第五十四話 はい! 父の教えです! やっぱりか!
その後、祥吾は納屋のど真ん中に鎮座するアズキゴンドラ二号の前に
きな子とステラを案内した。
「どうだ!」
祥吾は自信満々に胸を張り、手作り感あふれるその木箱を指し示した
だが、それを見たきな子とステラの目は、明らかに戸惑いを雄弁に語っていた
祥吾としてはその冷ややかな視線がすこぶる気になったが
真実の感想を聞くのが怖くて、あえて気づかないふりを決め込んだ
「あ、あのう……ショウゴさま。これは、何に使うものでしょうか?」
ステラが、得体の知れない不気味なもの見るかのように、恐る恐る尋ねてくる
「そうか、ステラは初めてだったな」
努めて明るく、何気ないことのように祥吾は答えた。
「これに乗って、空を移動するんだ」
「こ、この変な……い、いえ! この立派な箱が、空を飛ぶんですか!?」
「そうではない。これに乗って、巨大化したアズキに運んでもらうんだよ」
「アズキが、ですか……?」
ますます疑わしそうに、ステラは木箱見る
「大丈夫だよ、ステラお姉ちゃん!」
きな子が、不安げなステラを安心させようと元気に声をかけた。
「アズキはすごいんだよ! 大きくなっても
箱を壊さずにちゃんと掴んでいてくれるんだから!」
きな子本人はフォローのつもりらしいが、
その中に混ざっている決定的に怖い言葉に
本人が全く気がついていない
「今まで何度も乗っているから大丈夫だ。安心しろ」
祥吾が力強く太鼓判を押すが、それでもステラの怯えは消えない
無理もない。アズキゴンドラ二号のすぐ横で、
神爺が小さな杖で木板の接合部をペシペシ叩きながら、
真剣に各部を細かく点検しているからだ
「そ、そうだ! 今まで何度も飛んだという証拠に、
きな子が描いた森の地図を見せよう」
祥吾は嫌な空気を誤魔化すようにパンと手を打った
「地図、ですか?」
「うむ
地図と言うよりは、空から見た森全体の風景図だな」
そう言って、祥吾はステラときな子を書斎に連れて行った
神爺は納屋に残り、ぶつぶつと文句を言いながら二号の強度を調べている
「これが、きな子の描いた森の絵だ」
祥吾が自慢げに机一杯に広げた大きな紙
そこには、見る者の目を奪うほど緻密で美しい
広大な風景が描き出されていた。
魔の森と表現されてはいるが、
鳥瞰図としてきちんと見ると、
それはもはや木々に覆われた『一つの大陸』と言ってもいいほどだった
東西の真ん中付近から北へ向かっては、
うねるように厳しい高さの山脈が連なり、
北の端で緩やかに低くなりながら、さらに北の大地へと繋がっている
その山脈は南に向かってもなだらかに下っており、
南北の丁度真ん中付近で平地となり、そのまま南の端まで続いていた
山脈の頂にはうっすらと雪が積もり、
その下部からは幾筋もの川と思われる水流が生まれ、
一部は大きな落差を持って滝となって流れ落ちている。
木々に覆われている部分は、森の名称から想像するほど多くはなく、
平地、野原、小高い丘、豊かな川、広大な湖などが随所に存在し、
それは『魔の森』という恐ろしい名称には到底そぐわない、
豊かな表情を見せていた。
「これが……魔の森?」
あまりに意外で雄大な真の姿に、ステラは茫然とつぶやいた。
「すごいだろう」
「すごいです! 魔の森の中がこんなに豊かになっているだなんて、
今まで誰も知らないと思います!」
「えっ、そっちか。きな子の絵の腕前はどうだ?」
てっきり絵の才能を驚かれると思っていた祥吾は、
期待していた賞賛と少しズレていたことにがっかりし、
あからさまに誘導するように再度聞いた。
「え? ……あ、これをきな子が描いたのですか!?」
「ああ。何度か空から森を見てもらって、記憶を頼りに描いてもらったんだ」
「すごく綺麗な絵ですね! きな子って、こんなに絵が上手だったんだね」
ステラは心底驚いたように、きな子に向かって素直な賞賛の目を向けた。
きな子は少し恥ずかしそうに、けれど誇らしげに「えへへ」と笑った
その小さな頭を、祥吾が優しく撫でると、きな子の笑顔はさらに輝いた
「それでだ、この屋敷がある現在地が、ここだ」
祥吾が指さしたのは、地図のずっと下部、南の位置になる部分
二段の滝から流れる川から、少し離れた場所だった。
それは、エルフの集落があるであろう森の南の端からは途方もなく遠く、
また屋敷の周りは地図上でも一番木々の密度が深い場所だった
ここから南の端はもちろん、東西の端の外界に至るまでは、
とても人間の足で徒歩で踏破できそうな距離でも、
生易しい環境でもないことが一目で分かった
「こんな、奥深いところに……!」
ステラは、その絶望的な距離と環境の厳しさに息を呑む。
「分かったか? だからこそ、アズキゴンドラ二号の飛動力が必要なのだ!」
ここぞとばかりに胸を張ったが、
傍らできな子が不思議そうに首をかしげた
「ちち、この前は、床の板を踏み抜いてたけど――」
「き、きな子くん! 何のことを言っているのかな?」
祥吾は凄まじい速度で、きな子の口を優しく手でふさいだ
祥吾の額からは、滝のような冷や汗が一筋、タラーッと流れ落ちる
ステラの顔が完全に引きつっている
――そんなこんなで、無事(?)にアズキゴンドラ二号での出発は決定した
今度は逆に、ステラから目的地である都市メルフィアの位置や、
都市内の様子を詳しく聞いていくことになった。
特に主要な施設の位置、中でも商業ギルド関係の場所、
そして都市の門の配置やなどを、
祥吾と千草がメモを取りながら事細かく確認していった
その中でも、千草の確認事項は異常なほど細かく、かつ実践的だった。
門が閉まった時の脱出方法があるか、
都市に潜伏する場所や手段があるか
その澱みない質問の連続に、祥吾は感心して言った。
「なんだか、敵の都市に潜入するスパイのようだな。……まさか、これも――」
「はい! 父の教えです!」
「やっぱりか!」
きっぱりと言い切る千草は、さらにとんでもないことを口走る
「父にはこう言われました
金銭の持ち合わせがない時は、
店の位置、出入り口の構造、そして店員の動きには、最大の配慮を払えと」
「…………」
(それって、まさか……食い逃げ、あるいは泥棒の極意では……?)
祥吾は、その先の危ない思考へ進みそうになるのを、無理やり力技で押し止めるのだった。




