31 貴族子女誘拐未遂事件
日が暮れる頃。
途中駅から乗り込んできた団体客。
2等車に分乗した彼等は深夜になるのを待っていた。
深夜0時。
2等車に座っていた数名が立ち上がって姿を消した。
やがて1等車の屋根の上でタンタンタンタンと歩くような音がする。
もっとも、1等車の乗客はコンパートメントのベッドで深い眠りに就いている。
だから、誰も屋根からの音に気付かなかった。
列車が森林区間に入る。
ガクン
ギャギャアアアアアアア!
キイイイイイイイイイイ!
列車の非常ブレーキが作動する。
森の中、列車が急停止した。
ほとんどの乗客は熟睡しており、列車の急停止に気付いていない。
北部縦貫線は単線である。
列車の急停止に気付いたとしても、対向列車と列車交換するために信号場に停車したくらいに考えていた。
1等車のコンパートメント。
この時期、ここを利用しているのは、王都中央学院や王立大学から帰省する貴族子弟・子女ばかりである。
そのコンパートメントの扉が乱暴に開けられる。
「起きろ!!」
有無を言わさずコンパートメントから引きずり出された彼等・彼女等は列車を降ろされ一つ所に集められる。
「何者ですか!?」
突然のことに動揺する学生達の中で、気丈にも立ち向かおうとする者が居た。
アルテオン辺境伯令嬢ネフィリアである。
「誘拐犯と言ったら理解が早いのかな?」
「ひゃははははは。貴族様のガキは弱っちいのばかりだと思っていたが、威勢のいい奴もいるもんだな」
「ちげえねえ」
彼等は途中駅から乗客を装って乗り込んできた盗賊団だった。
「かしらぁ!?」
「何処行ったんだ?」
「まあいい。指示通り護送用の馬車に運ぶぞ」
「おまえら! 命が惜しかったら俺達に従え! この先の街道まで歩くんだ!」
14名の貴族子女達を盗賊団が引っ立てようとしたその時――――
「させません!」
「ぎゃあああああああ!」
盗賊団の一人が火に捲かれる。
アルテオン嬢が放った[ヘルファイア]の地獄の業火に焼かれたのだ。
「俺も加勢するぜ」
彼女の横に立つ少年が[ストーンバレット]を放ち、石弾が盗賊団の別の男の胸を撃ち抜き絶命させる。
「私も! 後輩達を守るのよ!」
年長組が後輩を取り囲むように円陣を組み、周囲の盗賊団を近づかせないように攻撃魔法を行使する。
「やつらの中に魔法士が居るぞ!」
「全員、あれを使え!」
盗賊団が次々とポケットから小型の魔道具を取り出して貴族子女達に向ける。
「この! あれっ?」
「どうなってるの、これ!?」
次の瞬間、年長組が魔法を行使できなくなった。
「手間取らせやがって!」
「アルテオン辺境伯の娘の確保が目的だ! それ以外は全員処分しろ!」
「了~解!」
懐から取り出したナイフや腰から抜き放った剣を手に盗賊団が貴族子女達に迫る。
「悪く思うなよ。これも仕事だから」
一人の男が[ストーンバレット]で仲間を殺した少年に剣を振り降ろそうとした。
「あばよ」
だが、男は剣を振り下ろすことができなかった。
男は剣を振り上げたまま仰向けに倒れたのだった。
他の盗賊達も次々に倒れ、意識を失っていく。
あっという間に、盗賊団は無力化された。
「何が起きたの?」
「さあ?」
倒れた男達が力無く浅い呼吸を繰り返している。
「とりあえず、彼等を拘束しましょう」
アルテオン嬢が指示を出し、年少組が列車の方に助けを呼びに行った。
件の少年が、倒れている盗賊達に近寄って様子を確認する。
「こいつら、過度の脱水症状のような気がするんだが」
「脱水症状なんて急になるようなものなの?」
「急性だとしてもあまりに急過ぎるよな」
「まるで体から急激に水分を抜かれたって感じだよね」
4人の年長組が集まって話し合いを始めた。
「アルテオン様、どう思いま――――」
年長組の一人がアルテオン嬢に意見を求めようと振り返った時、アルテオン嬢の背後に立つ大男が見えた。
「危ない!!」
咄嗟に振り返り様、アルテオン嬢は腰の剣を抜いて、大男の振り下ろした大剣を受けた。
「俺の剣を受けるか。だが、まだまだだな」
大男が大剣をそのままの状態から横薙ぎにした。
横に振り飛ばされたアルテオン嬢が尻もちを突く。
「もう、依頼なんか知るか! おまえの首を跳ね飛ばしてやるよ!」
大男が大剣を斜めに振り上げる。
「アルテオン様!!」
誰もがアルテオン嬢が大男に斬られると思った。
だが、大男は大剣を振り上げたまま、白目を剥いて動きを止めた。
そのまま、大剣の重力に負けて右横に倒れたのだった。
大男はもう既にこと切れていた。
「えっ? どういうこと?」
アルテオン嬢は何が起きたのか理解できないでいた。
さっきの盗賊団連中の急な脱水症状による人事不省もそうだが、あまりに急なこと過ぎる。
――――と、その時、彼女は木の上から列車の屋根に飛び移る何かを見た。
黒ずくめのそれは、列車の屋根を駆けると唐突に姿を消した。
◆ ◆ ◆
わたしは急に列車が止まったことで目を覚ました。
窓の外を見ると森の中。
途中停車駅でもないのに何故止まった?
その時だった。
窓から見える視界の先に身なりのいい少年少女達を確認する。
こんな夜中に課外学習も無いだろう。
そもそも、定期列車を止めてまですることじゃない。
これは何か起きたようだな。
わたしは[認識阻害]で気配を絶つと、窓を開けて客車の屋根に這い上がる。
そのまま屋根上を駆け抜け、機関車の機関室に飛び降りる。
案の定、機関士は剣で斬られて重傷だった。
わたしは[認識阻害]を解くと[メガヒール]で機関士の傷を治して事情を訊く。
「ありがとうございます」
「何が起きたのですか?」
「いきなりテンダー車から飛び降りてきた盗賊に襲われまして」
機関室からこっそり周囲を観察する。
テンダー車の後ろ、1号車の横に少年少女達が集められ、その周りを盗賊団と思われる一団が囲んでいるのが見えた。
人数は1,2,3,………30人くらいか?
「あなたはここでじっとしていて下さい」
「あなたは?」
「彼等を助けます」
「あなた一人では無理ですよ」
「大丈夫。盗賊団の扱いには慣れてるんで」
機関士を言い包めると、わたしはテンダー車の上部から手近の大木に飛び移る。
その時には少年少女達と盗賊団との戦闘が始まっていた。
いくら魔法士が居るからって4人で30人相手では多勢に無勢だろう?
そのうち、盗賊団がポケットから取り出した魔道具を少年少女達に翳す。
次の瞬間、少年少女達は魔法を使えなくなっていた。
あれは…………[ディスペル・オートリピテーション]を発生させる魔道具?
あんなもの、唯の盗賊団が持てる代物じゃない。
あれは陸軍特殊部隊と近衛師団にしか装備されない対魔法兵器だからだ。
誰かが盗賊団に横流しでもしたのか?
だが、30人全員分は有り得ない。
これは、陰謀の匂いがプンプンするなあ。
もう、連中を無力化するしかないようだ。
ただ、この一帯は[ディスペル・オートリピテーション]のせいで魔法は使えない状態。
仕方無いなあ。
あれを使うか。
わたしは盗賊団連中に[エクストラクション]を行使する。
[エクストラクション]はお目当ての物を手を触れることなく取り出してくれる。
もちろん[エクストラクション]は魔法じゃなく、わたしの固有スキルだ。
取り出すのは連中の体内の水分。
急性の脱水症状で人事不省に陥る程度に水分を抜いてやる。
盗賊団30人はあっという間に倒れて動けなくなった。
後は少年少女達が列車内の乗客に助けを求めて賊を捕縛するだけだ。
――――と思っていたら、盗賊団のボスが残っていたようだ。
ボスは迷わずアルテオン嬢に斬り掛かった。
さすがはボスだね。
場をコントロールしているのが誰なのかよく解っている。
少年少女達を束ねているのがアルテオン嬢だと即時に判断したようだ。
おっと、感心している場合じゃなかったよ。
明らかにアルテオン嬢が不利な状況。
あの剣筋じゃあボスには勝てない。
仕方無いですね。
わたしは再び[エクストラクション]を行使する。
今度、取り出したのはボスの心臓。
手の上でドクンドクン動く心臓が気持ち悪い。
えいっ!
ボスの心臓を思い切り幹に叩きつけると、ベシャッと潰れて動きを止めた。
木の下でボスが横に倒れて絶命するのが見えた。
さあ、もう脅威は無くなったし、後は彼等に任せることにしよう。
わたしは大木の枝から列車の1号車の屋根に飛び移るとそのまま7号車まで屋根を移動し、空けておいた窓から自分の席に戻ったのだった。
何か、戻る途中、視線を感じたが気のせいだろう。
暫くすると鉄道警察隊が駆け付け、賊達を引っ立てて行った。
その後、列車は3時間遅れで発車。
このままだと、フライブルグに着くのは11時頃になりそうだ。
◆ ◆ ◆
「報告をお願いします」
「はっ!」
アルテオン嬢に鉄道警察隊の管区分署長が敬礼する。
盗賊団による貴族子女誘拐未遂事件が起きたことにより、列車に鉄道警察隊が搭乗することになった。
管区分署にて取調べと遺体の法医解剖が行われた。
その結果が、列車無線を介して管区分署長に伝えられた。
「捕縛された者達は極度の脱水症状から回復せず、取調べが出来ない状況です」
「何故、彼等は極度の脱水症状に陥ったのでしょうか?」
「わかりません。ただ――――」
口籠る管区分署長。
「ただ?」
「これは診断にあたった医師の個人的見解であり、明確な検証はまだなのですが」
「構いません」
アルテオン嬢は裏付けの無いことでも知りたいと思った。
「何等かの魔法で体内の水分を抜かれたのではないかと」
「あの場ではディスペル・オートリピテーションの魔道具が使われていました。辺り一帯では魔法の行使は不可能です」
そのことをアルテオン嬢自身も身を以って体感している。
「もちろん、それは判っています。判ってはいるのですが…………」
管区分署長の歯切れが悪い。
「それだけではないのです」
アルテオン嬢は黙って視線だけで先を促す。
「盗賊団の首領と思われる大男の司法解剖を行ったのですが、どうにも理解できない状態でした」
「理解できない状態?」
「その………信じられない話なのですが…………」
「言って御覧なさい」
その言葉に覚悟を決めた管区分署長が口を開く。
「実はその男。心臓が綺麗に抜き取られていたのです」
今度はアルテオン嬢も何も言えなかった。
大男が倒れた時に、彼の身体には傷一つ付いていなかったのは確認している。
つまり、大男の身体を切り開くことなく心臓を取り出したことになる。
(そんなことができるのだろうか?)
「それと――――」
「まだあるのですか?」
黙って首を縦に振る管区分署長。
「男の心臓に繋がる血管が傷一つ無く繋がれていたのです。大静脈は肺動脈に、肺静脈は大動脈に。その他の心臓の血管もです。あたかも心臓なぞ、最初から無かったかのように」
アルテオン嬢は信じられなかった。
だが、そんなありえないことが実際に確認されている。
「それは人間にできることなのですか?」
「できません。ただ――――」
「また、『ただ』ですか?」
管区分署長が、これは言っていいものかどうか悩んでいる様子だった。
「これは国の最高機密らしいのですが」
「あなたの罪は問いません。責任はこのネフィリア・アルテオンが取ります!」
「人伝てに訊いたことがあります。それは――――」
訊いたアルテオン嬢は戦慄した。
そんなことができるなら、どんな権力者も強大な軍隊も何の意味も為さなくなるだろう。
この世の敵対する全てを…………手を汚すことなく蹂躙できるのだ。
それだけの力があるのに、何故その力を自分のために行使しないのだろう?
だが、その力の持ち主は王国を守る礎として王都に居るのだ。
なら、わたしが見たのは?
わたしが見たあの人物は何だと言うの?
もし、邪な意思を持つ人物があの方と同じ力を持っているとしたら?
考えられるのは世界の滅亡。
覚悟を決めなさい、ネフィリア。
これはお父様にすら話せない私だけしか知らない秘密。
だから、その人物が暴挙に出ないように私は監視しなければならないのよ!
そして、万が一の時には、私が密かに忍び寄ってその息の根を止めなけれなならないのよ!




