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第4話 見えない泥棒猫

「――というわけで。昨日の放課後、翔太が影山くんをうちのバンドのサポートギターに引き抜いたのよ」


 翌日の昼休み。

 にぎわう教室の自分の席で、親友の結城澪(ゆうきみお)が持参したサンドイッチをかじりながら、何でもないことのように超大型爆弾を投下した。


「…………えっ?」


 私―—氷室雪乃(ひむろゆきの)の箸から、可愛らしいタコさんウィンナーがポロリと転げ落ち、そのまま時が、止まった。

 教室の喧騒が遠のき、雪乃の意識は深い深い精神世界へとダイブしていく。


 ――緊急脳内会議、発令。


『議長、これは異常事態です! あんなに目立つのが嫌いで、ギターも隠れて弾いていた陰キャの湊が、なぜ自ら人前(バンド)に出るような真似を!?』


 脳内雪乃A(インテリ眼鏡着用)が、デスクを叩いて叫ぶ。


『冷静に考えてください。湊がわざわざ人前で弾く理由……そんなの、一つしかないじゃないですか!』

『まさか!』

『ええ、そのまさかです!』


 脳内雪乃B(限界オタク・両手にペンライト)が、血の涙を流しながら絶叫する。


『あの神曲(ラブソング)を捧げた相手……! 湊を夢中にさせている、見えない女――泥棒猫が、そのバンド関係者にいるからです! その女のために、湊は文化祭のステージに立つ決意をしたんですよぉぉっ!!』


 ガシャァァァァンッ!!


 脳内の会議室のドアがチェーンソーで蹴り破られ、脳内雪乃C(ヤンデレ・瞳のハイライト消失)が乱入してきた。


『……特定して、殺す』

『ひぃっ! Cちゃん落ち着いて!』

『泥棒猫、どこ。私の湊のタコ指を独り占めしようとする女、許さない。私が一番古参なのに。社会的に抹殺して、ついでに東京湾の底に沈める』

『アカン! 会議終了!!』


 ――脳内会議、崩壊。


「ゆ、雪乃? ちょっと、大丈夫? 白目剥きかけてるけど」

「――ッ!!」


 澪の声でハッと我に返った私は、ガタッ! と大きな音を立てて椅子から立ち上がった。

 そして、澪の机に両手を叩きつけ、鬼気迫る表情で顔を近づける。


「澪!! そのバンドに、女はいるの!?」

「えっ? お、女って……ベースの私くらいだけど」

「嘘よ! 他にいるはずよ! 例えば他校の可愛いボーカルとか! 無駄に距離が近いマネージャーとか! 湊に『ギター教えて♡』とかすり寄ってくる軽音部のメス猫が!!」

「い、いないってば! ボーカルは翔太だし、ドラムも隣のクラスの男子だし。完全にむさ苦しい男所帯だよ!」

「じゃあ、なんで……なんで湊が……っ」


 私はワナワナと肩を震わせ、ギリィッ、と奥歯を噛み締めた。

 メンバーに女がいないなら、観客だ。

 きっと、文化祭のライブを見に来る『見えない泥棒猫』に向けて、湊はあの神曲を捧げるつもりなのだ。

 絶対に許さない。その泥棒猫が誰なのか、文化祭本番までにこの手で炙り出してやる。


(それに……防音スタジオで響く湊のギターの生音なんて、そんなの、浴びるしかないじゃない……っ!!)


 嫉妬とオタク特有の欲望が完全にフュージョンし、雪乃の中でドス黒い『決意』が固まった。


***


 放課後。

 俺―—影山湊は、大きなギターケースを背負いながら、重い足取りで廊下を歩いていた。


「いやー、影山! マジで助かったぜ! とりあえず今日は駅前のスタジオで音合わせな!」

「……なんで俺、お前と一緒に下校してんの」

「バンドメンバーなんだから当然だろ! 文化祭までよろしくな!」


 隣を歩くカースト上位のイケメン、陽向翔太は、やたらとキラキラした笑顔で俺の肩をバンバンと叩いてくる。

 昨日の放課後、アンプを破壊した弱みを握られ、なし崩し的にバンドのサポートを引き受けてしまった俺。

 引退計画が頓挫した絶望感に加え、目立つのが大嫌いな俺にとって、この陽キャ特有のテンションは非常に息苦しい。


「はぁ……。言っとくけど、俺は隅っこで適当に合わせて弾くだけだからな。間違っても目立つようなことは――」


「ちょっと待ちなさい」


 旧校舎の昇降口。

 そこには、腕を組み、仁王立ちでこちらの行く手を塞ぐ『氷の女王』の姿があった。

 透き通るような銀髪(アッシュグレー)を夕風に揺らし、シベリアの永久凍土のように冷たい視線を俺たちに向けている。


 氷室雪乃だ。


「……雪乃? なんでここに」

「あんた、翔太くんのバンドのサポートをするんですってね。澪から聞いたわ」

「お、おう。まあ、ちょっと成り行きで」

「ふーん」


 雪乃は絶対零度の瞳で俺のギターケースをねめつけると、ツカツカと靴底を鳴らして歩み寄り、俺の目の前でピタリと止まった。


「……私も行くわ」

「はい?」

「あんたみたいな陰キャでコミュ障の腐れ縁が、人様(バンド)に迷惑をかけないか、幼なじみとして監視する義務があるわ。だから、スタジオ見学についていく」


 あまりにも理不尽かつ、謎すぎる建前(ロジック)だった。


「いや、意味わかんないんだけど。なんでお前が監視――」

「えっ!? ゆ、雪乃ちゃんが俺たちのスタジオに!?」


 俺がツッコミを入れるより早く、隣の翔太が裏返った声を出した。

 翔太は信じられないものを見るように目を丸くした後、パァァァッ! と顔中を桜色に輝かせた。


「雪乃ちゃん、俺のバンドの練習……見に来てくれるの!?」

「ええ。問題の腐れ縁が『泥棒猫』にたぶらかされたりしないか、しっかりと監視しないといけないから」

「そうか! 雪乃ちゃんが、俺の歌を……っ! よっしゃああああっ! 今日の練習、全力で歌うからな!!」

「……」


 雪乃は翔太の言葉など1ミリも聞いていないのか、無言でスッと目を逸らした。

 しかし、翔太は『雪乃ちゃんが俺を見に来てくれる!』と完全に勘違いしてガッツポーズを決めている。

 その後ろから、ベースケースを背負った澪がやってきて、翔太と雪乃を交互に見比べた後、全てを見越したかのように深いため息を吐いたのが見えた。


(……ああ、なるほどな)


 俺は、翔太の方をちらちら見ている雪乃の横顔を見て、胸の奥がズキッと痛むのを感じた。

 雪乃が監視だのなんだの理屈をつけてついてきたのは、間違いなく、憧れのイケメンである『翔太』の姿を見るためだ。

 俺の幼なじみは、翔太のことが好きなのだ。

 だから、裏方であるはずの俺が間近で翔太に関わるのが許せなくて、わざわざ見張りに来たのだろう。


(……わかってたことだけど、キツいな)


 失恋のダメージが、じわじわと胃を締め付ける。

 せめて文化祭のステージだけでも、あいつに俺のギターを聴かせたかったけれど。

 雪乃の視線は、ボーカルである翔太にしか向かないのだろう。


「さっさと行くわよ。突っ立ってないで」

「あ、ああ。わかったよ」


 雪乃の冷たい声に急かされ、俺たちは駅前のレンタルスタジオへと向かって歩き出した。


 翔太は「雪乃ちゃんが俺を見に来てくれた!」と有頂天になり。

 俺は「やっぱり翔太か」と勝手に失恋し。

 そして雪乃は、俺のギターケースをじっと睨みながら小さく呟いた。


「……泥棒猫、絶対見つける」


 この時、全員の視点が完全にズレまくった地獄の『すれ違い密室空間』が、いよいよ幕を開けようとしていたのだった。

第4話、最後まで読んでいただきありがとうございました。

雪乃の脳内会議、初登場の回となりますが、いかがでしたでしょうか?

作者は脳内雪乃C(ヤンデレ・瞳のハイライト消失)がお気に入りです。


また、ボーカルの陽向翔太、ベースの結城澪。

それぞれ熱い勘違い野郎、冷静なツッコミ役の片鱗が伝わりましたでしょうか?

ぜひ、コメントで感想や愛のあるツッコミをいただけると嬉しいです。


また、この作品が少しでも


「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新がんばれ!」


と思っていただけましたら、「☆」やリアクションで応援いただけると嬉しいです。

皆様からの反響が、作品を書く最高の原動力になります!

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