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第五十三話 俺は同じ轍(てつ)は二度と踏まん! 踏んどるだろうが!

「ショウゴさま、チグサさま

 ……いちど、町へ戻っても、よろしいでしょうか」


すっかり流暢になった日本語での、突然の申し出に驚く祥吾

「町へ? それは構わないが……どうしてだ?」

理由を尋ねると、ステラはぎゅっと着物の裾を握りしめた

「……親方の、様子を見に行きたいのです」


ステラの話によれば、人間の町で商売をするには

商業ギルドと呼ばれる組合に申請し

所属しなければならないという


ステラの親方であるバルドは

彼女が女であること

さらには迫害の対象である獣人との混血であることを承知の上で

あえてそれを隠し、見習いとして雇い入れてくれていたのだ


だが、エルフの集落で

怒りに我を忘れ、ステラが激昂して獣人の姿を晒したという事実は

同行していた他の商人たちの口を通して

確実にギルドに知れ渡ってしまっているはずだ


「私が獣人だとバレたことで……

 私を匿い、ギルドに偽証して雇っていた親方は

 厳しい追及を受けているはずです

 私のせいで、親方が困った立場に追い込まれていないか

 それが、どうしても心配で……」


伏せられたステラの目から、恩人を案じる深い苦悩が滲み出ている

「なるほど。それは確かに、恩人としては捨て置けないな……」

祥吾は腕を組み、顎に手を当てて深く頷いた。


「それに……」

ステラは、さらにとても言いにくそうに、視線を泳がせながら付け加えた。

「親方は、そのう……

 あの、とても、その……もめ事の多い方、なので……はい」


ステラのその言葉の濁し方と、困り果てた表情から

祥吾の脳内には、かつて軍にいた頑固で、不器用で、口が悪く

常に喧嘩腰の者たちの顔が、非常に鮮明に浮かび上がってきた


正直なところ、積極的に関わり合いになりたいタイプの人物ではなさそうだったが

考え込む祥吾に、慌てたようにステラが付け足す

「親方は口は悪いですが、優しい人なんです!

 あたしの境遇を知ってるのに、雇ってくれる人なんて他にいませんでした!」


ステラの命を繋ぎ、結果的にこの屋敷へ導くきっかけをくれた恩人ともなれば

見捨てるわけにはいかない


「よし、分かった。町へ行こう」

祥吾は力強く立ち上がる


その言葉に、ステラはバッと顔を上げ、激しく首を振った

「い、いえ! とんでもありません!

 これ以上のご迷惑をおかけするわけには!

  あたし一人で行きます!」

だが、祥吾は落ち着き払って首を横に振った。

「いや、だめだ

 第一、ステラ、お前はここが、森のどの辺りにあるか分かっているのか?」

「うっ……」


図星を突かれ、ぐっと言葉に詰まるステラ

そこに、千草が決定的な追い打ちをかけた

「そうですわよ、ステラさん

 それにあなた、方角がまるで分からないではありませんか」

「どういうことだ?」

祥吾が尋ねると、千草は困ったように微笑んだ

「旦那様もご存じのように

 最近は何度か一緒に森へ植物採集に出かけておりますが……

 ステラさんは、毎回必ず見当違いの方向へ歩いていって

 迷子になるのです」


ピタッ、と居間の空気が止まる

祥吾がステラを見ると

ステラは顔を真っ赤にして、身を縮めながら、サッと目を逸らした

獣人の優れた身体能力と、方向感覚は全くの別物らしい


「よし! ここはアズキゴンドラ二号の出番だな!」

祥吾が意気揚々と宣言した瞬間


「ブホォッ!!?」


我関せずとばかりに、のんびり湯呑みを傾けていた神爺が、盛大にお茶を噴き出した。


「やめろ馬鹿者! 性懲りもなく、また、あれを使う気か!」

必死に抗議する神爺の声を無視し、祥吾は意気揚々と胸を張った


「心配するな神爺! 俺は同じてつは二度と踏まん!」


「……同じ、てつ?」

聞き慣れない言葉に、千草がきょとんと小首を傾げる。

「踏んどるだろうが!」

神爺は祥吾の胸元からよじ登ると、持っている小さな杖で

ペシペシと祥吾の頭を叩き始めた。

「こら、叩くな! 今回は板も頑丈なものにしたし、釘を増やしたんだ!」

「板や釘の問題ではないわ! 根本的な設計のセンスの話じゃ!!」


ステラときな子は

一体何が「二号」なのか

なぜ神様が蝉のように張り付いて杖で叩いているのか

全く訳が分からないまま

突如として始まった、祥吾と神爺のじゃれ合いを

ただ呆然と見つめていた

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