第56話 返答の日。集まる仲間たち
都内にある大手音楽事務所の小会議室。
無機質で清潔感のあるその空間には、息の詰まるような重苦しい沈黙が漂っていた。
長方形のテーブルの奥には、佐々木マネージャーと星乃奏が座っている。
そして手前側には、俺を中心に、雪乃、翔太、澪が並んで腰を下ろしていた。
正式に育成プロジェクトへ参加するとなれば、改めて保護者への説明と同意が必要になる。
今日の目的は、その前段階となる俺自身の意向確認だった。
その場に翔太たちが同席しているのは、俺が佐々木さんへ頼んだからだ。
『返事をする前に、俺が今、誰とどんな音楽をやっているのかを改めて知ってほしい』
佐々木さんはその希望を受け入れ、現在の活動メンバーからも意見を聞く場を設けてくれたのだ。
「……影山くん。そろそろ、君の考えを聞かせてもらえるかな」
静寂を破り、佐々木さんが穏やかな、けれどプロとして真剣な声で問いかけてきた。
全員の視線が、一斉に俺へと集まる。
俺は小さく息を吸い込み、佐々木さんを真っ直ぐに見返した。
「答える前に、一人だけ、先に話をさせてもらってもいいですか」
「構わないよ」
俺が隣へ目を向けると、翔太が椅子を引いて立ち上がった。
ここへ来る前、翔太から頼まれていた。
『お前が答えを出す前に、俺にも一言だけ言わせてくれ』
普段なら勢いだけで話し始める男が、今日は珍しく、言葉を選ぶように一度息を整える。
「佐々木さん、お時間をもらってすみません。影山に、先に伝えておきたいことがあります」
翔太は、いつものような軽い笑みを消し、俺を真っ直ぐに見た。
「この数日、自分の歌を何度も録り直した。音程、息の使い方、声の安定。足りねえところを、一つずつ書き出した」
握った拳を、膝の横で震わせる。
「ボイトレの体験にも申し込んだ。今の歌唱技術じゃ、奏には届かないってことも、嫌ってほど分かってる」
翔太は一瞬だけ奏へ目を向けた。
悔しさは消えていない。
それでも、その視線を逸らすことはなかった。
「だから、俺は追いつく。お前の隣に立っても、誰にも文句を言わせねえボーカルになる」
「陽向……」
「でも、それとお前の進路は別だ」
翔太は一度だけ大きく息を吸い込み、無理やり口角を上げて笑ってみせた。
「お前がプロへ行きたいって決めたなら、俺は邪魔しねえ。たぶん死ぬほど悔しいし、笑って送り出せる自信もねえけど」
胸の前で、拳を突き出す。
「離れたくらいで、相棒をやめるつもりはねえ。俺は俺で追いかける」
その目には、迷いがなかった。
「だから俺たちに気を遣って、やりたいことを諦めるな。お前自身の答えを言えよ、相棒」
俺は、突き出されたその拳を見つめ、静かに頷いた。
澪が、呆れたように小さく息を吐きながらも、その瞳にどこか誇らしげな色を浮かべて翔太を見上げているのがわかった。
「……私も」
翔太が座ると同時に入れ替わるように、逆の隣に座っていた雪乃が静かに口を開いた。
「私も、湊がどんな答えを出しても、最後まで聞くわ」
雪乃は、佐々木さんや奏から視線を外し、ただ真っ直ぐに前を向いていた。
「今度は、途中で逃げたりしない」
先日、俺が本音をぶつけた時、逃げるように裏庭から去ってしまった彼女。
今は俺としっかり目を合わせ、その表情も、声も、いつもの氷の女王そのものだった。
……けれど、机の下では。
スカートの上に置かれた両手が、ギュッと固く握りしめられ、微かに、しかし確かに震え続けていた。
(……本当に、バカな奴らだ)
俺は、翔太と雪乃を交互に見やり、心の中で小さく毒づいた。
翔太は、離れることになっても追いつくと言った。
雪乃は、震えながらも俺の答えを最後まで聞くと言った。
二人とも、自分の気持ちをなかったことにしているわけではない。
悔しさも、不安も抱えたまま、それでも最後は俺の意思を尊重しようとしている。
だからこそ、俺も中途半端な答えを返すわけにはいかなかった。
(こいつらのどちらかが消えることを、最初から当然の条件にされたまま受け入れるつもりはない)
プロの環境には挑戦したい。
奏との演奏で見えた、新しい可能性にも興味がある。
でも、そのために翔太や澪とのバンドを終わらせ、雪乃を活動から完全に外す未来は、俺が望んだものではない。
なら、俺がやるべきことは一つ。
用意された二択から選ぶのではなく、自分が欲しい未来を、ここにいる全員へ伝えるだけ。
俺は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして、静かに待っている佐々木マネージャーと、少し不思議そうな顔をしている星乃奏へと向き直る。
「……お待たせしました、佐々木さん」
全員が息を呑み、俺の次の言葉を待っている。
俺は膝の横で握っていた拳を開き、真っ直ぐ前を向く。
「俺の考えを、聞いてください」




