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トワの奏弦士  作者: 苫古。
◆終章◆ だから、わたしは空に祈る
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02. 祈り

「あーもうッ! 歩きで旅なんて、ナンセンスだわ!」

 明るい木漏れ日の風景に、少女の金切り声が響く。

「ウィード=セル! いいかげんに、転移系の導具(バース)くらい買ったらいかが?」

「……君は、馬に乗ってるじゃない」

「お黙りっ、ヒース。あなただって、パーッと一瞬で移動できた方が便利だし、楽でしょう?」

「あのな、マリー=ベル。導具がいくらするか、知ってるだろう? そんな金、何処にあるって言うんだい?」

「てゆーか、そろそろ歩きと代わって欲しいんだけど」

「い・やッ。靴が傷んじゃうじゃない。それに、か弱い乙女にこんなデコボコ道を歩かせようだなんて、徒歩の旅云々以上にナンセンスよ! そう思いませんこと? マーセル」

 揺れる馬上で、ぼんやりと三人の遣り取りを眺めていたマーセルは、急に話を振られてビクついた。

一緒の馬に並んで乗っている美少女――――マリー=ベルに曖昧な笑みを返したあと、マーセルはおずおずと、心配そうにウィード=セルに訊いた。

「あ、あの、お金ないんですか!? わたし、無一文で一緒に来ちゃって……旅費、足りなくなっちゃったりは……」

「ああ、そんなことは心配しないで。それくらいは十分にあるから。ただ、導具が極端に高価な物だってだけの話で……。それに、貴女を誘ったのは俺の方だしね」

 彼はそう言ってくれるが、マーセルとしては色々な意味で申し訳ない。

 どうにかして稼がなきゃ、せめて自分の食費くらいは! などと、金の稼ぎ方すら良く知らない箱入り姫は、固く心に誓った。

 ―――目覚めたばかりの、〈世界(トワ)〉に干渉する力。

 祭典(フィア)の夜以来、暴走するのが怖ろしくて、一切使っていない。この先、上手く使えるようになるのかも分からない。

 そんなマーセルの不安を察してくれているのか、共に旅を始めて二週間経った今でも、ウィード=セルは、奏弦(アシェス)の力を見せて欲しいと言って来ない。

 しかし、もともとこの能力の研究に協力するために、マーセルは誘われたのだ。このままでいい筈は……。

「―――気にしなくていいんですよ。そうすぐに使いこなせるような、容易い力ではないんだから」

 自分の心を見透かした魔導士の言葉に、マーセルは蒼い目を見開いた。

「でも……」

「寧ろ、無意識的にとはいえ、不用意に力が発現しないよう、きちんと抑制出来ているのはスゴイことだと思ってるんだけどねぇ」

 そう言われてみれば、そうだ。

 何故、能力を抑えることが出来ているんだろうと、マーセルは指摘されて初めて気付く。

 もしかすると、長年積み重ねてきた、錬祈術の修行のおかげだったりするのだろうか? 嫌々続けてきたけれど、役に立つこともあったのだと、ちょっとだけ感謝する。

 そんな考えが表情に出ていたのか、ウィード=セルが可笑しそうに笑った。

「ま、今は難しいことを考えるのは、止めときません? こんな旅さけど、せっかくなんだから楽しまないと」

「そうそう。この人、ボンボンで結構お金持ってるから。買い食いしまくっても、心配しなくてもいいよ」

「その通りですわ。だから、マーセル! 次の町に着いたら、一緒にお洋服を買いに行きましょう? そんな服、さっさと捨てなきゃ」

「おいっ。捨てなきゃって、そんな勝手に。それ、俺の服だろ?」

 その言葉を聞きながら、マーセルは改めて自分の服を見下ろした。

 着の身着のまま、祭典用の神子衣装で聖都の周辺をうろつくわけにはいかないということで、ウィード=セルから借り受けた旅装束。

 身頃のサイズが合わないせいで、確かに、非常に格好悪い。おまけにマーセル自身、年頃の娘にしては色気が無さ過ぎることも手伝ってか、長い髪を隠すだけで、容易に少年の姿を装うことが出来た。

 逃走のためには女であることを伏しておいた方が良いと分かっていても、こうも簡単に為せてしまうと、自分で自分にガックリしてしまわずを得ない。

「まあ、エルヴェルクからは結構離れたところまで来たし、そろそろそのイケてない恰好を辞めてもいいころかもねー」

 ……やっぱり、似会っていなかったのか。

 ヒース=クラウンのざっくりと切り裂くようなファッション批評に打ちひしがれながら、マーセルは二週間前から次の町に着くまでの間の自分に、深く同情した。

 初めてこの恰好をしたとき、「ま、それなりなんじゃない?」と言ったくせに。……ひどい。

「でも、だからってなんで捨てるって方向に……」

 数少ない自分の着替えを守ろうと、ウィード=セルは果敢にも不服の意を唱えようとした。

 だが、そんな彼の前に、砂糖菓子の妖精の如く麗しい姿をした悪魔が、壁となって立ち塞がる。

「あら、ではご主人様? よもや貴方様は、うら若き乙女が身に着けていた衣を、好んでその御身に纏いたいとでもおっしゃいますのかしら? その柔けき身を包んでいた衣を、自らの身体に感じたいと」

「え……」

 マーセルは、思わず小さく声を上げて、身を引いた。

「ちょっ、ばっ! なんてこと言うんだ、マリー=ベルっ。普段の俺が著しく誤解を受けるようなことを……って、マーセルさん? 何でそんな目で見るんです?」

「いえ、そんな……」

「ほら、見ろ! マーセルさんがさっそくこんな」

「「ヘンタイ」」

「―――ッ! ……わかりましたよ。捨てればいいんだろう、捨てれば」

 双子の絶対零度の蔑みに晒された結果、好きにしてくれと情けなさげに呟いたウィード=セルに、「当然でしょう」と冷たく返すをマリー=ベルの声を耳にしながら、マーセルは苦く笑うことしか出来なかった。

「やっぱり、仲がいいですね」

「そう見えるなら、そういうことにしておいてください……」

 ははっと乾いた声で嗤うウィード=セルの横顔から目を逸らし、マーセルは独り言のように続ける。

「いいなぁ、すごく羨ましいです」

 柔らかな笑みを浮かべた。どこか遠くを見る目で双子を見つめる少女に、ウィード=セルは、

「……会いたいですか?」

「え?」

「彼に、ですよ」

 馬上のマーセルは、彼女の心の内を覗きこむように見上げてきた青年の問いに、肩を揺らした。

「……きっと、もう会えることなんてないから」

 聖地へ残してきた、彼。

 誰よりも大切な幼馴染。

「そうですかねぇ。もしかしたら、今この時も、貴女のことを追っているかもしれませんよ?」

「そんなこと、あるはずないです。だって、ルカは今までエルヴェルクを出たことなんてないし。彼があそこを捨てる日なんて、この先来ないと思います」

 あそこが、彼の居場所。

 何も知らない愚かなマーセルと少年の小さな箱庭だった。

「今さらですけど、ルカのこと、教えてくれてありがとうございました」

 俯けかけていた視線を魔導士の青年に真っ直ぐ向け、マーセルは丁寧に頭を下げた。

 あの日、別れの日にルカイスが見せた白銀の力のこと。そして彼が聖地に、ゴートガード家に養子として迎えられた理由に対する推察。

 エルヴェルクを出た後、マーセルが発現させた練祈でない力―――奏弦の力に関する説明の過程で、ウィード=セルはルカイスの置かれた立場についても、彼の考えを語ってくれた。

「……ごめんなさい」

「何故、謝るんです?」

 唐突に謝罪の言葉を口にしたマーセルを訝しむ問いに、彼女は答えることなく、ただ「ごめんなさい」と繰り返した。


 ――――奏弦の力は、異端の力。


 世界(トワ)の理に抵触するその力は、練祈術士(グレヴ・ドーナ)たちの間のみならず、相反している魔道の世界でも忌まれているものだと聞いた。

 ならば、自分と行動をともにするウィード=セルたちが、この先どうなるのか。

 もちろんマーセル自身、自らの能力を他者に洩らすような愚行は犯さない心積もりでいる。しかし、もしもが起こった時、白銀の忌み児たるマーセルを匿った三人が周囲にどう扱われるかは、想像に難くない。

 それがわかっていても、この二週間、マーセルは彼らと行動を分かつことが出来なかった。

(―――怖い)

 何も知らない、自分一人で歩いたことのない外界で生きることが、恐ろしい。

 そして、何かの拍子にまた人々を害してしまうかもしれないという怯えと、あの酷く冷たい視線に囲まれる日が来るかもしれないという恐怖が、彼女の心をきつく締めつける。

 華鏡(セイレル)()で居並ぶ神官(ドナク)たちが見せた、初めての、集団をなす他者による害意。それに晒された経験は、マーセルの精神に大きな根を張っていた。

 もう一度、あの悪意の中に独り立たされたなら、きっともう……。

 独りで居たくない。そのために、彼らを危険の隣に置いている―――それが自覚出来ているとは、口にしない。だから、ただ謝った。

「ふうん」

 下げた頭の向こうで、何かを考えるような頷きのあと、呆れが混じった吐息が洩らされる気配。そして、唐突に、

「マーセルさんて、頭悪いんですねぇ」

 バッサリと貶された。

「はい!?」

「いやぁ、お人好しもほどほどにしとかないと、足元掬われますよ? というか、掬いますよ、俺が」

 はー、全く、と大げさに溜息を吐かれてしまったのだから、マーセルは口をパクパクさせることぐらいしかできない。

「貴女ね、ご自分がどんな風に誘われて来たか、全然覚えてないみたいですね」

「え……、はあ」

「通りで、怯えやら警戒やらの気配が無いはずですよ。いっそ、そうしてくれた方がこちらは遣り易いっていうのに」

「ご、ごめんなさい」

「さっきから謝ってばかりですね。そう簡単に謝罪を口にするものじゃないですよ。そんなんじゃ、世間の悪い男にすぐ誑かされてしまいますよ? ま、すでに俺に唆されちゃってますけどね」

 ……何だか、あんまりな言われ様じゃないだろうか?

 でも、自分が箱入りの世間知らずであると、ここまでの旅の行程でしっかりと自覚したマーセルに、反論のしようもない。

 はっはと嗤う青年を、マーセルは唸りながら恨めしそうに見下ろしていた。

 そんな彼女を、紅い眼鏡越しの双眸が捕える。

「俺は、これから先、とことん貴女を利用しますよ」

「……利用、ですか? そんな……」

「勿論、政治的意味でではないですが。俺の知的欲求を満たすために、俺は貴女を手放さない。研究のためならば、何処までも付き合って頂くつもりなので、せいぜい俺に騙されないよう気を付けることです」

 そんなことを面と向かって言われても。

 息を詰めて蒼の眼に戸惑いを浮かべる少女に、魔導士は続けた。

「だから、貴女も俺を利用するといい」

 その言葉に思わず目を見開くと、いつもの人を食ったようなからかいを含まない笑みが返って来た。

「貴女に付き合ってもらう代わりに、俺たちも付き合いますよ。だから、その間は利用し尽くせばいい」

「………」

「行動を共にしている間は、俺たちは貴女の味方でいますよ」

 そう言って向けられた視線は、あくまでも優しくて。

「ありがとう、ございます」

 瞳から零れ落ちるものが頬を濡らし始めるのを、止めることが出来なかった。

「ちょっと!」

 唐突に、可愛らしい声で横槍が入る。

「ぬわーに泣かしてるんですの! このお馬鹿っ。乙女に涙を流させるなんて、万死に値しますわ!」

 それまでヒース=クラウンと二人、何やら言い合っていたはずのマリー=ベルの怒声が飛んだ。その瞬間、横面に彼女の靴の踵をめり込ませたウィード=セルが、声もなく地面に沈む。

 えぇーっ!? と声無く叫び、マーセルはついさっきとは別の意味で口をパクパクさせた。

 派手に倒れていったが大丈夫だろうか? 馬上からでは良く見えないので、身を乗り出して下を覗き込もうとした。だがその彼女の両手を、笑顔をキラキラと輝かせた美少女がしっかりと掴んでいたのでそれも叶わない。

「ねえ、マーセル。初めに着ていた薄紅色も良いけれど、あなたには白も似合うと思いますわっ。服が白なら、靴は黒! 濃い灰色でもいいかしら。外套はどんなものが良い? 好味があるなら、何でもおっしゃいなさい」

「え、あ……はいっ」

「あ、そうだわ。せっかくだから、髪飾りも探さなくてはだし。楽しみですわ~ッ」

「楽しみって、そりゃあ君は楽しいだろうけどねぇ……」

 何とか土の上から復活したらしいウィード=セルが、赤くなった頬を擦りながら年甲斐もなく唇を尖らせて言う。

 だが、御伽噺の妖精の如き金髪の少女は、妖精らしくうっとりと笑んだまま華麗に無視した。

「あー、やっぱり女の子はいいですわねッ。容姿や洋服、どれを取っても可愛らしいことこの上ありませんわ。男なんて、うっとおしいだけですもの。毎日、顔を見てるとうんざりしましてよ?」

「僕、君と同じ顔なんだけど?」

「おだまり」

 銀髪の少年を凶悪な目付きで一睨みした後、マリー=ベルは打って変って上品な微笑を浮かべて主人の襟を掴んだ。

「主様? わたくしたちをお店まで、しーっかりエスコートしてくださいましね?」

「………はい」

 満足そうに鼻を鳴らすマリー=ベルと、がっくり肩を落とすウィード=セルの遣り取りに、マーセルはヒース=クラウンと目を合わせて微笑った。




 この人たちと一緒なら、きっと大丈夫……だから、





 ■ □ ■ □ ■





 幾重にも重なる新緑。

その間から差し込んだ春の光が、道に咲く花や、マーセルたちの上に、暖かな日溜りを落とす。

 優しく、柔らかな光を湛える蒼穹を望み、一番大切な少年の姿を、マーセルは心に描いた。



 ―――たとえ遠く離れても、陽の光は等しく、優しく降り注ぐ。



 こんな暖かな光が、彼のいる場所にも満ちていますように……。


 そう願うから。






 だから、わたしは空に祈る。




 この物語にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

 初めて書いた小説で、いろいろと至らないところばかりでしたが、根気よく読んで下さった皆様や拍手・感想をくださった方々には、本当に本当に感謝しております。重ね重ね、ありがとうございましたっ!!


 このお話は、シリーズとして繋げていきたいと思っております。次のお話も書き始めているのですが、もう少し進めてからUPさせて頂きたいと。

 まだ先のことになるとは思いますが、どうぞその際には、またお付き合いくださいませ。 

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