火球を寸でのところで避ける。
この化け物め!
口から火球まで吐き始めたわ!
私は自動追尾機能を付加した[ファイアバレット]で大公の胴を狙う。
威力最大の炎弾が触手の防御を摺り抜けて大公の脇腹に命中した。
猛獣も魔物も魔族も脇腹は急所。
大公も相当なダメージを負ったのだと思った。
だが、大公は無傷だった。
「嘘~~~~っ!?」
今度は私が防戦一方になる。
襲い来る触手と火球から逃げ回るのが精一杯で反撃の隙が無い。
――――と、私は地面の段差に足を取られてバランスを崩す。
「キャッ!」
バランスを崩した隙を逃さず、両手両足を触手に拘束される。
そして、身動き取れなくなった私の首元目掛けて真っ直ぐに尖った触手の先が迫って来た。
もうダメ!!
目を瞑って最期を覚悟した私の首に触手が刺さることはなかった。
シュシュシュシュシュシュシュシュシュン!
「ぐわああああああああああああ!」
大公のしわがれた悲鳴に目を開けると、大公が無数の剣戟に全ての触手と手足を斬られ、袈裟懸けに斬られた胴から砕かれた魔核が飛散するのが見えた。
「やれやれ。これは更なる指導が必要だね」
そこには大剣を片手持ちしながらブツブツ呟く師匠が立っていた。
「でもまあ、よく頑張ったね」
優しい笑みを浮かべた師匠がポンと片手を私の頭に置いて撫でてくれた。
「師匠おおおううううう!」
私は泣きながら師匠に抱きついた。
「やっぱり師匠は頼りになりますううう!」
「僕は『バカでおたんこなす』じゃなかったのかい?」
私は抱きついた腕をキュッと締める。
「痛いよ、ネフィー」
「意地悪を言う師匠はこうよ」
「痛たたた! ネフィー、腕を緩めてくれないかい? 君のあばらが当たって痛いんだよ」
それは胸の無い私への宣戦布告?
更に腕の力を強くする。
「痛い! 痛い! 痛い! 悪かった! 悪かったから許して!」
やっぱりだ。
やっぱり師匠の胸は私より遥かに豊満だ。
あの時は男に偽装してたみたいだけど、今回は緊急時だから偽装を怠ってたみたいね?
でも、もう確認した。
確か、師匠の身分証の性別は男だったはずだ。
普通に身分詐称は鉱山労働30年。
貴族相手に詐称したら死刑。
この線で師匠を落としていこう。
そう考えつつ、私は師匠に抱きついたまま頭をスリスリする。
至福の時間だ。
「う~ん。お楽しみのところ、申し訳ないんだけどね。ちょっといいかね?」
声の主に顔を向けると、そこには壮年の域に入りつつある黒髪の眼鏡を掛けた穏やかそうな面差しの男の人が立っていた。
「長官!?」
長官?
そう言えば、フライブルグ攻防戦の時にルミナリア様に指示を出していた方?
「どうしてここへ!?」
「ちょっと緊急事態が発生してね。特急列車を仕立てて貰ってやって来たんだよ」
穏やかそうな微笑みを湛えながら私の方を見る。
「久しぶりだね、ネフィリア嬢」
間違いない。
魔法省長官のジョージ・ミンスター侯爵閣下だ。
お父様の幼年学校からの友人。
お父様は『腐れ縁』なんて言ってたけど。
「お久しぶりです。ジョーおじさま」
私はその場で挨拶する。
カーテシーでなく、師匠に抱きついたまま。
「大変申し訳ないが、君の良き人である彼女を貸してくれないだろうか?」
やっぱり『彼女』なのね。
「長官、どういうことでしょうか?」
私を優しく引き離した師匠がジョーおじさまに真面目な顔を向ける。
「国の存亡が掛かっている。君の力を貸して欲しい」
「わかりました。現状を教えて下さい」
ジョーおじさまが乗って来た馬車に師匠が同乗する。
「ネフィリア嬢も一緒に来たまえ」
ジョーおじさまに勧められるまま、私も馬車に乗り込むのだった。




