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塩対応の幼なじみ、実は俺の黒歴史配信の限界オタクでした  作者: 宮城マコ
第四部 私自身のスポットライト
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第65話 初めての撮影現場と、動かない表情

 週末。 都内にあるハウススタジオ。

 ヘアメイクとスタイリストの手によって、私は新作のブレザーとチェックスカートに着替え、ふんわりとしたナチュラルなメイクを施されていた。


「氷室さん、準備できたらカメラの前へどうぞー」


 スタッフさんに呼ばれ、私はスタジオの中央――白く張られた背景紙の上に立った。

 たくさんの照明機材。レフ板。そして、私を真っ直ぐに見据えるカメラのレンズと、数人の大人たち。


「それじゃあ、まずはテスト撮影から。氷室さん、カメラ見て」


 女性カメラマンの声に合わせ、私は背筋を伸ばし、スッとレンズを見つめた。

 学校で『氷の女王』として振る舞う時の、凛とした表情。誰にも隙を見せない、完璧に制御された私自身の立ち姿。


 ――カシャッ。

 ストロボが光り、モニターに最初の一枚が表示される。

 近くで衣装を整えていたスタッフの手が、ほんの一瞬だけ止まった。


「……画面に入ると、強いね」


 企画担当者が、小さく呟く。

 ただ立ってレンズを見ただけの一枚に、何か目を引くものがあるらしいことは分かった。


「やっぱり、静かな表情はすごく映えるね」


 カメラマンはモニターを見ながら頷いた。


「姿勢も視線も強い。何もしなくても、一枚の画として成立する」


 褒められたはずなのに、彼女はそこで言葉を切った。


「でも、広告は綺麗な肖像を撮る訳じゃない。この制服を着たら、どんな時間を過ごせるのか。見る人に想像してもらう必要があるの」


 私はハッとして、身を固くした。


「今回ほしいのは、放課後に好きなライブへ向かう高校生の顔」


 カメラマンは撮影資料の一枚を指した。


「制服を着ていることを忘れるくらい、これから始まる時間を楽しみにしている。そんな高揚感を写したいの」

「高揚感……」

「そう。ポーズを決めるんじゃなくて、今から好きな音楽を聴きに行くつもりで少し動いてみようか」


 カシャッ、カシャッ、とテンポ良くシャッターが切られ始める。

 私は言われた通りに、高揚感を表現しようと動きをつけてみたのだが。


「氷室さん、顎をほんの少し上げよう」

「はい」

「そう。次は肩の力を抜いて」


 言われたとおりに肩を下げると、今度は両手の置き場所が分からなくなった。


「右手だけポケットへ。指先は力を入れすぎないで」

「……こうですか」

「形はいい。でも今度は、ポーズを取ることに意識が全部いってる。目線まで固くなってるよ」


 ……ダメだ。何もかもが、上手くいかない。

 言われた箇所へ意識を向けるたび、身体の別の場所が動かなくなる。

 顎、肩、指先、視線。

 一つずつなら制御できるはずなのに、すべてを同時に求められた瞬間、身体が私のものではなくなったような錯覚に陥る。


(……どうして?)


 学校では、どんな顔をすればいいのか迷ったことなどない。

 隙を見せず、背筋を伸ばし、近寄りがたい表情を崩さない。

 困ったことがあっても、いつもと同じその形へ戻れば、それで済んでいた。

 けれど今、求められているのは、決められた一つの顔ではない。

 その場に合わせて、自分の感情を変化させることだった。


「じゃあ、一度ポーズのことは忘れようか」


 カメラマンが少し声を柔らかくした。


「放課後、ずっと楽しみにしていた曲がイヤホンから流れてきた。そんな瞬間を想像してみて」

「……はい」

「その時の気持ちを、顔に出してみようか」


 カメラマンからの要求に、私の顔の筋肉はピシッと完全にフリーズしてしまった。


(求められているのは、自然な笑顔……)


 もちろん笑ったことがないわけではない。

 でも、他人の前では、見せる感情を選んできた。

 澪の前で気を抜くことはあっても、何も考えずに心を開くことはない。


 湊の前だけが例外だった。

 湊のギターを聴いた時。

 湊が不意に優しい言葉をくれた時。

 彼の前なら、止めようとしても勝手に表情が崩れる。


 けれど今は、知らない大人たちと、無機質なレンズが私を見ている。

 求められた瞬間に、必要な感情だけを取り出して表に出す方法なんて、分からなかった。


「……氷室さん?」


 カメラマンがカメラから顔を上げた。


「一度、力を抜こうか。無理に笑おうとしなくていいから」


 そう言われても、強張った頬は元へ戻らなかった。

 何枚シャッターを切られても、モニターに映し出されるのは、綺麗に着飾った、冷たくて感情のないただの人形のようだった。


「……そろそろ一度、休憩にしようか」


 カメラマンの声は、決して怒っているわけではなく、優しかった。

 だからこそ、自分の不甲斐なさが余計に胸へ深く刺さった。


「……すみません」


 浅くなっていた息を整えながら頭を下げ、私はスタジオの端の椅子へ向かった。

 まるで逃げるように歩いている、そんな自覚があった。

 カメラマンの女性が、ミネラルウォーターのペットボトルを持って、私の隣にやってくる。


「お疲れ様。……緊張してる?」

「いえ……その、どう笑えばいいのか、わからなくて」


 私がペットボトルを受け取りながら俯くと、彼女は私の横顔を静かに見つめた。


「氷室さん、カメラを向けると、必ず同じ顔に戻るよね」

「……同じ顔?」

「顎も、目線も、口元も。失敗しないための位置へ戻ろうとしてるみたい」


 彼女は責めるでもなく、確認するように言った。


「カメラに見られるのが怖い?」

「怖いわけでは……」

「じゃあ、どうしてずっと、自分を見せないための顔を選んでるの?」


 その質問に、私は答えられなかった。

 隙を見せないこと。

 誰にも踏み込ませないこと。

 それが、自分を守るための、一番正しい方法だと思っていた。


 けれど、レンズの前で同じ顔を繰り返す自分を思い出す。

 もしかすると私は、カメラを拒んでいたのではない。

 カメラの向こうへ、自分を見せることを拒んでいたのかもしれない。


 その考えに触れた瞬間、胸の奥がひどく苦しくなった。

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