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面倒くさいから全部チェンジで  作者: 衣之谷こうみ
ルミナリア編

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30/51

30 私はネフィリア・アルテオンと申します


王都リスタードの中央駅はこれから各所に向かう客でごった返していた。


7月の上旬。

長期休暇の間、帰郷する王都中央学院や王立大学の生徒や王都観光を終えた地方からの観光客、避暑地に向かう王都民などが各地に向かう列車に乗り込むべくコンコースに集まって来ている。


「凄い込みようですねえ」


わたしは切符売り場に並ぶ列の中に居た。


おっと、ようやく番が回って来た。


「フライブルグまで3等を1枚」


フライブルグ行の急行列車のチケットを買う。

急行列車は14時発。

アルテオン辺境伯領の領都フライブルグまで18時間の長旅だ。


急行列車は、コンパートメントタイプの1等車が2両、食堂車が1両、リクライニングシートが配された2等車が3両、ボックス席タイプの3等車が6両の12両編成だ。

これを旅客輸送用3軸駆動の蒸気機関車が牽く。


(どこが『剣が鍔迫り合いをし、魔法が飛び交う世界』よ)

(20世紀初頭の文明度の世界よね、これ)


ん?

今、何を思ったんだ、わたしは?



「閣下を探すのよ! 手分けしてあたりなさい!」


横を魔法師団の魔法士達の集団が駆け抜けていく。



(意外とわからないものだな)


わたしは王都から出るに当たって、髪の色をダークブラウンに変えた。

本来の髪の色は遠くからも人目を()く鮮やかなプラチナブロンド。

王都では目立ち過ぎるし、すぐに素性が知れる。

かといって、全面的に容姿を変えると自分じゃなくなってしまいそうだ。

だから、[容姿変換]で変えたのは髪の色だけ。

それだけでも、イメージは変わるらしい。

まあ、いつもは上着は金色で縁取りされた緑色の魔法師団の将校服、下は同じ緑のショートスカートに黒のハイニーソックスに膝下丈の茶色の編み上げブーツだった。

今は、薄緑色の開襟シャツに黒のスラックスに薄手の黒のジャケット。

履いているのも唯の黒いスニーカーだ。

左肩から下げているのは黒いショルダーバッグ。

恰好はどう見ても旅行者のそれ。


ちなみに王国市民権を返納したわたしは身分証すら無くなってしまった。

そこで『蛇の道は蛇』ということで、裏業者に精巧な身分証を偽造して貰った。


今のわたしは、ルミナリオ・マイクロフトだ。

マイクロフトというのは、遥か昔に当時の国王にフォルティスをいう家名を与えられるまで先祖が名乗っていた名字である。

遥か昔のことなので、もう記録にも残っていないし、今の王家が知る由もない。

性別は………『男』になってるな。

『ルミナリア』から一字変えて『ルミナリオ』に変えたんだが、業者のヤツ、男だと勘違いしたみたいだ。

どうみてもわたしは女…………のはずだ。



通りすがりのウィンドウに映る自分を見る。



うん。どっちかわからないね、これは。



まあ、今更、戻って業者に作り直しを要求する時間も無いし。


仕方無い。

これからは『わたし』ではなく『僕』と名乗ることにしよう。



改札で切符に入鋏(にゅうきょう)して貰ってホームに向かう。

急行列車は既にホームに入線していた。


え~っと、7号車、7号車、っと。


「うわ~っ。綺麗な人だね。女性かしら?」

「あんなかっこいいんだから、男性なんじゃない?」

「きゃああああ! (はかど)るわああ!」


すれ違った学生がわたしを見ながら騒いでいる。

わたしより若そうな三人組の少女達。

14、5歳くらいだろうから、帰省する王都中央学院の学生かな?



急行列車は全車指定席。

7号車の前から3番目の左側ボックスの進行方向に向いた席に座る。

6D席だな。


リリリリリリリリリリリリ


発車ベルが鳴り、アナウンスが流れる。


『まもなく、17番線から14時丁度発フライブルグ行急行が発車します。お見送りの方は列車から離れてお見送り下さい』



発車ベルが止むと同時に――――


ガコン!


やがて、しゃくるような衝撃と共に急行列車が動き始めた。



『皆様、ガートランド国有鉄道をご利用頂きありがとうございます。この列車は北部縦貫線下り急行フライブルグ行です。只今より、途中停車駅と到着時刻をご案内致します』


車内のアナウンスが途中停車駅と各駅の到着時刻の案内を始めた。


列車は速度を上げていく。


少し遅いが昼飯にしよう。


わたしは3両目の食堂車に移動する。


お昼時を大幅に過ぎていたが食堂車は込み合っていた。


丁度、1箇所だけテーブルが空いている。


席に座ると給仕が水の入ったグラスを持ってやって来た。


「この今日のお勧めランチをお願いします」

(かしこ)まりました」


メニューの最初に載っていたものを頼む。

わたしはメニュー選びに迷ったりしない。

こういうのは即断即決が基本だ。



暫く待っているとさっきの給仕がまた現れた。


「申し訳ございません」


お勧めランチが売れ切れだったのかな?


「差し支えなければ相席よろしいでしょうか?」


混んでるからなあ。

しょうがないか。


「別に構わないですよ」

「ありがとうございます。お嬢様、了解頂けたようです」


お嬢様?


「失礼致します」


丁寧なお辞儀をして目の前に座ったのは品の良さそうな美少女。

臙脂のブレザーってことは王立大学の学生だろうか?

翡翠色の瞳に腰まで伸びた水色のストレートヘア。

眉毛の上で綺麗に切り揃えた前髪の左右に薄桃色の髪飾りが細やかな自己主張をしていた。


彼女はもじもじしながらこちらの様子をチラ見している。

まあ、いきなり素性の知れない相手との相席だ。

落ち着かないのも仕方が無いか。



やがて、お勧めランチがテーブルに置かれる。


向かいの娘は居辛(いづ)らそうに見える。

さっさと食べて席を立った方がいいな。


お勧めランチのメインディッシュは川魚のムニエルだ。

添え物はキノコのソテーと茹でたブロッコリー。

主食は円形に盛られたサフランライス。

サフランライスの頂には王国の旗が立っている。

スープは山菜コンソメだった。

スープ以外はワンプレート。

お子様ランチみたいだ。



お子様ランチ?

何だ、それは?



「あの、それ美味しいですか?」


『お子様ランチ』という言葉に悩んでいると、向かいから声。

わたしに話し掛けてきたのか?



「ええ、美味しいですよ。列車の中で出される料理としては上の部類ですね」

「そうですか…………すいません。オーダーよろしいでしょうか?」


向かいのお嬢様が給仕を呼ぶ。


「私にも同じものを」

「お勧めランチですね。(かしこ)まりました」


オーダーを受けた給仕が厨房に消えた。



「メニューを見なくてもよかったんですか?」

「あなたも即決だったでしょう?」


わたしが注文するのを見ていたのか?

――――ということは、だいぶ前からわたしを観察していた?


わたしは王都からの追手ではないかと警戒した。

だが、どう見てもただの学生にしか見えない。


「警戒させてしまいましたか?」


ニッコリ笑う彼女。


「私はネフィリア・アルテオンと申します。怪しい者ではございません」


この子は気付いていないようだが、わたしはこの子を知っている。

アルテオン辺境伯の娘。


マズい相手に目を付けられたな。


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


いや、考え過ぎか。


「僕はルミナリオ・マイクロフトです、アルテオン嬢」


わたしは用意していた偽名を名乗る。


やがて、アルテオン嬢の前にもお勧めランチが運ばれてきた。

共に食事をしながら談笑する。


アルテオン嬢は王立大学の2年生で18歳。

わたしと同い年か。

わたしは王都中央学院も王立大学も飛び級しちゃったからなあ。

4年制の王立中央学院にも4年制の王立大学にもそれぞれ1年しか在学していない。

15歳になる前に王立大学を卒業して史上最年少で魔法師団に入団したんだよね。

まあ、その3年後に魔法師団長になるとは思わなかったけど…………


役職に居られたのはたった3ヶ月。

今じゃ、(よわい)18にして貴族から平民にクラスダウンの上、無国籍で無職の旅人。

思えば、波乱万丈な人生だったなあ。

天寿を全うするその日までどうやって暮らして行こうかな?


それに比べて、アルテオン嬢は模範的な人生を送っているみたいだ。

普通の人生か。

羨ましいね。


彼女はこの夏休みを利用して3年ぶりの帰省。

次に帰省するのは王立大学を卒業する2年後だそうだ。


辺境伯令嬢が何年も帰省しないとはね。

辺境伯は心配になったりしないのだろうか?

そこら辺のことを訊いてみると――――


「私、魔法師団に入ることが夢なんです」

「辺境伯家は継がないのですか?」

「父はそれを望んでいるみたいです。いずれは家を継ぐ日もやって来るのでしょう。でも、その日までは魔法師団の団員でいたいのです」


魔法師団には地方貴族の子弟が多い。

特に家を出て独り立ちしなければならない跡継ぎでは無い2子、3子は魔法師団か近衛師団に入団する。

もちろん跡継ぎの長子も入団するが、結局は家を継ぐために退団していく。

長子にとっては箔が付く腰掛けに過ぎないから、必然本気度は2子、3子よりも低いと言わざるを得ない。

正直言って、管理する側から言わせて貰うと、練度も士気も高いとは言えない長子はお荷物でしかないのだ。


彼女にその辺もきちんと説明した。


「まあ、これは魔法師団に所属する友人に訊いた話なんですけどね」


嘘だよ。

これはわたしの管理者経験からだよ。


「わたし、そんないい加減な気持ちなんかじゃありません!」


彼女の顔は真剣そのものだった。



だが、その後の言葉がわたしを凍り付かせた。



「私、魔法師団長のルミナリア・フォルティス様が憧れなんです! あの人の横に立ちたいんです! あの人に相応しい魔法士になりたいんです!」



――――――――――――――――――――――――――


わたしが魔法師団に入団した年。

アルテオン辺境伯領の北部国境地帯に魔族軍の大部隊が襲来してきた。

その数80万。

元々、数で劣勢だった辺境伯軍は国境城塞を巡る会戦で破れて敗走し、魔族軍は領都フライブルグに迫った。


王都から駆け付けた魔法師団。

その時の魔法師団長は、今の魔法省長官のミンスター侯爵。

王立大学時代のわたしの担当教授であり、わたしの膨大な魔力総量とそこから繰り出される極大魔法のことを良く知っていた彼は、わたしに魔族軍の全力討伐を命じてきた。

他のベテラン団員ではなく、まだ入団したてのわたしに。


わたしは先輩達が見守る中、[エリアデフィニッション]で魔族軍全てを範囲指定すると、業火の柱を現出させ柱内を焼き尽くす魔法[ピラー・オブ・インフェルノ]で80万の軍勢を一瞬で焼き払って見せた。


『鉄壁のルミナリア』伝説の始まりである。


この功により、わたしは(よわい)15で魔法師団の上級幹部に取り立てられることとなった。

長らく子爵家だったフォルティス家も伯爵に陞爵(しょうしゃく)したのだった。


その後、圧倒的な極大魔法で敵を殲滅する度に勲章の授与と報奨金の支給が繰り返され、遂には魔法師団長への就任と同時に侯爵位にまで陞爵(しょうしゃく)することになる。

まあ、手放しちゃったけどね。



――――――――――――――――――――――――――


その時のわたしの姿を見ていたのか。



「わたしにはルミナリア様が救世主様に見えました。我がアルテオン辺境伯領を救って下さった救世主様に」


目を閉じて当時のことを思い出すようにそう語るアルテオン嬢。


「その救世主様が私と同い年だと知った時、私はあの方の横に立ちたいと思ったのです。あの方の目にするものを私もまた見てみたいと」



ほんと、勘弁して欲しい。

当人を目の前に、そんなに絶賛されたらさ。

どう反応していいかわからなくなるじゃないか。



「それは昔のことなのでしょう? 美化し過ぎに思えるのですが?」


そんないいもんじゃないよ。

本人は国王陛下に処分を下されたのをいいことに職務を投げ出して国外逃亡を図ろうとしているロクデナシだよ。

少し買いかぶり過ぎなんじゃないのかな?



あれ?

わたし、睨まれてる?


「失礼な方ですね! あの方はロクデナシなんかじゃありません! 『職務を投げ出して国外逃亡』? あの方がそんなことをなさるはずがありません! どういうつもりであなたはあの方を悪く言うのですか!? あの方に代わって名誉棄損で訴えますよ!」


思っていたことが口に出ていたようだ。


でもさ…………


「あなたがあの方と似ておられるので声を掛けさせて頂きましたが、他人を悪しざまに言うような人だとは思いませんでした!」


他人のことじゃなくて、自分のことなんだけどね。

しかも、言ってることは事実だし。



「とんだ見込み違いです! 私、あなたが嫌いになりました! 失礼させて頂きます!」


彼女は、ナプキンをバンッとテーブルに叩きつけると席を立つ。

そのまま、振り返ることなく食堂車を出て行ったのだった。



怒らせてしまったな。


彼女の去った先は1等車。

もう会うことも無いだろうから、そっとしておこう。


食堂車を去る時に周りの刺すような視線が痛かった。

みんな訊いてたんだな。


王国の至宝たる『鉄壁のルミナリア』様を中傷したんだ。

当然の反応だと思う。


わたしはすごすごと3等車の自席に戻り、そのまま寝ることにした。

まだ、16時前だけど寝れるよ。

戦場では寝られる時に寝る。

その習慣が身体に染み付いているからね。


自分のことすら批判できないなんて、なんて窮屈なんだろう。

長官のセーフハウスで2ヶ月間大人しく過ごしたら、さっさと出国してしまおう。

偽名のまま他国に行けば、もう誰気兼ねなく過ごせるようになる。

そこで魔法知識を生かした魔道具店でも営もうかな?


列車の車輪がレールの継ぎ目で奏でるコトッコトッという調べを耳にしながら、わたしは眠りの中に落ちていったのだった。




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