【間章01】私、結城澪は意外なことに子供が好きだ
私、結城澪は、意外なことに子供が好きだ。
普段はよく「冷めてる」とか「目が死んでる」とか言われるし、自分でもドライな性格だという自覚はある。
けれど、泣いたり笑ったり、素直に感情をぶつけてくる小さな天使たちを見ていると、なんだか心が洗われる気がするのだ。
だから、将来はまっとうに『保育士』になるのもいいかなと、漠然と考えたりしている。
「――なるほど。幼児教育における『見守る』姿勢の重要性、とても勉強になりました」
「お話をしている限り、結城さんはしっかりしているようだし、現場に出てもきっと良い先生になれると思いますよ」
休日の午前。
私は進路調査も兼ねて、私立大学のオープンキャンパスに参加していた。
教育学部・子ども発達教育専攻のブースで、大学の教授や実際に実習へ行っている先輩たちの話を直接聞くことができ、とても有意義な時間だった。
(やっぱり、子供の成長を一番近くで支える仕事って素敵だな……)
キャンパス内の緑豊かなカフェテラスで、もらったパンフレットを広げながら、私は春の陽だまりのような温かい気持ちに包まれていた。
穏やかな日差し。美味しいアイスティー。
私の未来には、キラキラとした無垢な笑顔の天使たちが待っている。
そう、確信しかけた、その時だった。
――ブブブブブブブブッ!!
バッグの中にしまっていたスマホが、親の仇にでも遭遇したかのように、突如として激しい振動を始めた。
「……何よ、もう」
私はため息をつきながらスマホを取り出す。
画面には、私の親友である氷室雪乃からのダイレクトメッセージが滝のように連投されていた。
『緊急事態!! 湊が「今度の日曜、出かけよう」って言ってきたの! これってデートだよね!?』
『どうしよう! 何着ていけばいい!? やっぱり清楚なワンピース? それともカジュアルな方がいいの!?』
『でも気合入りすぎって引かれたらどうしよう! いや、でも適当な服で行って、隣歩いてる時に他の女に「私の方が可愛い」ってマウント取られたら腹立つし!』
『ていうか湊の服! あいついつも同じようなパーカー着てるけど、もし当日めっちゃオシャレして、神がかったイケメンになってたらどうする!? 私、隣で尊死しちゃうかも!』
『ねえ澪どうしよう! 今、服屋さんの試着室でパニックになってる! 助けて!!』
「…………」
約三十秒の間に叩き込まれた、情緒不安定すぎるメッセージたち。
私の心を包んでいた春の陽だまりは、一瞬にしてシベリアの永久凍土へと姿を変えた。
私は死んだ魚の目でスマホの画面をスッと伏せ、天を仰いだ。
(……自分で決めなさいよ。しかも、影山くんの服と尊死のくだり、ホントどうでもいい……)
付き合いたての彼氏とのデート。舞い上がる気持ちはわかる。
だが、今日は私の将来を決めるかもしれない大事な日。今日くらいは、このまま既読無視して、優雅に学食のランチを食べて帰ってもバチは当たらないだろう。
そう決意し、冷たいアイスティーを一口飲んだ、その時。
――ブブッ。
こちらの返信を待つことなく、追い打ちをかけるような通知音が鳴る。
『ああもう……わっかんない! 可愛い服とかどうでもいい!』
『もう服におっきいリボンの飾りをつけて、「私がプレゼントよ! 召し上がれ♡」ってもうそれでいいじゃん!』
『ああダメ! もう日曜日まで待てない! 今からリボン巻いて湊の家に突撃してくる!!』
「ブフォッ!?」
私は思わず、飲んでいたアイスティーを吹き出しそうになった。
(ストップストップストップ。彼氏とはいえ、付き合いたてでいきなり『私がプレゼントよ』って突撃したら、確実にドン引きされるか最悪通報されるわよ。あいつの思考回路どうなってんのよ! 怖すぎでしょ)
私は慌てて画面をタップし、『落ち着け不審者! 待て!』と打ち込んだが、無情にも雪乃からの返信は途絶えてしまった。
どうやら、本当にリボンを買いにレジへ走ったらしい。
(……私は将来、素直な『可愛い天使たち』のお世話をしたいの。こんな、欲情とパニックで情緒がバグり散らかしている『大型犬』の世話なんてまっぴらよ)
私はスマホを握りしめ、深く、長いため息を吐き出した。
「手のかかる子ほど、成長した時の喜びも大きい」と、さっき教授は言っていた。
だが、私の親友はあまりにも手がかかりすぎる。
ここで見捨てたら、あいつは確実に空回りして自爆する。せっかく結ばれた二人の関係を、リボン一枚の変態行為で台無しにさせるわけにはいかない。
「……はぁ。ほんっと、世話が焼けるわね」
私はバッグから、いつもの『特大ボトルの胃薬』を取り出した。
先ほどまで相談に乗ってくれていた大学生の先輩が、向かいの席で資料を整理しながらこちらを伺っているようだったので、軽く頭を下げる。
「すみません、友達の飼ってる大型犬が暴走しそうなので帰ります!」
「えっ? 大型犬?」
先輩がポカンとする中、私は残りのアイスティーを一気飲みして立ち上がった。
口の中に苦い胃薬を放り込み、水なしでゴクリと飲み下す。
(……まあ、あの子のおかげで、将来どんなに面倒くさい園児が来ても完璧に対処できる『実地訓練』にはなってるわね)
そんな強引なポジティブ思考で自分を納得させながら。
私は、限界オタクの親友がパニックを起こしている駅前のショッピングモールへと、全力ダッシュで向かうのだった。




