第42話 四人の休日と、気を利かせた二人
週末の土曜日。
駅前の待ち合わせスポットである、大きな時計台の下。
私服姿でうつむき加減に立っていた氷室雪乃は、やってきた俺たちの姿を見て、信じられないものを見るように目を丸くした。
「……え? なんで翔太くんと……それに湊までいるのよ」
「えー、冷たいこと言うなよ、雪乃ちゃ~ん」
「冷たいって、まだ何も言ってないでしょっ!」
「えー、合宿とか、ライブで、さんざん見つめあった仲じゃん」
「……っ。翔太君のことなんて、1ミリも見た記憶ありません!」
「よーし! 雪乃ちゃんも元気出たみたいだし、今日はみんなでパーッと遊ぶぞーっ!!」
俺の隣で、陽向翔太が場の空気を全く読まない――ように意図的に装った陽キャ全開のテンションで、高らかに拳を突き上げた。
雪乃は目を白黒させながら、隣の澪に助けを求めるように視線を向ける。
「み、澪? あんた『ちょっと買い物の付き合いお願い』って私を呼び出したんじゃ……」
「そうよ。でも途中で翔太と影山くんに偶然会ってね。暇だって言うから、拉致してきたの」
澪が、息を吐くように自然な嘘をつく。
昨日の放課後、俺は澪と翔太に頭を下げ、「雪乃を外に連れ出すのを手伝ってくれ」と頼み込んでいたのだ。
俺が正面から「デートしよう」と誘っても、今の雪乃は『私は湊にとって邪魔な存在だから』とか言って、自ら身を引いて断る可能性が高かったからだ。
「さ、行くわよ。とりあえずボウリングからね」
「えっ、ちょ、ちょっと……!」
澪が雪乃の腕を強引に引き、翔太が「俺の魂の魔球を見せてやるぜ!」と騒ぎながら歩き出す。
俺はその後ろを歩きながら、そっと安堵の息を吐いた。
今日の雪乃は、少し顔色が悪く、目の下には薄っすらとクマができていた。
昨日も一昨日も、例のアンチコメントを思い出しては、一人で泣いていたのだろう。
そんな彼女の呪いを解くための、最初のステップ。
まずは、ネットの悪意から一旦距離を取り、仲間と一緒にただの高校生として笑い合うことだ。
「うおおおおっ! 見るがいい、この陽向翔太のパーフェクト・ストライクを!!」
ボウリング場で翔太が勢いよく投げたボールは、見事なカーブを描いて――ガターへと一直線に吸い込まれていった。
「だっさ。あんたの魔球、ただの右曲がりの暴投じゃない」
すかさず澪の冷酷なツッコミが入る。
「おかしいな!? 昨日のイメージトレーニング完璧だったのに!」
「ボウリングのイメトレって何よ」
翔太の全力の空回りに、雪乃の口元が微かに緩む。
その後も、ゲームセンターでのUFOキャッチャー対決や、ファストフード店での馬鹿話など、翔太と澪は、まるで雪乃の心の曇りを吹き飛ばすように、明るく、騒がしく振る舞い続けてくれた。それは、二人が雪乃の深い事情をすべて知った上で、それでもあいつを元気付けようとする、不器用で真っ直ぐな友情の証だった。
「……翔太くんって、本当にただのバカね」
クレーンゲームで取れなかった景品を前に悔しがる翔太を見て、雪乃がフッと、今日初めて声を出して笑った。
(……よかった)
氷の女王の仮面ではない、年相応の女の子の柔らかい笑顔。
俺は少し離れた場所からその横顔を見つめながら、協力してくれた二人に心の中で深く感謝していた。
***
駅前の大通りが、オレンジ色の夕焼けに染まり始めた頃。
ひとしきり遊んで、雪乃の表情にも少しだけ明るさが戻ってきたのを確認した私は、頃合いだと判断し、ポケットの中で胃薬を握りしめた。
「さてと。アタシらはここまでよ。じゃあね」
「えっ?」
私が突然立ち止まってそう告げると、雪乃が驚いて目を丸くした。
私は、隣で「えっ、もう帰るの?」と無邪気な顔をしている翔太の首根っこをガシッと掴んだ。
「ぐえっ!? な、なにすんだよ澪!」
「あんたは私とこっち。……あとは、主役たちに任せましょ」
私は呆れたようにため息をつき、翔太を引きずって反対方向へと歩き出した。
「ちょっ、み、澪!?」
「お膳立てはここまでよ。あとは二人で何とかしなさい」
雪乃が慌てて後を追おうとするが、私は振り返らずにヒラリと手を振り、翔太を拉致したままその場を後にする。
「えっ!? お、俺たち二人でこの後どうすんの!? もしかしてデート!?」
首根っこを掴まれたままの翔太が、顔を真っ赤にして裏返った声を出した。
「……なんであんたとデートしなきゃなんないのよ。バカなこと言ってないで歩きなさい。……でも、ほんとに世話の焼けるバカップルよね」
「俺はお前の胃薬か!」
「はあ? なに訳の分からないこと言ってんの! なに今の、ツッコミなの? あんたは胃痛のタネの方よ」
私は、取り残された影山くんと雪乃の気配を感じながら、少しだけ口角を上げた。
(影山くん。舞台は整えてあげたわよ。あとは……あんたが、自分自身で証明しなさい)
***
賑やかな二人が嵐のように去っていき、夕暮れの街角に、俺と雪乃の二人の影だけが長く伸びる。
「……行っちゃったわね」
「ああ」
雪乃は、少しだけ気まずそうに俯いた。
さっきまでの笑顔が嘘のように、再びその表情に暗い影が落ちている。
二人きりになったことで、再び「自分が湊の足枷になっている」という自分自身にかけた呪いが、彼女の心を覆い始めているのだ。
「……ごめんね、湊。私、途中で帰ればよかったね。せっかくの休日、邪魔しちゃって……」
ポツリと、消え入りそうな声で呟く雪乃。
その言葉は、俺の胸をチクリと刺した。
「……邪魔なんかじゃない」
俺は、雪乃の前に立ち、その細い手首をギュッと掴んだ。
「……み、湊?」
「俺は、お前と二人で行きたい場所があったんだ。……ちょっと、付き合えよ」
「えっ、どこに……?」
俺は雪乃の手を引いて、駅前の大きな商業ビルへと向かって歩き出した。
向かう先は、地域最大級の大型楽器店だ。
(……言葉だけじゃ、あいつの呪いは解いてやれない)
俺がいくら「邪魔じゃない」と言っても、雪乃の心には届かないだろう。
それくらい限界オタクの業は深い。
なら、証明するしかないのだ。俺のギターは、お前が隣にいるからこそ、お前や誰かの心に届く音が出せるのだということを。
「行くぞ、雪乃」
「う、うん……」
雪乃が自分に課した呪いを、俺の音で解いてみせる。
ただ、それだけを思って夕日に照らされる街を、俺たちは足早に駆け抜けていく。




