第九話 つぶては父に習いました いや、お父上は学者だよね!
「とにかくだ!」
何が、とにかくなのか分からないまま祥吾は言う
「どうして、俺の前に出た!」
その剣幕に、千草がひるむ
「旦那様が、危ないと思いましたので……」
「それで、おまえが危ない目にあってどうする!」
「旦那様に何かあってはなりません。私が身代わりになればその方がいいかと」
「いいわけないだろう!!」
その声は、祥吾自身が思うより激しいものになった
千草が、訳が分からないことを言われたように、
途方に暮れた表情になる
だが、祥吾の怒りは収まらない
「俺は、この自分を賭しても、お前を守りたい!
それが夫婦というものだろう!」
その言葉に千草の表情がすっと消えた。
「夫婦とは……」
千草は能面のような顔でぽつりと言葉を吐き出した
「そういうものなのでしょうか?
夫婦とは、お互いが、この身より相手の身を案ずる
そういうものなのでしょうか?」
千草の異様な佇まいに、気圧されながら祥吾は答えた
「いや、すべての夫婦がそういう訳ではないが」
「それでは、なぜ、旦那様は、そう思われるのですか?」
それは表情のない質問だった。
だが、祥吾には、震えるほどの切望が込められている気がした
「俺が、そうしたいからだ」
「旦那様が?」
「そ、そうだ、お、俺がお前を守りたいのだ」
それだけ言うのに、全身から汗が噴き出る
顔がほてっているのが分かる
見ると、千草の頬も赤く染まっている。
祥吾に見られているのが分かると、さらに赤くなり
顔を背けた
なんともいえない雰囲気に耐えかねた祥吾は
話を変えるように、気になっていたことを聞いた
「そういえば、さっき千草が獣に投げたのは何だったのだ?」
千草もほっとしたように答えた。
「礫でございます」
「つ、礫! そんなものどこで」
「川の石を投げつけました」
「いや、そうでなくて、そんな心得をどこで」
「子どもの頃、父に習いました」
「お父上は、学者ではなかったのか?」
「学者でございました」
きっぱりと答える千草を、疑わしそうに見る祥吾だった。




