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面倒くさいから全部チェンジで  作者: 衣之谷こうみ
ルミナリア編

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37 蘇生………そして


師匠が死んでる!?


床に息もせず横たわっている師匠の手首を取って脈を計るが一拍もしていない。


私の全身から血の気が引いていくのが分かる。




いや、まだ慌てる時間じゃない!

ネフィリア、冷静になりなさい!



私は学校で習った蘇生術を試みる。


ぶっつけ本番だけど今は躊躇している場合じゃないわ!



まずは心臓マッサージからよ。


師匠の胸に手を当てて思い切り体重を掛けて押す。

これを繰り返して、合間合間に人工呼吸で空気を吹き入れる。



あれ?



体重を掛けたのに肋骨が押されて広がらない。


何かで胸周りがきつく巻かれて肋骨の伸縮が制限されている?


これでは心臓にポンピングが届かないわ。


「ごめん、師匠。上を脱がせるわね」


私は師匠の黒いジャケットを脱がせ、薄緑色の開襟シャツのボタンを外す。



更に下着を脱がせようと開襟シャツを捲ると下には下着ではなくサラシが巻かれていた。


これが肋骨を抑え込んでいたのね?



私は[ウインンドカッター]でサラシを切る。



「嘘でしょう!?」



サラシの下から現れたのは、私と同じ物、いや、私よりも豊満なアレだったのだ。



色々言いたいことはあるけど今は時間が無い!

後で答えて貰うわよ、師匠!



私は心臓マッサージを再開し、口から息を吹き込む。

以前なら躊躇したマウスツーマウスも気にならない。



実際は短い時間だったのかもしれない。

でも、私には物凄く長い時間頑張ったように思えた。



「ふっ」


やがて、師匠の心臓が脈打ち始め、呼吸が再開した。



それから間を置くことなく、師匠が薄っすら目を開けた。



「やあ。ネフィー、おはよう」



この人は!

死の淵から戻ったと言うのに!

初めて発するセリフがそれ!?


私は思い切りそっぽを向いてやった。



私の視線の先。

散乱する書籍が目に入る。

書籍に引かれるようにふらふらと立ち上がった私は散乱する書籍を確認する。

そのどれもが、魔力総量を増やす方法について述べられているものだった。



この人は毎晩毎晩、私のために調べてくれていた!

その身を削って!

遂には過労死しそうになって!



「うっうっうっうっ…………」


涙が止まらなくなった。



「? ネフィー?」


のろのろと起き上がった師匠を見る私。



「毎晩、私のために無理してたの?」

「いや。僕の趣味だよ。遂没頭してしまった。悪い癖だね」


疲れた顔で穏やかに笑う師匠。


「嘘よ!」


師匠が私を見て溜息をついた。


「もうすぐ、君は大学で新学期を迎えるために王都に戻る。僕が長官と約束していたフライブルグでの2ヶ月の滞在期間も満了する」


『2ヶ月の滞在期間も満了』ですって?


「師匠は王都には付いてきてくれないの?」

「僕は故あって王都に入ることが許されていないんだ」


『王都に入ることが許されていない』?

どういうことだろう?


「それに君はもう僕が居なくても魔法士としてやっていけるはずだ。大学卒業後、魔法師団の入団試験もパスできる。それだけは保証するよ」

「この後、師匠はどうするの?」

「この国を出て旅をするよ。もうこの国に戻ることのない長い旅をね」

「じゃあ、私とは…………」

「長いお別れになるね」



私は目眩がしそうになった。

そして、事も無げにそう語る師匠が憎くなった。


そして、私は気づく。


師匠と離れたくない、と。

師匠を離したくない、と。

それは私の独占欲。



「いやよ! 行かせない!」


体が自然に動いて――――私は師匠に抱き着いていた。


「うわっ!」


バランスを崩した師匠が後ろに倒れていく。



しまった!

師匠はまだ本調子じゃなかったわ!

このままでは、師匠が後頭部を床に打ち付けてしまう!


私は反射的に師匠の頭を両手で抱える。

そのまま倒れて行く二人。


ドスッ!



床に倒れ込んだ瞬間――――


えっ?


私の唇が師匠の唇に触れた。



次の瞬間、私の体が私の意識と関係なく動く。

私は何をしようとしている?


私は唇を師匠のそれに押し付け、舌を滑り込ませる。


「ん! んんんんんんん!」


最初、師匠は離れようと藻掻いた。

だが、私が師匠の頭を抱え込んで離さなかったため、それは叶わなかった。


やがて、師匠の身体が弛緩し、抵抗しなくなった。


私は無我夢中で師匠を貪った。

私の想いのたけを注ぎ込むように。




それから、どれだけ時間が経ったのだろう。

私と師匠はどちらともなく身を離したのだった。



私はなんてことをしたんだろう!?


「ネフィー?」


師匠が私の様子を心配そうに伺っている。

師匠の口の周りは私と師匠の涎でベタベタだ。

たぶん、私もそう。


顔に熱が籠るのが自覚できる。

もう師匠の顔がまともに見れないよ。


私は口の周りをゴシゴシ擦ると、師匠に背を向けて立ち上がる。


「お父様に師匠の外泊許可を貰って来るから」


そのまま、書庫から出て行こうとする。


「一緒に行こうか?」

「却下よ! 不摂生な師匠はベッドで十分な睡眠を摂ること! それに『大概の賊に遅れは取らない』と太鼓判を押してくれたのは師匠でしょう? そういうことだから」


それだけ言い残して、私は侯爵別邸を後にした。



自宅に戻るまでの間、何度も立ち止まって自分の唇に手を触れる。


私、師匠とキスしちゃったんだ…………

それも、いきなりディープキスだなんて…………

私はなんてみだらな女なんだろう。


これも、全部師匠が悪いんだわ!

師匠がお別れだなんて言うから!

だから、私は師匠を繋ぎ止めようとして、あんな行為に及んだのよ!


それでも私から離れると言うのなら、その時はその体にしっかりと私を刻み込んで、私から離れられない体にしてあげるんだからね。



◆ ◆ ◆


何者かに魂を奪われかけたわたしは、ネフィーにより現世に呼び戻された。


そして、ネフィーにファーストキスを奪われた。



その後、ネフィーは辺境伯にわたしの外泊の許可を取り付けに辺境伯邸に戻って行った。



ネフィーとファーストキス…………


わたしもネフィーも女なんだよ?

それなのにネフィーは何で躊躇(ためら)いなくキスできるのよ?

しかも唾液の交換まで…………



「うあああああああああ!」


わたしは寝室の長椅子にうつ伏せて手足をバタバタさせる。


でも、それも長続きしなかった。

頭がクラクラしてきたからだ。

あたりまえだ。

寝不足で過労死し掛かっていたのだから。



せっかく自由の身になったと言うのに、長官との約束でこの地に2ヶ月留まらされ、更にはネフィーというしがらみまで新たにできた。

このままだと、ネフィーに絡め捕られてしまうような気がする。


よし。

逃げよう。

幸い、辺境伯領は王国の北の外れ。

国境線まで15kmの位置。

体の疲労が回復していないが、今晩中に出国してしまえばもうわたしは自由の身。


唇に手を触れさせている自分に気付く。

さっきから、無意識に手が行くんだよね。



いかんいかん!

あれは事故だ!

野良犬に嚙まれたと思って忘れるんだ!

あれはネフィーが一方的にわたしを蹂躙したんだ!

わたしからじゃない!



『本当に?』


何かがわたしに問い掛けてくる。


「本当だよ! わたしはネフィーのことなど何とも思っていない!」

『でも、あなたは受け入れた。それがあなたの本音ではなくって?』

「煩い! 煩い! 煩~い!」


疲れているから変な声が聞こえるんだ。

何も考えずに支度をしよう。


『いい加減認めたらどうなの?』


まだ言うか?


「煩い! 旅支度してるんだから少し黙っててくれ!」


荷物を纏めてマジックバッグにどんどん入れていく。


「何処に行こうとしているのかしら?」

「ネフィーが戻ってくる前にここを出るんだよ!」

「『誰が戻って来る前』なのかしら?」


ん?

妙にはっきりした声だぞ?


それに頭の中じゃなくて…………背後からなんだが…………


そこでハタと気付いたわたし。


ギギギギギと機械音が聞こえてきそうな動きで背後に体を向ける。



そう。

振り向けばヤツが――――


そこには仁王立ちして万遍の笑みを向けて来るネフィーが居た。

但し、目は笑っていない。


「もう一度聞きたいわ? 『誰が戻って来る前』なのかなあ?」

「そんなこと言ったかな? 空耳じゃない? それとも聞き違いかな?」


視線を逸らすわたし。

ネフィーが一歩一歩近づいてくる。


「私、さっき気付いたんだけど、魔力総量が爆上がりしてるみたい」


魔力総量が爆上がり?

どういうことだ?


「それでね。今なら師匠を拘束できると思うのよ」


ネフィーの手に光る縄が顕現した。


「これ、光の縄って言うのよ。神にしか使えないと伝承で伝えられる古式魔法よ」


何でそんなものが使えるようになっている?

そもそも、古式魔法って何だ?

知らないよ、そんな魔法。


「これで拘束されて私に好きなようにされるか、ベッドで大人しく寝るか、選ばせてあげる」


わたしは黙って回れ右してベッドの前まで行くと、上掛けを剝ぐって中に潜り込む。


「今はぐっすり眠ること」

「お母さんかな?」

「ねえ、わたし怒ってもいい?」


ニッコリ笑顔が怖い。


結局、わたしは逃亡を諦め、体を休めることにした。



「詳しいことは明日聴取するから。嘘や誤魔化しは無しでお願い」


『聴取』と来たか。

怖いね、ネフィーさんは?


「何か言ったかしら?」


心の声が伝わった?

まさかね。


結局、その晩、ネフィーもここの客間に泊まることになったのだった。



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