23 固有スキルは魔法
瓦礫が散乱する〖謁見の間〗
レッドカーペットの先、数段の階段の上、煌びやかな皇帝の玉座に叔父上が座っている。
叔父上の横には妖艶な美女が控えていた。
〖謁見の間〗には叔父上と美女の二人だけ。
近衛騎士も従僕も見当たらない。
「よくきたね、アリシア」
玉座から立ち上がった叔父上が両手を広げて階段を下りてくる。
「私は君を待っていたんだよ」
「どういうことでしょう?」
「君に帝位を譲りたいと思っている」
意味がわからない。
叔父上は何を言っているんだろう?
「わたしは帝位なぞ望みません」
「なら何故立った?」
「この国を正すために」
いや、違うだろう。
それは本当の理由じゃない。
「いえ、間違えました」
「間違えた?」
「はい。わたしの本当の望みは亡命先での平穏な生活を守ることです」
そう。
叔父上が善政を敷いてくれていれば、コンスタンスがわたしの下を訪れることは無かった。
わたしは、片田舎の錬金術師として穏やかな生を全う出来た。
だが、実際は暴政により帝国民は苦しめられ、国内は荒れに荒れた。
それを正すための旗頭としてわたしが望まれることになった。
だが、そのままでは密かにわたしを守ってくれていた村の人達をも巻き込んでしまう。
だから、わたしは単身、帝国に乗り込み、その政を正すことに決めた。
「それに、放っておいたら、帝室の最高機密である避難通路を見つけて、そこから王国に侵攻していたでしょう?」
叔父上が意外そうな顔をした。
「避難通路を使って王国に侵攻? それは有り得ない」
「有り得ない? でも、王国に繋がる通路の捜索を行っていたではありませんか?」
何を以て有り得ないなどと言うのか?
「私自身も皇弟で帝室の一員だった。避難通路のことは最初から知っていたよ。キミがそこを通って王国領に亡命したこともね」
叔父上は避難通路のこともわたしがそこを通って亡命したことも知っていた?
なら、何故12年も放置していた?
わたしを害するなら、その通路から刺客を送り込むこともできたはずだ。
それをしなかったということは――――
「あら。陛下は隠し通路のことを知っておられたのですか? 何故、そのことを教えて下さらなかったのです? 無駄骨を折ってしまったではありませんか」
玉座の横に控えていたはずの美女がすぐ近くまで来ていた。
全く気配が感じ取れなかった。
「アデルハイド! まさか、通路を探させていたのか!?」
「エルラッハ子爵は良くやって下さいましたわ。志半ばで倒れてしまいましたが」
妖しげな笑みを浮かべ、悪びれた素振りも無い。
「アリシアには手出し無用だと前から言っていたはずだ」
「もちろん、存じておりますわ」
「ならば――――」
「わたくしも言いましたでしょう?『アリシア様にはあるべきところに収まって頂く』と」
叔父上の叱責にも揺るがない女。
「第一皇女殿下。お初にお目に掛かります。アデルハイド・シュトルツェンと申します」
華麗にカーテシーを決める。
「叔父上は曲がりなりにも皇帝。その皇帝の意向を軽んじるおまえは何だ?」
意味深な笑みを浮かべるアデルハイド。
「わたくし、陛下の愛妾なのですわ」
「愛妾如きが何故勝手な真似をする?」
洋扇で口元を隠したアデルハイドのねっとりとした視線が絡みついてくる。
「それはあなたが知る必要の無いことよ」
洋扇がこちらに向けられた瞬間、2cm角の金属の礫が至近に迫った。
身を翻してそれを避ける。
「無詠唱のアダマンバレットを避けるとは驚きの反射神経ね」
アデルハイドが残念そうに呟く。
だが、表情はねずみを弄ぶ猫のようだ。
「やめるんだ! アデルハイド!」
叔父上の制止をも一顧だにしないアデルハイド。
「ファイアジャベリン」
今度は炎の槍が襲い掛かってきた。
これも飛び退いて避ける。
「あらあら、困りましたわね」
「ちっとも困っているようには見えないんだけど?」
妖しげな笑みはそのままだが、微妙に口角が歪んで見える。
それにしても驚きだよ。
この世界には固有スキルはあるが、魔法というものは存在しない。
アダマンバレット
ファイアジャベリン
鈴白舞花の記憶によれば、それらは異世界もののラノベに出てくる魔法。
アデルハイドはその魔法を行使して見せた。
もしかして《かすが》の動力炉を撃ち抜いたのも魔法?
そういえば[ビームキャノン]ってのもあったな。
リーゼロッテの記憶ではビームキャノンは星間戦争で使われる光学兵器だった。
魔法にも同様の効果を齎す攻撃魔法があったということか。
「種明かしして差し上げましょうか?」
勝ち誇ったような表情を浮かべるアデルハイド。
「ご教授頂けると嬉しいわ」
わたしの返答の何がおかしかったのか、クスッと嘲りを漏らす彼女。
「タダでという訳には参りませんわ。もう少し踊って頂きましょう。ウォーターカッター」
襲い来る水由来のカマイタチを躱すべく柱の陰に身を隠す。
「ウォーターニードル」
細い高圧の水が何本も柱を穿つ。
わたしは隣の柱に身を移す。
次々に身を隠す場所を奪われ、〖謁見の間〗を走り回らせられる。
「そろそろ息が上がってこられたようですね。いいでしょう。お教えしますわ」
残念なことに、攻略のしようが無い状況。
マジ悔しいなあ。
「わたくしの固有スキルは魔法ですわ」
魔法が固有スキルだと?
アデルハイドさん、チート過ぎやしませんかね?
いやいや。
わたしのオーバーテクノロジーもチートだった。
こうなると、チート同士の消耗戦になりそうだ。
「アデルハイド! そこまでだ!」
叔父上がわたしとアデルハイドの間に両手を広げて立ち塞がる。
「陛下。わたくしを怒らせないで頂きたいですわ」
アデルハイドの声が1オクターブ低くなった。
「陛下。そこを退いて頂きたいですわ」
「近衛! この女を拘束せよ!」
どこからともなく現れた近衛騎士達がアデルハイドを拘束すべく剣に手を掛けて近寄って来る。
「おまえ達。邪魔よ」
アデルハイドが洋扇を横に振った瞬間――――
「「「「「「「「ぎゃああああああああ!!!」」」」」」」」
床から噴き出した炎が近衛騎士達を焼く。
「見たかしら、アリシアちゃん? これがヘルファイアですわ」
その時、〖謁見の間〗の扉が思い切りよく開く。
「アリシア!」
飛び込んできたのはコンスタンスだった。
バカ!
相手は魔法を使うのよ!?
あんたに敵う訳ないじゃない!
「また、おまえなの!?」
だが、アデルハイドの反応は意外なものだった。
「今はお呼びじゃありませんわ! ビームガトリング!」
「コンスタンス!!」
コンスタンスが連射されるビームに撃ち抜かれると思った瞬間、身体が動いていた。
縮地で間合いを詰めてアデルハイドを剣で袈裟懸けにする。
「がっ!」
左肩から右脇まで斜めに斬られたアデルハイドが仰向けに倒れた。
「コンスタンス!」
慌てて振り向く。
わたしは無数の穴を穿たれたコンスタンスを想像した。
だが、コンスタンスは無傷で立っていた。
何事もなかったかのように。
「…………どういうこと?」
恐る恐る尋ねるわたし。
「ボクの固有スキルだよ。所謂、結界だね」
コンスタンスの固有スキルが[結界]ですと?
これだって、充分チートやん。
こいつ、今迄何で黙ってたのよ!?
ニヤニヤ笑いやがって!
許さへんで!
「アリシア」
叔父上がわたしを抱き締める。
「済まなかった。言い訳のしようもない。私のことは如何様にでもするといい」
「叔父上のなさったことは世間的には許されないことですけど、わたし自身はそれを責めるつもりはありません。ただ、わたしの今後の身の振り方に干渉しないと約束して下されば」
「君は帝位を継がないのかね?」
「わたしは我儘姫ですよ。わたしの身勝手で法まで変えてしまうくらい我儘放題の暴君なんです。わたしなんかが帝位を継いだら、叔父様以上の悪政を敷いてしまうことは確実ですね。それでは民が困ってしまいます」
「ならば、これからどうするつもりかね?」
「王国の片田舎の錬金術師兼凄腕冒険者に戻るんですよ」
叔父上が笑みを漏らす。
「それもまた我儘姫らしいね?」
「そうでしょう? あ、そうだ。いっそのこと叔父上も一緒に来ませんか? わたしと一緒に片田舎の生活。どうせ、もう帝国には居られないんだし。いっそのこと死んだことにして王国に亡命しましょうよ?」
わたしからの叔父上への提案。
「それもまた悪くないお誘いだね?」
相好を崩す叔父上。
「あのさあ。ボクの前で悪巧みを堂々としないでくれる?」
呆れた表情のコンスタンス。
「あら。あなたが黙っていればいいのよ」
「無茶言うなあ」
ついでに面倒事も押し付けてやろう。
「コンスタンス。あんた、皇帝になりなさい」
「はああああああ!?」
いきなり帝位に就けと言われたコンスタンスが驚きの声を挙げる。
「あんた、連邦軍の盟主でしょう? その武力を背景に帝位に就けばいいのよ」
「ボクはキミの皇配に――――」
「わたしはダメよ。我儘姫だし。それに比べて、あんたはミュルシュタット帝室に連なる親藩だから帝位を継ぐ資格充分よ。民の信望も厚いし」
コンスタンスが恨めしそうな視線を向けてくる。
「キミはボクを捨てて王国に帰るのか?」
「愛が本物なら、万難を排して会いに来るか、それ以外の方法を採るか、自分で考えなさい」
そう。
わたしを迎えに来た時のように頑張って見せてよ。
わたしはそれを期待してるのよ。
「酷い我儘姫だ」
「何を今更。嫌いになった?」
悪戯っぽい笑みで問い掛けたわたしに、コンスタンスが両手を広げてヤレヤレってポーズを取った。
「いや。我儘姫を屈服させてやろうって闘志が湧いたよ」
「それは結構なことね。期待してるわよ、コンスタンス」
「話は纏まったかい?」
叔父上が呆れたように苦笑いを浮かべた。
「ええ。帝位はコンスタンスが継ぎます。叔父上は皇宮の崩壊に巻き込まれて死んだということで、このままわたしと行方を晦ますことに決まりました。それでよろしいでしょうか?」
叔父上に抱き着きながら上目使いの視線を向ける。
「我儘姫の仰せのままに」
穏やかな笑顔を向けてくる叔父上。
アリシアの幼い記憶にあった優しい叔父上が帰って来たよ。
「そうはいきませんわ! アダマンブレイド!」
ザシュ!
叔父上の身体を突き抜けてアダマンタイトの刃がわたしの右胸を穿つ。
「アリシア!」
コンスタンスの慌てたような声。
何が起きた?
今、どういう状況だ?
わたしが視線を下ろすとそこにはアダマンタイトの刃で背中から貫かれた叔父上の胸。
鋭く細い刃はわたしの右胸まで届いていた。
ズキリと右胸が痛む。
やられたか?
自らの右胸を見下ろす。
だが、アダマンタイトの刃はわたしの胸を貫かなかった。
切っ先は王国最高の勲章《王国鳳珠褒章》で止まっていた。
多面カットされた虹色の魔石は砕けていたが、台座のアダマンタイトのプレートが凹みはしたが凶刃の切っ先を受け止めていた。
まあ、凹んだところが皹の入ったあばらだったので激痛が奔ったが。
勲章に助けられたよ。
「アリシア。一緒には行けなくなったようだ。済まないね」
胸と口から血を流しながらわたしに謝罪する叔父上。
謝罪なんかしないでよ!
抜かったわたしが悪いんだから!
「ふふふふふ。アリシアを仕留めたわあ。これで今世でも思い残すことは無くなった」
『今世』でも?
まあいい。
アデルハイドは攻撃魔法アダマンブレイドで叔父上共々、わたしを刺し貫いたと思い込んでいるらしい。
せっかく叔父上と穏やかな暮らしを送ろうと思っていたのに。
この女は!
いいだろう。
あんたに挫折を味合わせてやるよ。
わたしは叔父上を支点に身を翻すと、
シュイン!
アデルハイドの両腕を剣で斬り落とした。
二度と魔法を行使できないようにするために。
「ぎゃああああああああああああ!」
両腕を斬り落とされたアデルハイドがのたうち回る。
「残念だったわね。この勲章がわたしの命を救ってくれたわ」
魔石が砕けベースが歪んだ勲章をこれ見よがしに見せてやる。
のたうち回るのをやめたアデルハイドがむくりと起き上がって来た。
「おのれ! おのれ! アリシア・ミュルシュタット!」
何なんだろう、この粘りつくような視線は?
「素直に日陰に蹲っていればいいものを! 毎度毎度、光の当たる場所に出てくるのはどういう嫌がらせだ!?」
『毎度毎度』って、あんたには今日会ったばかりなんだが?
「憶えておけ、アリシア・ミュルシュタット! わたくしは地獄の淵から舞い戻って必ずおまえを仕留めてやる!」
負け犬の遠吠えかね?
「そう。じゃあ、さっさとその地獄の淵とやらに行ってきな」
ズブッ!
わたしは剣でアデルハイドの心の臓を貫いた。
今度こそ、この女は絶命した。
貫くだけでなく抉ってやったからな。
噴き出す血潮がわたしの全身を真っ赤に染める。
アデルハイドの最期の嫌がらせなのかね?
「叔父上は?」
「立往生だよ」
立ったまま息を引き取ったか。
でも、表情は穏やかだな。
わたしの無事が確認できたからか?
昔から叔父上はわたしに甘々だったからな。
叔父上を横に寝かせてそっと手で瞼を閉じる。
錬金術で急場の棺桶を拵え、その中に叔父上を安置する。
棺桶の蓋を閉じてマジックバッグに収納した。
「どうするんだ?」
尋ねてくるコンスタンスに背を向ける。
「ヨマイ村に埋葬するのよ」
そのまま〖謁見の間〗の扉に向かう。
「アリシア! キミは…………」
「ヨマイ村に帰るよ。みんな待ってるしね」
そのまま扉を開ける。
「待ってくれ、アリシア!」
わたしはもう立ち止まらない。
「コンスタンス。後は任せた。縁が有ったらまた会おう」
挨拶代わりに左手を挙げる。
「コンスタンス閣下!」
ワラワラと連邦軍の諸将が〖謁見の間〗に雪崩れ込んでくる。
兵達もだ。
取り囲まれ勝利を祝われるコンスタンスが人波の中に消えた。




