第6話 植物は、全てを見ている
第6話 植物は、全てを見ている
国会議事堂の外は、朝から騒然としていた。
報道ドローンが空を埋め尽くし、各局の中継車が並ぶ。熱波で白く霞んだ永田町に、無数のマイクと怒号が飛び交っていた。
「森林環境税の使途不明金は二兆円規模との指摘です!」
「冷却ドーム失敗の責任は誰が取るんですか!?」
人々は怒っていた。
毎年払わされる一〇〇〇円。
たった一〇〇〇円。
けれど全国民から集めれば、莫大な金額になる。
その金が、《エデン》のような巨大失敗事業へ消えた。
SNSではすでに政権支持率が暴落し、炎上ワードの上位を「氷華の魔女」が独占している。
『本当に東京を冷やしたのは誰だ』
『木陰の方が救ってる』
『税金で蒸し風呂作るな』
そんな中。
カレンは国会議事堂の長い廊下を歩いていた。
白いシャツ。
安物のスカート。
借り物のパンプス。
場違いだった。
磨き上げられた床へ、自分だけ土を落としてしまいそうな気がする。
「緊張してる?」
隣を歩く白鷺源司郎が穏やかに言った。
カレンは小さく頷く。
「……私なんかが、本当に来てよかったんでしょうか」
「君だから呼ばれたんだ」
白鷺は真っ直ぐ前を見たまま答える。
「この国で唯一、“森の声”を聞ける人間だから」
重厚な扉が開く。
瞬間、熱気のような視線が押し寄せた。
公聴会場。
議員。
官僚。
記者。
企業関係者。
無数のカメラ。
その最前列に、九条レイナが座っていた。
純白のスーツ。
完璧なメイク。
だが目だけが笑っていない。
カレンを見た瞬間、口元がわずかに歪む。
「……雑草女」
聞こえるか聞こえないかの声。
カレンの指先が震えた。
クロリスの声が耳元で囁く。
――大丈夫。
ふわり、と冷たい風が頬を撫でる。
カレンはゆっくり席へ座った。
議長が咳払いする。
「これより、森林環境税運用問題に関する特別公聴会を開始します」
大型スクリーンへ《エデン》崩壊時の映像が映し出された。
蒸気。
悲鳴。
倒れる人々。
怒号。
会場がざわつく。
「三兆円もの予算を投じた国家事業が、なぜ失敗したのか」
議員の一人がレイナへ視線を向ける。
「九条氏、説明を」
レイナは落ち着いた笑みを浮かべた。
「想定外の気象条件によるものです。ですが技術そのものに問題はありません」
「では、なぜ一部区域だけ異常な冷却効果が発生している?」
空気が変わる。
会場中の視線が、カレンへ向いた。
レイナの目が細くなる。
「……その件に関しては、現在調査中です」
「調査?」
別の議員が苛立った声を上げる。
「都民は“氷華の魔女”と呼んでいるぞ」
笑いが起こる。
だが誰も否定しない。
あまりにも現象が異常だった。
真夏の東京で。
エアコンもなく。
自然だけで。
局地的に気温を十度以上下げるなど、常識では説明不可能だからだ。
議長がカレンへ視線を向けた。
「参考人、カレン・アルフォード氏」
喉が乾く。
けれど立ち上がった瞬間、不思議と風が吹いた。
議場の観葉植物たちが、小さく葉を揺らしている。
――いるよ。
――見てる。
カレンは深呼吸した。
「……植物は、覚えているんです」
ざわ、と会場が揺れる。
レイナが鼻で笑った。
「何を言い出すのかと思えば」
「木は、見ています」
カレンは震える声で続ける。
「誰が水を与えたか。誰が傷つけたか。誰が嘘をついたか」
レイナの表情が冷たくなる。
「非科学的ね」
「そうでしょうか」
カレンはそっと机へ手を触れた。
議場の片隅に置かれた古い観葉植物。
乾きかけた葉。
その瞬間。
ざわり、と空気が震えた。
大型スクリーンが勝手に点灯する。
「なっ!?」
技術スタッフが叫ぶ。
映像が流れ始めた。
監視カメラではない。
けれど確かにそこに映っていた。
帝都環境開発、資材倉庫。
夜。
レイナ側の社員たちが、裏帳簿を持ち込みながら笑っている。
『この木材、全部高級輸入材扱いで請求しろ』
『実際は廃材だけどな』
『差額は例の口座へ』
会場がざわつく。
「これは……!」
映像が切り替わる。
冷却ドーム建設現場。
『除湿設備、予算削ります?』
『構わない。どうせ見た目で評価される』
レイナの顔色が変わった。
「ま、待って! こんなの捏造よ!」
さらに映像。
政治家への接待。
裏金。
改ざんデータ。
《エデン》内部試験で、危険数値が出ていた記録。
だが。
『消しておいて』
『開業まで隠せばいい』
静まり返る議場。
誰も息をしていないみたいだった。
レイナが立ち上がる。
「違う!! 私は悪くない!!」
汗が頬を流れる。
完璧だった化粧が崩れていく。
「こんなのCGよ! AI生成! この女が!」
「では質問です」
カレンは静かに言った。
「どうして植物しかない場所の映像を、私が作れるんですか」
沈黙。
スクリーンに映っていたのは、壁際の植栽から見た光景だった。
人間のカメラではありえない角度。
葉の隙間。
枝の陰。
植物だけが見ていた視界。
議場の観葉植物がざわざわ揺れる。
まるで怒っているみたいに。
レイナが後ずさる。
「やめて……」
クロリスの笑い声が響く。
――森は全部、見てたよ。
その瞬間。
議場の温度が下がった。
冷たい風が吹き抜ける。
人々が息を呑む。
カレンの周囲だけ、夏の森の匂いがしていた。
湿った土。
若葉。
雪解け水。
議員の一人が震える声を漏らす。
「……本物なのか」
レイナはカレンを睨みつけた。
憎悪だった。
理性が焼き切れたみたいな目。
「全部……あんたのせいよ」
その声は低く濁っていた。
「なんでよ……!」
涙で滲んだアイラインが頬を黒く汚す。
「なんで、雑草みたいなあんたが!!」
カレンは黙っていた。
怒りではなかった。
悲しかった。
木を傷つけ。
水を汚し。
それでもまだ、自然を道具としか思っていない。
ざわ、と議場の植物たちが葉を鳴らす。
まるでため息みたいに。
その夜。
SNSは完全にひっくり返った。
『氷華の魔女、正しかった』
『植物が証人とかヤバい』
『九条レイナ終わった』
『森林環境税、実は魔法説』
だが。
東京の夜空を見上げながら、クロリスは静かに笑っていた。
「まだ終わりじゃない」
熱風が吹く。
遠くで、どこかの変電所が爆発した。




