【間章03】陽向翔太は一番の相棒になりたい
伝説となった登録者一万人記念配信の騒動がひと段落した、ある休日の午後。
俺――陽向翔太は、駅前の大型楽器店を訪れていた。
ボーカルの必需品とも言えるマイクのメンテナンス用品や、喉ケアのグッズを物色するためだ。
「よし、マイク用の除菌スプレーと、このケーブルも買っとくか」
カゴに商品を入れ、俺がふとギターのアクセサリーコーナーの前を通りかかった、その時だった。
「あれっ? 翔太くんじゃん!」
不意に甘ったるい声に呼び止められ、振り返る。
そこに立っていたのは、派手なメイクに短めスカートの女子――軽音部でボーカルをやっている相沢だった。
「おー、相沢じゃん。奇遇だな。お前も楽器見に来たのか?」
「うんっ。それよりさ、文化祭のライブすっごかったね! まさか影山くんが、あの伝説のギタリスト『Kanato』だったなんて!」
相沢は目をキラキラさせて、興奮気味に身を乗り出してきた。
「私さー、実はずっと前からKanatoの音知ってて、大ファンだったんだよね〜! まさか同じ学校の、しかもあの影山くんだったなんて、ビックリだよね!」
――ピクッ。
俺の耳が、その言葉に敏感に反応した。
「は? お前がKanatoの大ファン?」
俺は、いつもの爽やかな陽キャの笑顔をスッと消し、少しだけ声のトーンを落とした。
「何言ってんだよ。俺の方がずっと前からKanatoの音聴き込んでたし。あいつの音の凄さを一番理解してるのは、間違いなく俺だぜ?」
「えっ?」
相沢がキョトンとする中、俺の胸の奥で妙な『対抗心』が燃え上がり始めていた。
俺はあいつの音に人生を殴られ、本気でボーカルを目指した男だぞ。ぽっと出のにわかファンに、一番の座を譲るわけにはいかない。
「いやいや、私の方がずっと前から『この音エモいなー』って目ぇつけてたから! だからね、翔太くんにお願いがあるんだけど」
相沢はマウント合戦を軽く受け流し、上目遣いで両手を合わせてきた。
「最近、影山くんの彼女さんが怖すぎて、全然影山くんに声かけられないのよね。ねえ、翔太くんから、うちの軽音部のサポートで弾いてくれないかって頼んでくれない?」
「……あ?」
「私と影山くんでステージ立ったら、絶対バズると思うんだよね〜! お願いっ!」
自分のバンドのサポートに、影山を引き抜こうとする提案。
俺は、少しばかりの怒りを笑顔で隠し、首を横に振った。
「……わりぃ!」
「えっ?」
俺は、これ以上ないほどハッキリと、宣言してやった。
「影山をバズ目的の助っ人扱いするなら断る。あいつのギターは、そんな軽いもんじゃねえから」
「……は?」
「あいつのギターの凄さも、ボーカルを立たせるための献身的な努力も、一番分かってんのは相棒の俺だから! あいつの音は、誰にも渡さねえよ」
俺が堂々と胸を張って言い放つと、相沢は「え、なにその彼氏みたいなセリフ……」とドン引きした顔のまま「あっそ、じゃあいいわ」と気まずそうに逃げていった。
「影山の凄さを一番分かってんのは、この俺だっつーの」
俺は一人で特大のドヤ顔をキメながら、相沢を撃退した優越感に浸っていた。
「そうだ。影山、ピック削れるの早いから、あいつの好きなティアドロップ型のやつ、いくつか買ってってやるか」
俺は、彼氏へのプレゼントを選ぶようなホクホク顔でピックを数枚カゴに追加し、相沢とのいざこざなどすっかり忘れ、ご機嫌で楽器店を後にした。
***
(……休日のカフェのケーキセットは、荒れた胃を癒す最高の特効薬ね)
カフェの窓際の席で、私――結城澪は、読みかけの文庫本を開きながら、優雅なティータイムを満喫していた。
最近はオタクの親友と、それに巻き込まれる陰キャのギタリストのせいで、私の胃は常にキリキリと痛み続けていた。だからこそ、一人の休日くらいは誰にも邪魔されず、静かに過ごしたいのだ。
「おっ! 澪じゃん! 奇遇だな!」
「ブフォッ!?」
突然、目の前の椅子がガタッと引かれ、大型犬が乱入してきた。
先日、私の脳内査定で『マイナス評価』を叩き出した単細胞バカ犬――陽向翔太だった。
「……邪魔。相席なんて許可してないんだけど」
「いいじゃんか! 俺もちょうど喉渇いてたし」
私が塩対応のお手本のような冷たい視線を投げても、翔太は全く意に介した様子を見せずアイスコーヒーを注文し、向かいの席にドカッと座った。
(……ほんと、デリカシーとパーソナルスペースの概念がない男ね)
私はため息をつき、本に視線を戻そうとしたのだが……。
アイスコーヒーのストローを咥えた翔太が、ふと真面目な顔になり、窓の外を見つめながら口を開いた。
「……正直、めっちゃ悔しかったけどさ」
「は?」
「雪乃ちゃんのことだよ。……あの二人の間に流れてる空気を見たら、俺が入る隙間なんて一ミリもねえって思い知ったわ」
(……こいつ、今頃なに言ってんの?)
私は本から顔を上げ、呆れたように翔太を見た。
文化祭の時、いやいや、それよりもずっと前から、あんたは完全に蚊帳の外だったじゃない。
しかし、翔太の横顔は、普段の陽キャ全開のチャラい姿からは想像もつかないほど、大人びて切なげだった。
「おまけに、あの配信でのひと悶着だろ……」
翔太は、氷の溶けたアイスコーヒーのグラスを見つめ、憂いを帯びた表情で続ける。
「あの『宇宙一宣言』聞かされたら、もう完敗を認めるしかねえよな」
「…………」
私は、不覚にもその表情を見て、少しだけドキッとしてしまった。
普段はアホでデリカシーもないが、やっぱり根は真っ直ぐで、純粋な男なのだ。失恋の痛みを一人で抱え込み、こうして無理して笑っているのかと思うと、少しだけ毒気を抜かれてしまう。
(……な、なに。まさか……私に慰めて欲しいの?)
私が珍しく柄にもなく戸惑い、少しくらいは優しい言葉をかけてあげようと口を開きかけた、その瞬間。
「――だからさ!」
翔太が、ガタッ!と身を乗り出し、目をキラキラと輝かせて叫んだ。
「俺も早く、雪乃ちゃんに負けないくらいの『一人前の相棒』として、影山の隣でドヤ顔してえなぁ!!」
「……は、はい?」
「あいつの隣で歌うのは俺だって、全世界にマウント取りたいんだよ! なぁ、次の『Kanato』の配信、俺もボーカルで乱入してみようかな!?」
……台無しである。
失恋の傷などでは微塵もなかった。
こいつの悩みは、ただ単に『雪乃に負けないくらい、俺もKanatoの相棒としてファンに認められたい』という、どこまでもアホで単細胞な強火オタクの思考回路だったのだ。
(…………やっぱりね)
私の目は、再び完全に死んだ魚の目へと戻った。
さっき一瞬でも、こいつの切なげな表情に同情しそうになった自分が恥ずかしい。
「……あんた、本気で言ってんの?」
「おう! 俺の歌声で、アンチどころか雪乃ちゃんにもマウント取ってやるぜ!」
「……一生やってなさい、このバカ犬。あと、相談料として私のケーキ代も払っといてね 」
私は、パタンと本を閉じ、伝票を翔太の胸元へ押し付けた 。
「えっ!? なんで俺が払うんだよ! 澪、なんで呆れてんだよー!」
騒ぐアホなボーカルを無視して、私は優雅にカフェの出口へと向かった。
(こいつはどこまで行っても、ただの単細胞バカ犬だわ)
私は冷たくため息を吐きながらも、なぜか心の中では少しだけ笑ってしまっている自分に気づき、慌てて表情を引き締めたのだった。




