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第五十五話 いや、だからといって千草に実際に食べさせる必要はなかったのではないか、義父上

「ステラお姉ちゃん、見て! もうおうちがあんなに小さくなってるよ!」


アズキゴンドラ二号にきな子の弾むような歓声が軽やかに響き渡った

足元の覗き窓からは、深い緑の絨毯のような森と

その中にぽつんと取り残された豆粒のような屋敷が見える

祥吾や千草、そして神爺は、

すっかり空の旅に慣れてはしゃぐきな子の姿を微笑ましく見守っていた


だが、ただ一人

呼びかけられたステラだけは、

ゴンドラの隅の床にへばりつくようにうずくまり

ガタガタと小刻みに震えていた。


「ステラね――」

振り返って言いかけたきな子は

ステラの異様な様子に言葉を止め、不思議そうに小首をかしげた。

トコトコと揺れる床を平然と歩いてステラに近づき

その丸まった背中から覗き込む。


「どうしたの? ステラお姉ちゃん?」

きな子が心配そうにその肩に小さな手を置いた

その瞬間

ビクッ!!

ステラは感電したように身体を震わせると

ものすごい勢いで振り返り、ガシッと両手できな子の両腕を掴んだ。


「ど、どうしてきな子は平気なの!?」

「え? 何が?」

「この状況よ! この異常な状況よ!!」

ステラは涙目でアズキゴンドラ二号の外――見渡す限りの空と遥か下の大地を指さした


「いいお天気だよ?」

「そうじゃなくて! こんなに高いところを飛ぶなんて、一言も聞いてないわ!」

ステラの切実な叫びに

祥吾が目を丸くして聞き返した。

「この前、きな子が描いた森の地図を見たばかりだろう?

 あれだけ広大な森の全体図は、

 これぐらいの高さまで上がらないと見渡せないし、描けないぞ」


「そんなこと、言われなきゃ分かりませんよ!!」


ステラは叫んだ。

この数ヶ月、神様やその御遣いと思い込んでいる祥吾たちと過ごしたことで

緊張が解けていたせいか

それとも、単に高度による恐怖でそれどころではなかったからか

普段は恐れ多くて丁寧な言葉でしか話せない祥吾に向かって

ステラは半ば怒鳴るように言い返してきた


「そ、そうなのか? てっきり分かっているものだと……」

思わぬ剣幕に祥吾がたじろいだ瞬間、ステラはハッと我に返った。


サーッと血の気を引かせたステラは

空飛ぶゴンドラの揺れる床の上で

あわてて完璧な土下座の体勢に入ろうとした。


「落ち着いて、ステラさん」

それを、千草がふわりと優しく両手で受け止め、制した

「旦那様は、そのようなことで怒ったりするような

 狭量なお方ではありませんよ」

千草は震えるステラの手をとり

自分の膝の上でトントンと軽く

宥めるように叩きながら言った


「それに、この乗り物が万が一

 空中でバラバラに壊れたとしても

 アズキがなんとか拾ってくれますから。……ね?

 大丈夫ですよ」


その物言いは製作者としていかがなものかと

思わないでもない祥吾だったが

千草の言葉に、ステラが目に見えてホッと肩の力を抜いて落ち着いたので

ここはぐっと飲み込んでよしとした


落ち着きを取り戻し、ゆっくりと立ち上がったステラに

祥吾は広げた地図を指差しながら、これからの作戦を説明し始めた


「今まで俺たちは

 この魔の森の南の端――つまり外界との境界線までしか飛んだことがなかった

 だが今日は、ステラが住んでいたというメルフィアの町を中心に

 人間の住む南の大地をある程度広く飛んで偵察しようと考えている」


「森の端に降りて、そこから隠れて歩くのではないのですか?」

ステラが不思議そうに尋ねる

「最初は俺もそのつもりだったんだが

 いかんせん森の端から町まで、人間の足では距離がありすぎるからな

 日帰りでは到底無理だ」


そう言う祥吾に、横から千草が少し不服そうに口を挟んだ。

「旦那様。私は以前から、野宿は平気ですと申し上げておりますのに……」

「分かっている

 お父上と一緒に、過酷な野宿は散々体験してきているのだろう?」

「ええ。野営地を襲う魔獣の群れを追い払うくらいなら、造作も――」

「頼もしいが、今回は結構だ」

なおも野宿自慢を言いつのろうとする千草を

祥吾は苦笑しながら手を上げて止めた。


「野宿を避けるということもあるが

 この際、空から南の大陸の地形がどうなっているかを

 広範囲に確認しておきたいということもある」

「なぜでしょうか?」

「ステラから、メルフィアと王都ソラディアという二つの町の話は聞いた

 だが、その正確な位置関係や距離、周囲の街道

 それ以外の隠れた村や砦があるのかどうか

 それらを事前に知っておけば

 地上でなんらかのアクシデントがあったとしても対処しやすいからな」


祥吾は遠くの地平線を見据え

かつて軍で叩き込まれた鉄則を誇らしげに口にした

「『敵を知り己を知れば、百戦危うからず』だ」


その説明に、千草も「なるほど」と納得し、ポンと手を打った

「素晴らしいですわ、旦那様!

 実は父も、よく似たことを言っておりました!」

「ほう、どのような教えだ?」

「はい、『敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

だが植物相手なら、己のことなど忘れて植物を知れ』

と申しておりました。」

「……お義父上らしいな」

「『人間はこちらが間違えれば教えてくれるが、毒草は黙って殺しにくる 』

 とも申しておりました。」

「なるほど……それは確かに命懸けだ。」

祥吾は感心しかけたが、ふと思い直した

(いや、だからといって千草に実際に食べさせる必要はなかったのではないか、義父上)

祥吾は遠い目をしつつ、次の言葉をぐっと飲み込んだ

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