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第3話 アンプ崩壊の神ギター

 旧校舎の空き教室。

 文化祭の機材置き場に一人残っていた俺―—影山湊は、部屋の隅にある機材に目を留めていた。


「……随分古いアンプだな。ホコリ被ってるけど、電源入るのかこれ?」


 文化祭の備品リストには載っていない、おそらく軽音部のOBが何年も前に置きっぱなしにしていったであろう、大型の真空管アンプ。

 機材係としての義務感と、ほんの少しの好奇心。

 俺は愛用のストラトキャスターにシールドを挿し込み、もう片方をその古いアンプへと繋いだ。

 電源スイッチを入れると、ブゥゥゥン……という重低音が鳴り、真空管がオレンジ色にポツポツと灯る。どうやら生きているようだ。


(文化祭の最終日にやる『一人引退ライブ』は、アコギの弾き語りみたいに生音で静かにやるつもりだけど……)


 エレキギターをアンプに繋いでしまったら、どうしても、あの感覚を思い出してしまう。

 中学時代、雪乃への重すぎる想いを乗せて、指から血が出るほど弾き狂ったあの頃の熱を。


『――裏方なんだから、せいぜい真面目に働きなさい』


 さっき雪乃に言われた、氷のように冷たい言葉が脳裏をよぎる。

 そうだ。どうせ地味な裏方である俺の想いなんて届かない。あいつには嫌われている。

 だったら、最後に一回くらい。どうせ誰も来ないこの防音室で、溜まりに溜まった鬱憤と、未練がましい初恋の情念を、全部音に変えて吐き出してやる。


 俺はアンプのボリュームとゲイン(歪み)のツマミに手を伸ばし、限界まで右に回し切った。いわゆる『フルテン』だ。

 ピックを握り直し、深く息を吸い込む。


「……っ!」


 振り下ろした右手から、鼓膜を震わせる爆音が弾け飛んだ。


 ギュイィィィィィンッ!!


 弾き始めたのは、あの『伝説の中二病ラブソング』の超絶ロックアレンジ。

 防音室の空気がビリビリと震え、鼓膜を(つんざ)くような鋭いディストーションサウンドが轟音となって響き渡る。

 あの時よりも、さらに速く、さらに重く。

 失恋の絶望と、雪乃への捨てきれない執着を、すべて左手の運指に叩きつける。


 ライトハンド奏法による高速タッピング。限界を超えたチョーキングの直後、バチンッ! と鋭い音を立てて1弦が弾け飛んだ。

 しかし、俺は止まらない。

 残された5本の弦だけで、さらに狂気じみた速弾きへと加速していく。完全に自分だけの世界に入り込み、ゾーンに突入していた。


 ただ、一つだけ計算違いがあったとすれば。

 この何年も放置されていた古い真空管アンプが、『フルテン』の出力と、限界を突破した俺の感情の熱量に、耐えられる状態ではなかったということだ。


 曲のサビ。俺が一番感情を込めたカッティングを叩き込んだ、その瞬間。


 ――バチィィィィッ!!


 凄まじい破裂音と共に、アンプの裏側からバチバチとオレンジ色の火花が散った。

 直後、ブツンッ! と音が途切れ、焦げ臭い白煙がモクモクと上がり始める。


「……え?」


 俺はギターを抱えたまま、完全にフリーズした。

 機材からの白煙。焦げた匂い。


「や、やばい! 火事になる!?」


 俺はギターを放り出し、慌ててアンプの電源を叩き切ってコンセントを引っこ抜いた。幸い火は出ておらず、白煙がくすぶっているだけだった。

 ホッと息を吐いた直後、今度は一気に血の気が引いていく。


「ショートした……。これ学校の備品だったら弁償いくらになるんだ!? 俺の小遣いじゃ一生かかっても――」


 バンッ!!


 俺がパニックになってアンプに駆け寄ろうとした瞬間、空き教室のスライドドアが勢いよく開け放たれた。

 白煙が漂う教室の入り口で中の様子をうかがうように立っていたのは、男女の二人組だった。


「ケホッ、な、なにこの煙……って、機材燃えてるじゃない!」


 一人は、雪乃の親友であり、愛らしい雰囲気を持つ小柄な美少女、結城澪(ゆうきみお)


「――お、お前……なんだよ、今の音……」


 もう一人は、我が校のカースト上位に君臨する陽キャの代表格。明るく誰にでも好かれるイケメン、陽向翔太(ひなたしょうた)だった。


(終わった。機材を破壊した現場を、カースト上位の連中に見られた。これじゃあ、静かな引退ライブどころか、学校生活にも影響が……!)


 絶望で目の前が真っ暗になる俺をよそに、翔太はフラフラとした足取りで、白煙を上げるアンプと俺のギターを交互に見つめながら近づいてきたかと思うと――。


「すっげえええええええっ!!!」


 窓ガラスが割れんばかりの大声で叫び、あろうことか床にスライディング土下座を決めた。


「えっ」

「神様! いや、仏様! 頼む、俺のバンドでリードギターを弾いてくれ!!」

「……はい?」


 土下座のまま、翔太は俺のズボンの裾をガッチリと掴んで離さない。


「いや、意味がわからないんだけど。ていうかアンプ壊しちゃったし、怒られる前に逃げ――」

「文化祭まであと二週間しかないのに、うちのリードギターがプレッシャーで逃げ出しちゃってさ! このままだとライブ出場辞退するしかないって、さっきまで澪と絶望してたんだよ! でも、今の音! 機材ぶっ壊すほどの熱量! マジで神じゃねえか!!」

「いや、アンプが壊れたのは単なる劣化と過電流で……じゃなくて。俺、ただの機材係だし、俺みたいな陰キャが人前で弾けるわけないだろ!」

「頼む! 俺の小遣い全額渡すから! アンプの弁償代も俺が被るから! 一生のお願いだ、影山ぁっ!!」

「いや、だから――」


「……ねえ、影山くん」


 必死に抵抗する俺の肩を、ポン、と叩く手があった。

 振り返ると、雪乃の親友である結城澪が、ジトッとした冷たい目で俺を見つめていた。


「翔太、普段はアホだけど、音楽に対しては誰よりも真剣なの。……アンプの件、私からも先生に上手く口裏合わせてあげるから、助けてやってくれない?」

「……っ」


 カースト上位の美少女からの無言の圧。おまけに『アンプ破壊の隠蔽』という弱みまで握られてしまった。

 足元では、イケメンが涙目で俺のズボンを拝んでいる。


「……はぁ。文化祭の本番、一回だけだからな。終わったら俺は裏方に戻るし、手伝うのはこれっきりだ。それに、失敗しても知らないぞ」

「マジか!? よっしゃああああああっ!!」


 翔太はバネのように飛び起きると、俺の手をガシッと握ってブンブンと上下に振った。

 ……こうして俺の『誰にも見せない引退ライブ計画』は、陽キャの熱量とアンプ破壊の弱みによって、あっさりと崩れ去ってしまったのだ。


***


(……ちょっと待って)


 翔太と影山君が「スコアある?」「とりあえず明日スタジオ入ろうぜ!」と盛り上がっているのを尻目に、私――結城澪は、密かに冷や汗を流していた。


 影山湊。いつも雪乃の隣にいる、地味で目立たない男子。

 彼がとんでもないギターの腕前を持っていたことにも驚いたが、それ以上に、私の脳の危険信号がガンガンと警報を響かせていた。


(今、彼が弾いてた、狂ったように重い未練がましい曲。……雪乃のヘッドホンから爆音で漏れ聞こえてくる『ヤバい曲』のメロディと一致するような気がするんだけど……?)


 私は親友として、雪乃の家に頻繁に遊びに行く。

 あの子が『Minato_God_Archive』なるヤバい隠しフォルダを作り、鍵垢で毎日のように限界化している狂信的なオタクであることは、すでに知ってしまっている。


 その神様の正体が……今、目の前で翔太に引き抜かれた、この陰キャの幼なじみだって言うの?


(あの雪乃が、影山くんがバンドに入ったって知ったら……しかも、自分以外の女――それがたとえ私でも――がいる場所に彼が入り浸るって勘違いしたら……絶対に、嫉妬で発狂してスタジオに乗り込んでくるじゃない……!)


 これから巻き起こるであろう、あの限界オタクの親友が引き起こすカオスな地獄を想像し、私はたまらずブレザーのポケットに手を入れた。


(……明日、薬局で胃薬の特大ボトル、買っておこ)


 カオスな文化祭の幕開けを予感し、私は誰にも気づかれないように、深く、重いため息を吐いたのだった。

第3話、最後まで読んでいただきありがとうございました。

雪乃への思いや未練タラタラのギターが新たな出会いのきっかけになる、そんな回となりますが、いかがでしたでしょうか?


音や演奏の臨場感を表現するのって、本当に難しいですね。

湊のギター演奏の様子をうまく伝えたいのですが、なにせ、音楽経験のない作者ゆえにプロの方からするとツッコミどころ満載の内容になっているかもしれません……

ぜひ、コメントで感想や愛のあるツッコミをいただけると嬉しいです。


また、この作品が少しでも


「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新がんばれ!」


と思っていただけましたら、「☆」やリアクションで応援いただけると嬉しいです。

皆様からの反響が、作品を書く最高の原動力になります!

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