↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧雨のまどろみ  作者: metti
第五章 帰るべき場所
PR
92/92

2.行くべき先を見据えて



梢を揺らした小鳥が、軽やかな囀りを残して飛び立っていく。


日が昇ると同時におはようを告げた朝鳴き鳥は、文句を言いながら外へと出て行った。

寝台から身を起こし、ふあ、と欠伸をしながら両手を組んで身体を伸ばす。

寝起きの固まった身体がみしみしと悲鳴を上げ、キリは呻きながら寝台を降りた。



久しぶりに戻った里の家は、思っていたより埃もなく片付いていた。

畑も誰かが世話を続けてくれていたらしく、雑草もない綺麗な姿を保っている。

イシュによると、どうやら彼がいない間はヴィルに後を引き継いだらしい。

イシュからの頼みだからと渋々引き受ける姿がありありと浮かび、思わず笑ったのは余談だ。


そして、家に戻ってきた翌朝。

何故か子竜姿で枕元に眠っていた朝鳴き鳥ことイシュを畑仕事へと放り出し、身支度を整え。

食事の用意を終えようとしていたキリの耳に、扉を叩く音が飛び込んできた。


昨日の今日で誰かが訪ねてくるとは考えてもいなかったキリは、驚いて手を止める。


ヴィルでも訪ねてきたのだろうか。

イシュが戻ってきたと聞けば一目散に飛んできそうな奴だから、その可能性は高い。

朝から畑の世話を任されたことへの文句は聞きたくないが、無視したところで入ってくるだろう。

無視したことへの文句が追加されるのも面倒だと、キリはため息を吐いて扉へ向かう。


だが、なんの心の準備もせずに扉を開けた先。

そこに立っていたのは、ヴィルではなかった。


「フォミュラ?」


目を瞬くと、彼は僅かに頷いて少し身を引いた。

そこで彼の後ろに立っていた威圧感のある男の存在に気づき、キリはハッと息を飲む。



「貴方は、」

「……愚息が邪魔していると聞いたが」



先日言い争いをした記憶が新しい、イシュの父親だ。

連れてきたのだから事情を知っているのではないかとフォミュラに視線を投げるも、彼は黙ったまま。

仕方なく、キリは相変わらず険しい顔でこちらを睨んでいる彼に視線を戻す。


「イシュなら畑の方にいます。……呼んできましょうか」

「不要だ。お前に話の邪魔をされては適わん」


少なくとも、話をする意思はあるようだ。

棘のある言い方に一瞬片眉を上げたが、前回の事を思えば致し方ないことではある。

もやっとした気持ちは飲み込んで、キリは畑へと続く道を示した。


「そうですか。畑は森の方に進めばすぐです」


答えたキリを、彼はじっと観察するように眺め続けている。

何か言われるのかと警戒して身構えたキリだったが、その予想に反して彼はするりと唐突に踵を返した。

呆気にとられるキリを残し、彼は一人畑へと歩いていく。



沈黙のうちにその背中を見送り、どっと疲れたキリは肩を落としてしゃがみこんだ。

そして、扉の前で同じようにその背を見送っているフォミュラへと据わった目を向ける。

彼はといえば、その視線を受けて肩を竦めるばかりだ。


「おはよう。その様子だとよく眠れたようだな?」

「一瞬で眠気なんて吹っ飛んだよ。なんであの人、ここに」

「今朝訪ねてきたんだ。その内来るだろうとは思っていたが、私も驚いたよ」

「昨日の今日だってのに、耳が早い人だな」


暫しの沈黙の後、フォミュラは口を開いた。


「……しかし、本当か?あの人が君と言い争いをしたというのは」

「最初は口を挟むつもりなんてなかったんだよ」


憮然とした表情で返すと、フォミュラはふむと考えるように口元に手を当てる。

そして、


「詳しく聞いてもいいか?」

「どうぞ。別に面白い話じゃないけどな」

「何があったんだ、本当に」


疲れた表情のままに、キリは簡単に経緯を説明した。

所々質問を挟みながらそれを聴き終えたフォミュラは、「なるほどな」と納得したように頷く。


扉の横、壁にもたれながら腕を組みながら、彼はしゃがみこんで頬杖をつくキリを見下ろした。


「意外だな。君はそういうのは放っておくタイプかと思っていた」

「余計なことをしたかなとは思ってるよ。でも、あの時は言わなきゃ気が済まなかった」

「あの人が、そんなに気にかかるようなことを言ったのか?」

「言ったというか……まあ、結構酷いことを言ってたような気はするけど、それだけじゃなくて」


話を聞こうとしない彼の態度に苛立った、というのが正しい。

ついでに、話をせずに逃げたイシュにも、腹が立ったのだ、と。


そう告げると、フォミュラは首を傾げた。


「今でないと駄目だ、と?」

「そうだよ。イシュは時間が欲しいって言ったけど、早いほうがいい」

「お互い落ち着く時間が必要かもしれなくても?」

「でも、」


その言葉を口にしようとして、キリは気づく。

どうしようもなく胸を占めた怒りが、どこから来たものなのか。


これは、イシュや、彼の父親の言葉だけが理由ではない。

キリが勝手に自分を重ねて、物申したくなっただけだ。


あの時、無意識のうちに何を考えていたのか。

出てきた答えは、単純なものだ。

単純すぎて情けなくなるくらい、当たり前の感情だった。



「……だって」

「うん?」

「いつ、二度と会えなくなるかなんて、分からないじゃないか」



怒りの奥にあったのは、多分、羨ましさだった。


後悔して欲しくないとか、謝りづらくなるとか、そんなのは建前だ。

伝えたい言葉を伝えるべき相手が目の前にいるのに、伝えようとしない。

その状況を、羨ましいと、――ずるいと、どこかで思った自分がいた。


それだけをぽつりと告げ、キリは俯く。

フォミュラはしばらく黙ったままだったが、ややあって小さく息を吐く音が聞こえた。


「そうだったな」


しゃがみこんだまま膝に額をくっつけて動かなくなったキリの頭を、ぽんぽんと大きな手が叩く。

子どもにするような仕草に思わず眉をひそめて顔を上げると、憂いを孕んだ瞳と目が合った。

思ってもみなかった表情に目を瞬くキリに、彼は問いかける。


「会いたいか?」


当たり前だ、と即答しただろう。

この里に来たばかりの頃ならば。

残念ながら、今の自分にそれは出来そうになかった。

水鏡に映ったあの一瞬の光景は、今でも目に焼き付いている。


目を伏せたまま、自嘲混じりの笑みを浮かべて答える。


「会いたいよ。……だから、さっさとあいつに会いに行かなきゃな」


一瞬言葉に詰まったことを悟られないよう、キリはそう言い切って立ち上がった。

家の中に踵を返し、背中を追ってくる視線を振り返って笑みを浮かべる。



「ま、その前に腹ごしらえだけどな。朝はもう食べたのか?」

「いや、」

「じゃあ良かったら一緒にどうだ?どうせイシュは時間かかるだろ」


キリの言葉に、僅かな沈黙のあと彼は頷いた。

少し心配そうな面影は残っていたものの、はっきりとした笑みを浮かべて。





それから少し。

冷める前にとイシュの分の朝食をフォミュラに供し、食事を済ませ。

再び作り始めた彼の分の朝食が、丁度できあがる頃。


ぞんざいに扉を叩く音と共に、ぎいっと家の扉が開いた。

そこからひょこりと顔を覗かせたイシュに、キリは声をかける。


「イシュ。あの人は?」

「先帰った」


はー、とため息をつきながら中に入ってきたイシュは、億劫そうにそう答えた。

とりあえずお茶を注いで渡すと、軽い礼と共に一瞬で空になる。


「話は出来たのか?」

「……まあな。さんっざ嫌味言われたけど」


再び中身の注がれたカップを受け取りながら、イシュはそう答えた。

これ以上はなさそうなくらいの顰め面をしつつ、どかっとキリの隣に座る。


「けど、言質とった。条件付きだけど」

「条件?」

「ああ」


と、彼が話したところによると。

どうやら、彼の父親はイシュとの幾つかの問答の末、外出許可を出したらしい。


ただし、それには幾つかの条件があった。

まず、祭りの際には必ず帰ってくること。

定期的にフォミュラだけでなく族長にも連絡を入れること。

自分の正体や里の場所がバレないよう、最新の注意を払うこと。


そして、彼が出された中でも一番大切な条件が、


「竜人族のために何か役に立ってみせろ、だってさ」

「……何かって?」

「さあ。自分で考えろって」


まあ、彼の父親が言いたい事は分からないでもなかった。

恐らく、今までの彼の役目は、祭りでこっそり祀られて大人しく里を護っていることだった。

それを放棄して外に出るのなら、何か他にできることを見つけてこいということなのだろう。


イシュも何となく理解しているらしく、困っている様子はない。

何ができるのかと頭を悩ませてはいるようだが、心配する必要はなさそうだった。


「ともあれ、良かったじゃないか。落ち着いて話ができて」

「おう。……まあ、多分どっかの誰かさんのお陰なんだろうけど」


じとっとしたその視線を受けて、フォミュラは肩を竦めた。


「大したことはしてないさ」

「どーだか。全然態度違ったぞ」


と。

そこで、イシュはふと思い出したように腹を押さえた。


「……なあ、そういや俺の朝飯は」

「ああ、キリは料理上手だな。美味しかった」

「えっ」


さらりと答えたフォミュラを、イシュが信じられない物を見る目で振り返った。

その眉尻の下がった顔があまりにも情けなくて、思わずキリは吹き出す。


ないの?とばかりに視線を向けられ、震える指でくつくつと湯気を立てる鍋を指す。

それを見てあからさまにほっとした顔になったイシュを見て、堪えきれなくなったらしいフォミュラも笑いだした。


「笑いすぎじゃねーのお前ら!」

「だって」

「ははは」


鍋の確保に向かいながら不満を訴えるイシュに、二人の笑いの発作は留まるところを知らなかった。


朝の静かな里に、笑い声が響く。

このお陰で二人の帰宅に気づいたヴィルが強襲してきたというオチがつくのだが、これは余談である。













それから数日。

再びキリの元を訪ねてきたフォミュラは、キリにこう告げた。



「一週間後、アルシータの仲介を受けて、二国間の停戦条約を結ぶ運びとなった」



ティンドラとグラジアの停戦。


喜ぶべきことだが、キリにとって重要なのはそこではない。

フォミュラもそれは解っているらしく、ひとつ頷いてさらに言葉を続けた。


「アシュトルもその場に立ち会うそうだ。接触するならこの機会が一番だろう」

「ああ」

「ただ、当然ながら公式に協力しているわけではない竜人族は立ち会えない」


むしろ、姿があるとティンドラとの繋がりを疑われ、竜人族にとって不利になる。

だから彼のみならず、竜人たちは皆里へ戻ってきているのだそうだ。


つまり、アシュトルの説得もフォミュラに期待はできない。

手紙は書くが、できるのはそれだけだ、と彼は言った。

その上で、彼は改めてキリに問う。


「行くのは君一人だ。……行くか?」

「勿論」


間髪入れず頷くと、フォミュラは「そうか」と笑みを浮かべて頷いた。

その隣で、イシュがぼそっと付け足す。


「一人じゃないだろ。俺も行くし」

「来てもいいけど、何ができるんだ?」

「応援。……冗談だよ!でも竜人族の中で完全な人間に見えるの俺だけだし、紛れ込むには丁度いいだろ。何かあった時報告したり、橋渡しするくらいはできるぞ」


説得の役に立つかどうかは別として、付いてきてくれるならキリとしても心強い。

フォミュラも苦笑しつつ、「まあ、いいんじゃないか」と頷いた。


「気をつけて行っておいで。無理はしないように」

「ありがと」


礼を告げ、キリはさてと頭を切り替えた。


一週間後。

考えることは色々あるが、目下の問題は一つだった。

ため息をつきたい気持ちを堪え、キリは脳みそを回転させて考え始める。



さて、あの石頭をどう説得してやろうか、と。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。