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塩対応の幼なじみ、実は俺の黒歴史配信の限界オタクでした  作者: 宮城マコ
第四部 私自身のスポットライト
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第70話 限界オタクの誤解(私がいなくても)

「……ただいま」


 誰もいない部屋に向かってそう呟き、私はベッドの上に力なく倒れ込んだ。

 瀬名さんとのタイアップ撮影を終え、心身ともにクタクタだった。

 カメラの前で表情を作ることには、少しずつ慣れてきた。スタッフさんにも褒められるようになったし、ブランドのSNSアカウントでもメイキング動画が先行して公開され、大きな反響を呼んでいるらしい。


(……疲れた)


 私はベッドにうつ伏せになったまま、スマホの画面をタップし、メッセージアプリのトーク画面を開いた。


『今日の撮影、無事に終わったよ。湊もレッスンお疲れ様』


 私が送ったそのメッセージに、数分後、湊から返信が来た。


『お疲れ。メイキングの動画見たよ。いい感じに撮れてたじゃん』


 いつも通りの、短い返事。

 私が心のどこかで期待していた言葉は、ひとつもなかった。


(…………そっか。……そうだよね)


 私はスマホの画面を伏せ、深く息を吐き出した。

 湊は、私が瀬名さんと楽しそうに笑い合っている動画を見ても、怒りもしなければ、拗ねることもなかった。

 私が仕事で頑張っていることを、ただ純粋に認め、「いい感じだった」と背中を押してくれた。

 それは、私の新しい挑戦を理解し、尊重してくれる、完璧な彼氏としての対応だ。


 もちろん、本気で怒られたいわけじゃない。

 仕事相手に嫉妬して、モデルの仕事をやめろなんて言ってほしいわけでもない。

 でも――。


(少しくらい……寂しいって、思ってほしかったな)


 私が、自分の知らない場所へ行くことを。

 自分以外の誰かと、新しい時間を積み重ねていくことを。

 ほんの少しだけでも、惜しんでほしかった。


(……湊が私のことを愛してくれていることは、わかってる)


 配信でアンチの言葉に傷ついた時も。

 事務所の大人たちから、私を活動の外へ置く条件を提示された時も。

 湊は何度も、私が必要だと、私と一緒にいたいと証明してくれた。

 あの不器用で真っ直ぐな彼が、私のことを適当に扱ったり、心変わりしたりするような人じゃないことくらい、私が一番よく知っている。


(……でも)


 胸の奥で、ドロドロとした黒い不安が、静かに渦を巻き始めていた。


(好きって気持ちだけで……隣にいる理由になるの?)


 私はこれまでずっと、湊にとって『必要な人間』でありたかった。

 一番近くで湊の音を聴いて。

 配信の準備を手伝って、アンチから守って。

 誰よりも早く、湊の異変に気づく。

 『最古参ファン』であり、『専属マネージャー』であり、『湊の音の理由』であること。

 その『役割』を果たすことこそが、私が湊の隣にいるための『資格』なのだと、どこかでずっと思っていた。


 けれど今、状況は少しずつ変わってきている。

 私が撮影で顔を出せない日でも、湊は自分で事務所のレッスン課題をこなしている。

 配信関係の確認だって、私がその場にいなければ、事務所のスタッフさんと相談しながら進められるようになった。

 バンドだって、翔太くんや澪と一緒に、自分たちで考えて前へ進んでいる。


 私がいなくても、湊はちゃんと歩いていける。

 それは、喜ぶべきことだった。

 少し前まで、ギターを辞めようとしていた湊が。

 人前に出ることを避けていた湊が。

 今は、自分の足で新しい世界へ進んでいる。

 本来なら、一番近くで応援してきた私にとって、これ以上ないほど嬉しいことのはずなのに。


(湊は、私が自分の知らない世界へ行くことを、こんなに自然に受け入れられるんだ)


 胸の奥が、ちくりと痛んだ。

 湊も成長している。

 そして私も、湊の隣だけではない場所へ、一人で歩き始めている。

 それはきっと、互いにとって正しい変化なのだ。


(でも……私が“必要だから”隣にいるんじゃなくなったら)


 私は、スマホの黒い画面に映る自分の顔を見つめた。


(私は、何を理由にして……湊の隣にいればいいの?)


 『最古参ファン』でも。

 『専属マネージャー』でも。

 『湊の音の理由』でもない。

 ただの『氷室雪乃』になった時――。

 それでも私は、湊の隣にいていいのだろうか。


(……湊が私を必要としなくなることと、湊が私を好きじゃなくなることは、同じじゃない)


 そんなこと、頭ではわかっている。

 湊は、私がマネージャーとして何もできなくなったからといって、私を捨てるような人じゃない。

 わかっている。

 わかっている……はずなのに。


(……怖い)


 私は膝を抱え込み、ギュッと身体を小さくした。

 必要とされなくなった私に、愛される価値があるのだろうか。

 そんなことは、湊に聞けばいい。


『私が何の役にも立てなくなっても、隣にいていい?』


 そう聞けば、きっと湊は呆れた顔をしながら、「当たり前だろ」と言ってくれる。

 その答えまで、ちゃんと想像できるはずなのに――。


(……聞けない)


 答えを疑っている訳じゃない。

 その言葉を聞かなければ安心できない自分自身が、たまらなく怖かった。


 湊が音楽の世界で自立していくこと。

 私自身のモデルとしての仕事が、少しずつ形になっていくこと。

 二人がそれぞれ別の場所で、新しい世界を広げていくこと。

 全部、嬉しいことのはずなのに。


(……私、どうしたらいいの)


 誰にも言えない本音を抱えたまま、私は暗くなったスマホの画面へ額を押しつけた。

 ほんの少し前まで、あんなに近かったはずの湊が。

 今夜だけは、ひどく遠く感じられた。

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