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塩対応の幼なじみ、実は俺の黒歴史配信の限界オタクでした  作者: 宮城マコ
第四部 私自身のスポットライト
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第66話 笑顔の源泉と、次の課題

「氷室さん、もう少しだけ照明の調整入るから、そのままセットで待っててね」

「……はい」


 休憩が終わり、再びスタジオの中央に立った私に、スタッフさんが声をかけた。

 周囲では、アシスタントの人たちがレフ板の角度を変えたり、照明の位置を微調整したりと忙しなく動いている。


 私は、一人ぽつんとカメラの前に立ち尽くしていた。


『どうしてずっと、自分を見せないための顔を選んでるの?』


 カメラマンの女性から指摘された言葉が、まだ胸の奥で重く渦巻いていた。

 私は無意識のうちに、ポケットに入っていたスマホを取り出し、ワイヤレスイヤホンを片耳だけそっと装着した。


 心を落ち着かせるために、お守りのように再生するのは、スマホにローカル保存している『Kanato』の弾き語り音源。

 ――静かで、不器用で、けれど真っ直ぐなギターの旋律。

 イヤホン越しに湊の音が流れ込んでくると、ガチガチに強張っていた肩の力が、不思議とスゥッと抜けていくのがわかった。


 私のために、この音を弾いてくれている、大好きな幼なじみ。

 その不器用なタコ指を思い浮かべた瞬間。気付けば頬が自然と緩み、私の胸の奥から、愛おしさと尊さが入り混じった温かい感情がふわりと湧き上がってきた。


(……湊)


 ――カシャッ。

 不意に、正面からシャッターが切られる音がした。


 ハッとして顔を上げると、カメラマンが、光量の確認のために構えていたカメラのファインダーから目を離し、モニターをジッと見つめていた。


「……うん」


 彼女は小さく頷き、私の方へ歩み寄ってきた。


「ごめん、表情が変わったから反射的に切っちゃった。今のカットは使わないから安心して。……でも、すごくいい表情だった」

「えっ……」

「今、どんなことを考えてた?」


 カメラマンは、私の目を真っ直ぐに見据えて、静かに問いかけた。


「あ……」


 私は慌てて片耳のイヤホンを外し、スマホの再生を止めた。


「……す、好きな人の、ギターの音を聴いてました」

「そう。とても柔らかくて、引き込まれる顔をしてたわ。さっきのレンズを警戒しているような目じゃなかった」


 彼女は、モニターに映った私の顔を指差した。


「その感情を、もう一度、カメラの向こうへ向けられる?」


 私は、ゴクリと息を飲んだ。


「……やってみます」


 私はスマホとイヤホンをスタッフさんに預け、再びセットの中央に立った。

 大きく息を吸い込み、先ほどと同じように湊のことを思い浮かべようとする。


 ――しかし。

 いざ『見られている』と意識してしまうと、無意識のうちに防衛本能が働き、顔の筋肉がピシッとこわばってしまう。

 湊の音なしでは、どうしてもさっきのように自然に感情を解き放つことができない。


(……出てこない)


 さっきは、何も考えなくても勝手に頬が緩んだ。

 同じ顔を求められているはずなのに、意識した途端どうすればいいのか分からなくなる。


(湊の音が流れてたから、できただけ……?)


 そう思った瞬間、焦りが胸を締めつけた。

 結局、あの一枚も偶然だったのだろうか。

 自分で表現したわけではなく、湊の音に反応した顔を、たまたま撮ってもらっただけなのだろうか。

 そんな考えが浮かぶほど、また頬へ力が入っていった。


『お前自身を見て、声をかけられたんだろ』


 湊の言葉が、不意に蘇った。

 私は、もう一度レンズを見る。

 そこに、湊がいるわけじゃない。

 今日初めて会ったスタッフさんやこの写真をいつか目にする、名前も知らない誰かがいる。


(……隠すんじゃない)


 湊を思うと、胸の奥が温かくなる。

 嬉しくて、少し恥ずかしくて、それでもどうしようもなく大切だと思う。

 その気持ちは、湊がいなければ存在しないものじゃない。


(今はもう、ちゃんと私の中にあるそれを、届ければいい)


 誰かへ手渡すように、胸の奥に閉じ込めていた感情を、少しだけ外へ向ける。


 ――カシャッ。

 一枚。


 ――カシャッ。

 もう一枚。


 シャッターが切られるたび、不思議とレンズへの怖さが薄れていった。


「……オッケー。お疲れ様、氷室さん」


 カメラマンが、カメラを下ろしてふうっと息を吐いた。

 私は張り詰めていた息を吐き出し、少し不安な気持ちでモニターを覗き込んだ。


「さっきの一枚に比べると、まだ少し硬いかな」


 彼女はモニターを見ながら、冷静に言った。


「完全に同じ表情を出せたわけじゃない」

「……はい」

「でも、この最後の一枚は違う」


 画面には、少し照れたように目元を緩め、レンズの向こうへ何かを届けようとしている私がいた。


 学校で作っているクールな顔とも。

 湊を前にして、勝手に崩れてしまう顔とも違う。

 自分でも知らなかった表情だった。


「きっかけは、彼の音だったと思う」


 カメラマンが言う。


「でも最後は、あなた自身が選んでカメラへ向けた……違うかしら? それは偶然だけじゃないはずよ」

「……」

「ただ、仕事なら求められた時に何度でもそれを出さなきゃいけない」


 彼女が私を見る。


「次も、できる?」


 すぐには答えられなかった。

 同じことをもう一度やれと言われても、自信はない。

 さっきの一枚が、どこまで自分の力だったのかも、まだ分からない。


「……わかりません」


 正直に答え、もう一度モニターを見る。

 写真の中の私は、知らない誰かへ向けて笑っていた。

 それを見ていると、胸の奥が妙に熱くなる。


「でも、できるようになりたいです」


 彼女は、満足そうに頷いた。


「なら、それがあなたの次の課題ね」


***


 撮影を終え、一人で駅へ向かう。

 今日まで、カメラを向けられることなんて、自分とは無縁だと思っていた。

 自分の中にあるものを形にして、それが一枚の写真として残る。

 しかも、その写真をいつか知らない誰かが見る。

 そう考えると、不思議と胸が高鳴った。


(……もう一回、やってみたい)


 湊の隣にいることしか知らなかった頃の私には、きっと気づけなかった感情だろう。


 夕暮れの駅へ向かいながら。

 私は初めて、自分のためにそう思った。

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