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魔王が出しゃばって何が悪い!

 暗闇の道を両脇に設置された松明が照らすが、エイネルは曲がりくねる道を進まず建物の屋根から屋根へと飛び移って南へ向かう。

 およそ100年前までシルバル大森林には魔王デスゲートの配下の魔物が大量に存在していたため、ここには街などなかった。

 デスゲート側と人間側とが契約を結んだことでシルバル大森林は人間が住んでも良い代わりに、魔物は人間に、人間は魔物に過度な干渉を禁止。

 その上で出来たトライセンターは徐々にその大きさを広げて行って今ではかなりの敷地面積になっており、北区から南区へ向かうにはかなりの距離があるがエイネルからすれば大した距離ではない。

 兵士達の物だと思われる声や音を頼りに彼女は暗闇の中を疾走し、遅れたリンカードは下の通路を馬で転ばないように慎重に進みながら南を目指す。


「頼む、間に合って」




◇ ◇ ◇




 四半刻程してようやくエイネルは南区の騒動があると思われる場所に到着し、建物の上から見ると魔物の群れと人間の群れが広場で衝突していた。

 しかし殺伐として殺し合いなどではなく、魔物側が何かを抗議しているだけで血の臭いや悲鳴は聞こえてこない。


「ヘリカーを出せと言っている! 今日もまた被害が出たんだ、好い加減にコソコソ逃げるのを止めろ!」

「そんな妄言虚言のためにご多忙のヘリカー様が御出でになるわけがなかろう。聞き分けのない化物共め、さっさと帰れ。さもないとカルティネリアに報告するぞ!」

「出来るものならして見るが良い。お前らの嘘がばれるだけのこと」

「この……ええい、早く帰れ! こっちだって暇ではないのだ!」


 魔物の群れを連れている長と人間側の自警団長が互いに一歩も譲らず一定の距離を置いて睨み合い続け、後ろの魔物達が今にも襲い掛かりそうな剣幕で待機している。

 対する自警団側も堅牢な装備に身を包んでいるため応戦の構えを見せ、まさに一触即発。今この場で戦いが始まってしまっても不思議ではない。

 とりあえずデスゲートの配下である魔物が無暗やたらに人間達を襲っているのではないことを知ったエイネルは胸を撫で下ろし、安堵したが同時に僅かな不安を抱いた。

 いつからこのようないざこざが起こっているのかは知らないが、エイネルが魔王だった頃にこのような報告を受けたことはない。

 人形のように扱われてはいたが魔界と人間界問わず情報だけはしっかりとエイネルにも通っていて、最終的な判断だけをエイネルが全ての責任を負うためだけに下す必要があった。

 デストラ・デスゲートが勇者に殺されてから、デスゲートの魔物には徹底的に人間との無意味な争いを避けるように命令が下されたが、見るからに守られていない。


「今、貴様らの罪を認めると言うのなら、我々もこれ以上の言及をしないものとする! さあ、ヘリカーを出せ!」

「好い加減にしろ! ええい鬱陶しいことこの上なし、今この場でこの森の魔物を根絶やしにしてやろうか!」

「貴様ら脆弱な人間が我らを根絶やしだと? 面白いことを言うな、よもやそんな冗談を言える人間が自警団長を務めていようとは、部下はさぞ報われまい」

「このッ……やるぞ自警団! 目標は目の前の魔物共の首! 長を率先して殺せ!」

「本当にやる気の様だな、もう少し数を揃えて来た方がよかったか……後悔しても仕方ない。お前ら! 人間共を皆殺しにし――」

「そこまでだ! 双方、武器を収めろ!」


 上空から響いて来た声に反応して自警団と魔物達の動きが止まり、それぞれのリーダーの間へ割って入るように、エイネルは上空から飛び込んで着地した。

 暗闇で見られる心配は少ないが、松明の明かりもあるので人間達からは見えないように背中を向け、彼女は魔物達の長を睨み上げる。

 魔物からは常に魔力が自然と放出されており、エイネルのような上位の魔物や魔法を極めた人間はそれらの魔力に含まれる属性を調べることで、その魔物がどの魔王の軍門に下っているかが分かるのだ。

 目の前の魔物は明らかにデスゲートの配下。いきなり降りて来た少女に魔物の長は一瞬硬直したが、すぐに目の前の少女が何者なのかを理解して片膝を地面に付ける。


「ま、魔王様!? な、何故このようなところへ!」

「理由などはどうでも良い。名はなんだ」

「シルバル大森林デスゲート魔王軍所属、ゴディアスです。この度は魔王デスゲート様にお会いでき、真に光栄でございます!」

「魔王だと!? な、何を馬鹿なことを! 魔王がこんなところにいるわけがな――」

「お主ら人間にも忠告しておく。今すぐこの場を去れ、さもなければこの街を氷の中に沈めるぞ」


 目の前にいるのは見た目小さな少女、だが自警団は彼女から溢れる魔力と気迫から一歩二歩と後退り、自警団長が柄に掛かっていた手を離してエイネルを指差す。


「な、何のつもりか知らんが魔王なら自分の部下の管理ぐらいしっかりしておくが良い! どうせ虚実だろうが、命拾いしたな魔物共。自警団、一旦帰還するぞ!」


 自警団長の強がりが含まれた言葉と共に自警団は逃げるようにその場を離れて行き、静寂に包まれる中でエイネルはゴディアスの方に再び振り返った。

 人間界にいる限り生涯二度と会うことはできないだろうと思われていた自分達の頂点に立つ存在である魔王、彼女が突然現れたことで、自警団だけではなく魔物達も驚きを隠し切れていない。

 自警団が返って行った道とリンカードが向かっている道は同じ、恐らくすれ違うだろう。ならば自体が収束したことも恐らく察してくれるはずだ。


「重ね重ね申し訳ありませんが魔王様、なぜこのような、そもそも人間界にいるのですか?」

「それに関してはお主に言う必要はない。今私が知りたいのは先ほどの騒動の原因、ただそれだけだ。一旦拠点に戻るぞ、案内せよ」




◇ ◇ ◇




 トライセンターの南区からそれほど離れていない場所にある洞窟、かかり火が灯され、凸凹とした道を通り、エイネルは石で出来た椅子に腰掛ける。

 魔王見たさに遠巻きに下級の魔物が覗き込んでいるが、エイネルが視線を向けただけで蜘蛛の子を散らしたように逃げて行った。

 普段のエイネルならば自分から声を掛けたり笑顔で手を振っているところだが今はそう言う時ではない、彼女が今ここで背負っている責任と称号は彼らを遥かに凌駕する存在、魔王。

 人間との無意味な戦いをしないと言う禁を犯した可能性がある者たちの前で、現デスゲート魔王であるエイネルが甘い姿を見せるわけにはいかない。その辺は弁えている。

 武器を自室に持って帰ったゴディアスが戻って来ると改まってエイネルの対面の椅子に座り、凛とした表情で彼女のことを真っ向から捉え、値踏みするかのように見据えた。

 先ほどは流れ出るオーラから一瞬で魔王と分かったため、突然の訪問に驚いたゴディアスだが今は幾分か冷静さを取り戻したらしく、エイネルの幼い少女の姿を見てどこか彼女を軽く見ている節が見えなくもない。

 別の魔物が歪な形をしたコップに水を汲んで持って来るがエイネルは目線一つくれず、正面で未だに値踏みするようなゴディアスに対して軽く咳払いをしてから口を開く。


「先ほどの騒動、どう言う理由があるのか説明してもらおうか。ゴディアス」

「恐れながら魔王様、側近の方などはどちらに?」

「三度目はない。理由を説明しろ」

「は、はい! 私達は前魔王、デストラ様の配下でこの森を管理していた部隊です。魔王様のご命令通り、デストラ様が亡くなられてからは人をある程度受け入れて不干渉を貫いていました」

「父上の配下の将は皆勇猛で知略に溢れ、義と礼節を重んじると昔から聞かされていたがな。それで、不干渉を決め込んだのに何故人を脅かした」

「……狩りです」


 一般的に考えて『狩り』と言う単語は強者が弱者を捉え、時には殺すこと。誰もが『魔物』が『人間』を狩ると言葉の意味を取ってしまうだろう。

 しかし目を伏せたゴディアスはエイネルには見えない位置で拳を握り、奥歯を噛み締め、抑えていた感情が再び噴出した。


「奴らのトライセンターの自警団の高官は、森の魔物を『狩り』と称して何度も惨殺しているのです!」

「人間が魔物を狩る?」

「事の始まりは一年前、新たに赴任して来たヘリカーと言う人間がトライセンター南部と森との境界線辺りに警備を連れて来ました。最初は全員、また街の拡大の下見かと思ったのですが違いました。奴らは何の宣言も予告もなく仲間を攻撃し始めたのです!」

「なるほど、その後も惨殺が相次いだが相手ははぐらかして出てこないっと言うことか。被害はどれぐらいだ」

「既に仲間が37名殺されています。負傷者もその倍近くで、さすがに我々も堪忍袋の緒が切れてしまい、先ほどのような愚行を行ってしまいました。申し訳ありません」


 ゴディアスの言うことが本当ならたった一年で死傷者が100名を越えたと言うことになる。人と魔物は今でも殺し合うこともあるが、一方的な虐殺での数値だとしたらこれは余りに酷い。


「よい、むしろ一年も良く耐えてくれた。なるほど、事情は分かった。父上の配下の将は聞いた通り、耐え忍びを知る者達だな。私も誇らしい」

「魔王様……そのお言葉、ありがたく頂戴致します。ですが、奴らは聞く耳を持ちません。実力行使しか、もはや手が」

「自警団の者が言っていたな。『妄言虚言のために多忙のヘリカーを出すわけにはいかない』っと、妄言虚言と判断するかはさておき、魔王からの交渉をそんな小物が断るわけがない」

「まさか、魔王様がお力添えをして下さるのですか!? ですがこれは我々の問題、自分達で解決しなければ立つ瀬がありません」

「何を言うか。これがお主たちの問題なのなら、それはつまり魔王である私の問題でもある。遠慮はするな、この状況を変えて見せる。さて、紙と筆を持って参れ」

「ありがたき御慈悲、ここの者達を代表して、改めてお礼を申し上げます」

「父上は言っていた。仲間は家族のようなものだと。家族を助けるのは当然で、魔王が部下を助けるのは当然の責務。それに、魔王が出しゃばって何が悪い」


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