34 辺境伯邸にて
「ルミナリオ・マイクロフト様をお連れしました!」
シュミット騎士団長が館の主に報告する。
「うむ。ご苦労」
領主館の執務室の奥、執務机に向かっていた男が立ちあがって来客に相対した。
男の名はフィリップ・アルテオン。
王国北方アルテオン辺境伯領を治めている領主である。
癖毛の短い銀髪、赤茶色の瞳、その勇猛さが伺える容貌と引き締まった体は北方の守護者を体現していた。
「私は――――」
「存じております。アルテオン辺境伯フィリップ様でございますね」
フィリップが名乗る前に目の前に立つ青年が彼の名を口にする。
「うむ」
「僕はルミナリオ・マイクロフトです、アルテオン卿」
「フィリップでいい」
「わかりました、フィリップ様。それであなたはどのようなご用件で僕をここに呼び出されたのでしょうか?」
フィリップの前に立つ青年は穏やかそうに微笑んでいる。
だが、青年からはフィリップを怖れる様子も恐れ入る様子も伺えない。
それがフィリップに違和感を抱かせた。
(二十歳前後の青年が何故、こんなに落ち着いている?)
フィリップは青年の姿をじっと見る。
彼の向かいに立つのは、ダークブラウンの髪をマニッシュショートにし、左右の耳の前から腰の上まで一掴みだけ伸びた髪を穴の開いた紅玉でそれぞれ纏めた、サファイアの瞳の中性的で整った面差しの若者。
「話が長くなる。まあ、座り給え」
フィリップは、執務室の右側に置かれた応接セットに顔を向けることで、青年にそこへの着座を勧めた。
「では、失礼致します」
ソファに腰掛ける青年の優雅な振舞い。
(平民とは訊いていたが、それにしては所作が堂に入り過ぎている)
◆ ◆ ◆
「マイクロフト君。今回は娘を助けてくれたことを感謝する」
わたしの向かいに座ったフィリップ殿が深々と頭を下げた。
「頭をお上げ下さい、フィリップ様」
今のわたしは平民だ。
辺境伯が頭を下げていい相手じゃない。
でも、威厳を示すことに拘る貴族が多い中、身分に関係なく感謝の意を示すとはね。
立派な人のようだ。
「僕は何もしていませんよ」
「君が盗賊団を無力化したと報告を受けている」
やはり、あの時感じた視線はアルテオン嬢?
見られていたということか?
「参りましたね。フィリップ様はどこまでご存じなのですか?」
「全部だ。盗賊団の首領を倒した方法もな」
盗賊団を極度の脱水症状にしたことだけじゃなく、首領の心臓を抜き取ったことも?
だとすれば、ここから速やかに離脱して、出国するしかないだろう。
わたしはそっと腰を浮かせる。
「待ちたまえ! そんなに警戒しなくてもよい」
気取られないように腰を浮かせたことに気付いたのか?
やはり『北方の守護者』は侮れませんね。
「君のことはジョーから訊いている」
「ジョー?」
「魔法省長官ジョージ・ミンスター侯爵のことだ。彼は私の幼年学校からの友人なんだ」
確か、長官も辺境伯のことを『友人』と言っていたな。
「ヤツが言っていた」
『私の客人は『鉄壁のルミナリア』と同じスキルを持つ稀有な魔法士なのさ。困った時には彼に頼るといいよ』
「そこで折り入って頼みたいことがあるんだが…………その前に、先日の貴族子女誘拐未遂事件で判ったことを伝えよう」
「何が判ったんですか?」
「盗賊団が所持していた魔道具のことだ」
盗賊団連中は[ディスペル・オートリピテーション]を発生させる魔道具を持っていた。
それも全員がだ。
本来なら陸軍特殊部隊と近衛師団だけが有事にだけ装備する最高機密の対魔法兵器。
「出処が判ったのですね?」
「ああ。人事不省に陥っていた盗賊団の幹部に吐かせた」
自白を強制する魔法を使ったのか?
あれ、使い過ぎると精神が崩壊するんだよね。
盗賊団にあの秘匿兵器を支給した者は、おそらく王宮や軍において絶大な権力を振るうことのできる人物だろう。
当然、入手ルートを漏らせばただでは済まない。
盗賊団の幹部も必死で抵抗したことは想像に難くない。
それを無理やり吐かせたんだ。
廃人確定だな。
辺境伯の容赦無さに苦笑してしまう。
「何か可笑しかったかね?」
「いえ。続きを」
首肯した辺境伯が話を続ける。
「連中に秘匿兵器を供給したのは、ヴェスター大公だった」
これには、さすがのわたしも息を飲んでしまった。
「間違いないのですか?」
「ジョーのヤツが密かに情報部を動かして裏を取った」
長官、そんなことまでしてたのか?
どうやら、秘匿兵器はヴェスター大公が第一種秘匿兵器庫から出庫させたらしい。
出庫数は31個。
今回の盗賊団の数と一致する。
出庫理由は、南方戦線で攻勢に出る前に予め魔族軍の魔法を無効化すること。
そして、出庫した以上、秘匿兵器は緊急展開させた陸軍特殊部隊に迅速に届けられなければならない。
その役目を授かったのが陸軍第331補給大隊。
秘匿兵器は一旦大公邸に持ち込まれた後、厳重に魔法封印された容器に収められてから大隊に引き渡された。
受け経った大隊は直ちに南方戦線に向けて進発していった。
その後、秘匿兵器を預かって南方戦線に向かっていた大隊が途中で消息を絶つ。
数日後、南方のジャングルの中で大隊全員の惨殺死体が、たまたま狩りに来ていた地元部族の者達に発見される。
魔法封印された容器から取り出された秘匿兵器が持ち去られることなくコナゴナに砕かれて辺り一帯に撒かれていたのも確認された。
地元部族の者達が死体とかき集めた補給物資。
その中には散乱していた秘匿兵器の破片もあった。
軍の後処理部隊が現場に駆け付け、遺体と物資を回収する。
その中に、大公の派遣した部隊も混じっていた。
秘匿兵器の破片は、検証を理由に大公の部隊に全て持ち去られてしまった。
大公邸に持ち込まれた秘匿兵器の破片。
それを長官が忍び込ませた諜報部員が密かに回収し、情報部の鑑識に持ち込んだ。
優秀な鑑識はコナゴナに砕かれていた秘匿兵器を完全に復元してみせた。
その結果判ったことは、残骸化した秘匿兵器が『精巧に作られた偽物』であること。
つまり、秘匿兵器は大公邸で偽物とすり替えられ、陸軍第331補給大隊は最初から偽物を運ばされていたのだ。
では、本物はどこへいった?
盗賊団が所持していた秘匿兵器に刻まれたシリアルナンバーが、第一種秘匿兵器庫から出庫されたものと一致。
つまり、大公が貴族子女誘拐未遂事件の黒幕だったということか?
そう言えば、盗賊団の連中が言っていたな。
『アルテオン辺境伯の娘の確保が目的だ!』
ヴェスター大公クロフォードは陛下の従兄。
そして、シャルロッテ第一王女派を束ねる重鎮でもある。
一方のアルテオン辺境伯フィリップは王太子派の纏め役。
ようするに、第一王女派が王太子派の纏め役の娘を人質にその父親に言う事を聞かせようとして起こした事件が貴族子女誘拐未遂事件だったという訳だ。
これだから王宮政治のドロドロは…………
かく言うわたしも例外ではない。
王宮で揉めた時に陛下に強く処断を求めたのは大公だった。
王太子と仲の良いわたしのことが相当目障りらしい。
あのおじさん、わたしを処刑しろとまでほざいていたな。
つまり、長官が言っていた、
『アルテオン辺境伯とそのご家族を守ってくれ』
というのは、『大公の魔の手から守れ』ってことでいいのか?
「それで改めて頼みたいのだが、娘を護って欲しい」
長官は辺境伯一家全員を守ることを望んでいた。
「私自身は自分の身くらい自分で守れる。大公くらいなら返り討ちにもできよう」
「物騒な物言いですね」
「だが、娘は、ネフィリアは違う。あの子は強大な敵に向かい合える程の魔力を有していないのだ」
あの時、彼女は特級魔法[ヘルファイア]が使えていた。
ただ、その行使範囲は限られたものだった。
つまりは――――
「ご息女には、範囲攻撃魔法や極大魔法は行使できない、ということでしょうか?」
「勉強はしているようだがね。極大魔法や超級魔法の術式も理解しているようだ。だが、それを行使するための魔力が圧倒的に足りていない」
それでは、魔将クラスや手練れには立ち向かえない。
それに魔法戦の経験が圧倒的に足りていない。
その経験不足が、盗賊団の首領に不意を突かれる隙を作ってしまった。
「私は妻に先立たれていてね。もう、家族は娘一人なのだ」
辺境伯がポツリと言った。
「本来ならあの子を常に私の傍に置いておけばいいんだが、私にも公務があるし、あの子もそれを良しとしないだろう」
「心中お察しします」
わたしを執拗に監視し、わたしの居所を2週間掛けてまで探り当てて見せた。
その執念にははっきり言って脱帽する。
貴族子女にありがちな『他人の言うことにただ従う』ではなく、自ら判断して自ら行動する判断力と行動力。
誘拐されかけた貴族子女達の中でリーダーシップを取っていたのも彼女だ。
そんな子が、父親の公務の障害になると知ってまで父親の庇護下に収まるだろうか?
いや、絶対に父親に頼らないだろう。
むしろ、父親の前で虚勢すら張って見せる可能性が高い。
「あの子を頼めるかね?」
わたしは急行列車の食堂車で彼女の不興を買った。
あんまり、関わり合いになりたくないですね。
「僕は娘さんに要注意人物として監視されていた身ですよ?」
「君が信頼に足る人物であることはジョーから訊いて知っている」
「では、娘さんも?」
「あの子は相変わらず君のことを疑っているよ。君が上級魔族ではないかと疑っている」
「フィリップ様から僕への誤解を解いて頂く訳には――――」
「それは君が直接誤解を解いてくれ」
無茶言いますね。
「娘さんに見つからないように秘かに警護するというのはどうでしょう?」
「却下だ。あの子の傍で警護を頼む」
「僕は娘さんに嫌われているように感じるのですが?」
監視されている時も感じたんだが、あれは視線と言うより殺気だった。
「あの子の意識が君に逸れてくれるなら好都合だ。今、重要な案件を抱えている。大公の件だ。そのことにあの子が興味を示して首を突っ込んできても困るのだ。それに――――」
辺境伯がわたしを見てニヤリとする。
「君はいい男だからあの子に悪い虫が付くかと心配したが、敵意を向けられていると言うのなら好都合だ」
それが目的ですか!?
その心配は無用ですよ。
だって、本当のわたしは女の子なのですから。
そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、辺境伯がわたしの両肩をガシッと掴んで来た。
「一応、警告しておく。万が一、あの子に手を出そうものなら――――」
「出しません! 出しません! 僕は同性しか愛せませんから!」
まあ、ムサい野郎より可愛い女の子の方がいいに決まっている。
だから、魔法師団は若い女性で固めた。
長官は苦笑していたみたいだけど。
「そ、そうか」
辺境伯がススッと身を引いた。
何を勘違いしているのか解らないが、おじさんは守備範囲じゃないから安心して欲しい。
「娘を呼んでおいた。ネフィリア、入って来なさい」
「失礼致します、お父様」
扉が開き、姿を現したのは、わたしに敵意を向ける少女だった。
◆ ◆ ◆
「ネフィリア、入って来なさい」
「失礼致します、お父様」
防音結界が張られたお父様の執務室。
扉の前に控えるように伝えられた私はお父様の執務室の前で呼ばれるのを待っていた。
やがて、防音結界が解かれ、お父様から入室するように言われた。
お父様、一体何の御用なのでしょうか?
扉を開いて中に入ると、そこには私の警戒する男が居た。
よりにもよってお父様の前に姿を現すなんて!
私は、秘かに即時発動可能な攻撃魔法の準備をしながら、目の前の男を睨んだのだった。
「ネフィリア、私の隣に座りなさい」
父の命に従って男の目の前に座る。
「娘を紹介しよう。ネフィリア・アルテオンだ。」
「お初にお目に掛かります、アルテオン嬢。ルミナリオ・マイクロフトと申します」
『お初に』ですって!?
食堂車で出会っていたことは忘れたってこと!?
隣を見ると、お父様が興味深そうな目でマイクロフトと名乗る青年を見ている。
「あなたとは昼食を共に――――」
「僕は不愉快なことは一晩寝て忘れることにしているのですよ」
青年がニッコリ笑顔でそんなことを言った。
私との出会いは『不愉快なこと』だったの!?
咄嗟に手が出た。もちろん、攻撃魔法でだが。
だが、攻撃魔法は発動しなかった。
「ダメですね。隠して不意打ちを狙おうとしていたみたいですが、術式が漏れ出ていましたよ。そんな迂闊な手はディスペルで無効化しておきました」
相変わらずの余裕の笑顔が腹立たしい。
「敵を統制下に治めようと思うのなら、入室した瞬間にディスペル・オートリピテーションを行使するか、拘束魔法で敵が身動きできない様にすればいいんですよ」
私には[ディスペル・オートリピテーション]を行使できる程の魔力は無い。
それに―――
「お父様のお客様に拘束魔法を使えるはずがないじゃありませんか!?」
いきなり、客を拘束するなんて有り得ない。
「そこはほら、『ちょっと縛ってみましたあ、テヘペロ』ってね? うちの子達はよくこうして僕を捕まえようと…………いえ、何でもありません」
とんでもないことをさもあたりまえのことのように話すマイクロフトと名乗る青年。
『うちの子達』って言ってたけど、この歳で子持ち?
「アルテオン嬢は失礼な方ですね。僕はあなたと同じ18歳ですし、独身ですよ。瘤付きでもありません」
何かホッとしている私。
いやいや、こいつは危険人物なのよ。
それにさっきから私の名を呼ぼうとしないのも気にくわない。
「ネフィリア」
「はっ?」
「私の名はネフィリアよ。以降はそうお呼びなさい。ルミナリオ!」
「解りました、ネフィリアお嬢様」
「『お嬢様』も禁止!」
「では、ネフィリア様」
「『様』も禁止!」
「しかし、あなた様は辺境伯令嬢、僕は平民です」
「私は『令嬢』であって『辺境伯』じゃない。爵位を持たない立場はあなたと同じはずよ」
「畏まりました」
「敬語も禁止!!」
ルミナリオがお父様を見る。
お父様も首肯する。
「私も君のことはルミナリオ君と呼ばせて貰おう」
お父様もそう呼ぶことにしたようだ。
「わかったよ、ネフィリア」
穏やかそうな微笑みに魂を飲まれそうになった。
「これから、よろしく」
手を差し伸べてくる彼の手を私は思い切り払ってやった。
「私はあなたを認めない! 必ずあなたの化けの皮を剥がしてみせるんだから!」
私は立ち上がってルミナリオに指を突き付けて言い放つ。
「そうか」
ルミナリオが立ち上がるとニッコリ笑った。
挑戦状を突きつけらたというのに何が楽しいのだろう?
「まあ、せいぜい頑張ってくれ。くれぐれも盗賊団の首領に晒したような無様な姿を見せない様にね。僕は彼ほど甘くはないよ」
それだけを告げると、彼は部屋を出て行った。
あいつ!
やっぱり、あの時に見掛けたのはあいつだったんだ。
私を助けてくれたのも。
いや!
その上で、私が黙っていたことをお父様の前で暴露した。
「彼は当分の間、当家に滞在する。週一だけ用向きがあって侯爵別邸に戻るそうだ。仲良くするように」
あの男が我が家に同居!?
「お父様!?」
「これは決定事項だ」
「でも…………」
あの男と同居なんて冗談じゃない。
広い屋敷ではあるが、あの男と同じ空気を吸うと考えただけで虫唾が奔るわ。
「ところで『盗賊団の首領に晒したような無様な姿』とはどういうことかね?」
「あ、いえ、その…………別に大したことないのですよ――――」
「ネフィリア!!?」
「はいいいいいいいいいい!!」
お父様に怒鳴られて直立不動姿勢になる。
「全て話してくれるのだろうね?」
「はい。全てお話します。洗い浚い全て」
私はシュンとした態度でお父様を見る。
その後、私は久しぶりのお父様のお説教を深夜遅くまで延々と訊かされる羽目になったのだった。
許さん! 許さんぞ! ルミナリオ!
あんたみたいな私好みの男……ゲフンゲフン!
浮世離れするくらいの容姿を持つ優男のくせに、人に使えるはずのない怪しげな魔法を使うなんて上級魔族に違いないんだ。
あんたは上手に人に化けたつもりなのだろうが、私は騙されたりしない。
私があんたの化けの皮を剥がして、必ず処刑台に送ってあげるんだから。
◆ ◆ ◆
その頃、辺境伯邸の客間では――――
「ぶえええくしょん!!」
客間のバスタブに浸かった本来の姿のルミナリアが大きなクシャミをしたところだった。
「長湯し過ぎちゃったみたいですね?」
湯船から出て身体をバスタオルで拭き、風魔法で髪を乾かしてローブを着込む。
「今日は色々ありましたね」
フィリップ卿の依頼を思い出す。
「さて、明日から撥ねっ返りのお嬢様のこと、どうしましょうかね?」
そんなことを考えながら、ベッドに横になったルミナリア。
5分もしないうちに彼女のブレーカーが落ち、静かな客間に穏やかな寝息だけが訊こえてくるのだった。




