24 帰還
気配を消したわたしは誰に見咎められること無く皇宮を脱出し、そのまま南に向かう乗合馬車に乗った。
わたしの血塗れ状態にギョッとした相乗り客に、
『戦いが終わったから急いで故郷に帰る』
と言ったら納得された。
まあ、帝国軍殲滅戦は熾烈を極めたらしいからね。
追い詰められ劣勢になった帝国軍が猛烈に抵抗したそうだ。
『窮鼠猫を嚙む』ってやつだね。
乗合馬車を乗り継ぐ過程でわたしは風呂付きの宿を奮発して身体から汗と血の臭いを落とした。
血塗れだったイストリア軍将校服は焼却処分し、新たな服に着替えた。
上は左右の胸にポケットを配したベージュのブラウスにダークブラウンのベストを羽織り、下は緑の迷彩柄のショート丈のタイトスカートと紺のニーハイソックスに深緑のショートブーツ。
頭にはブーツと同色のビロードの山高帽。
赤毛は茶色に染め、縦に薄い長方形レンズを嵌めた銀縁の伊達眼鏡を掛けた。
駆け出しの冒険者と言うよりフィールドワーカーって感じかな?
なにはともあれ、わたしは乗合馬車を乗り継いで無事帝国南端の港町に辿り着くことができた。
情報は乗合馬車より速い。
コンスタンスの戴冠式が執り行われたというのが港町の話題だった。
ミュルシュタット帝室は終焉し、クロスハウゼン朝の始まりだそうだ。
問題はわたし自身が新帝室から手配されたこと。
わたしには高額の賞金が課され、冒険者や官憲が血眼で探し廻っていたらしい。
生死問わずの凶悪な賞金首かよ、わたしは?
一応は救国の英雄なんだけどな?
扱いが酷過ぎると思いません?
うん。
途中で姿を変えておいてよかったよ。
今のわたしがアリシア・ミュルシュタットだなんて誰も気付かないしね。
燃えるような赤毛を茶色に染めたのが勝因だね。
港町で改めて冒険者登録した時の名も『マイカ・スズシロ』にしたよ。
『リーゼロッテ・イストリア』ではコンスタンスにバレてしまうからね。
■
そんなこんなで、港町から船で王国に渡ったわたしは、乗合馬車を乗り継いでヨマイ村近隣の町まで辿り着いた。
ここからヨマイ村までは徒歩での移動。
数日もあれば着けるだろう。
■
懐かしい風景が目に入って来る。
わたしが家出してから1年経った。
でも、ヨマイ村は何も変わっていない。
変わるはずがないのだ。
ここでは時間の流れがゆっくりなのかもしれない。
「こんちゃ~す」
冒険者ギルドの扉を開ける。
わたしを見たギルドマスターのシンシアさんが絶句する。
気を取り直したのか、彼女がカウンターを飛び越えて駆け寄って来てわたしを抱き締めた。
「どこに行っていたのですか、姫様!」
肩が生暖かく濡れてるんですけど?
「ちょっと、帝国に行ってサクッと世直ししてきた」
シンシアさんがわたしから離れる。
「姫様?」
「もう姫様じゃないよ。帝位もコンスタンスに譲ってきたしね。今の帝国はミュルシュタット帝国じゃなくて、クロスハウゼン帝国だよ」
何となく合点がいったみたいな表情になったシンシアさん。
「じゃあ、また、以前のようにアリシアちゃんでいいのよね?」
「それでお願いします、シンシアさん」
その時だった。
バタン!!
ギルドに居た誰かが伝えに行ったのだろう。
ミラ姉が駆け込んできた。
「アリシア!!」
「グエッ!」
首元を抱き締められたわたしは思わず女の子らしくない悲鳴を上げる。
「どこ行ってたのよ! このバカ娘が!」
シンシアさんみたいに『姫様』じゃないんだ?
「だって、わたし、家追い出されたし?」
「ぐっ!」
気の早いミラ姉の先走りがわたしの家出の切っ掛けになったことに考えが及んだのだろう。
「それはごめん! このとおり!」
ミラ姉が90度腰を折って謝罪する。
「ミラ姉の家がわたしの家でいいのね?」
「もちろんよ!」
クスクスと笑うシンシアさんが説明する。
わたしに家出されたミラ姉は大層慌てた。
一旦、貴賓室に持ち込んだ私の私物を元の部屋に持ち帰ったそうだ。
その後、わたしの監視カメラ兼盗聴器と偵察ドローンに気付いたミラ姉は、わたしからの挑戦と受け取って闘志を燃やしていたらしいが、ある時からそれが突然途切れたことで、見捨てられたと思い込み泣き暮らしていたそうだ。
ミラ姉が泣いた?
嘘だろう?
「ミラ姉だよ?」
ミラ姉を指差しながらシンシアさんに尋ねた。
「ミランダだって悲しむのよ」
「え~~っ!? 3つもサバ読む年齢詐称三十路女だよ、この人」
「ちょっ! アリシアちゃん!?」
シンシアさんが慌てふためく。
「どうしたの、シンシアさん?」
シンシアさんが黙って指差したその先には―――――
「おい! 小娘!」
振り向けば背景に揺らめくオーラを背負った鬼が居た。
「行き遅れのアラサー」
思っただけだよ。
「アラサー外野ども」
それも思っただけ。
「3つもサバ読む年齢詐称三十路女」
うん。それは口にしたね。
「いつも言ってるわよね?『3度目は無い』って」
「なんのことだかよくわかんないや」
恍けながらわたしはジリジリと後退る。
「行方を晦ませたことといい、数々の暴言といい…………」
「冒険と暴言がそれぞれ一つ。後は心の中で思っただけだよ」
「問答無用!!」
ミラ姉が襲い掛かってきた。
シュタッとミラ姉を躱し、ギルドから外に脱出する。
「お待ちなさい!!」
「待てと言われて待つバカは居ないよ~」
追って来るミラ姉と逃げるわたし。
「待て、この糞娘!」
「『糞娘』なんて、ミラ姉、お・げ・れ・つ」
「泣かす! 絶対に泣かす!」
ああ見えて、ミラ姉、足速いんだよね?
村を逃げ回るわたしと追うミラ姉。
振り向くと追って来るミラ姉の顔が綻んでいた。
ああ。
戻ってきたんだなあ。
やっぱり片田舎での穏やかな暮らしが一番だねえ。
そんなことをしみじみ思うわたしだった。
【告知】
この話のエンディングが決まったので、
来週から一気に突っ走ります。
土日以外、毎日複数回アップしていく
つもりですので、最後までお付き合い
下さい。




