第33話 相棒の誓いと、新たな目標
この日最後のチャイムが鳴り、ホームルームが終わった直後のことだった。
「影山ァ!!」
教室のドアがバンッと勢いよく開き、息を切らした陽向翔太が飛び込んできた。
周囲の生徒たちが「おっ、主役の登場だ」「喉治ったのか?」とざわつく中、翔太は一直線に俺の席へと向かってくる。
(……っ、ついに来たか)
俺はビクッと身を固くした。
先日のライブで俺の正体は完全にバレた。それはつまり、合宿の夜に翔太が「俺の神様だ」と熱く語っていた『Kanato』が、隣にいた俺だったことがバレたということだ。
翔太からすれば、俺に思い切り騙されていた形になる。
(『なんで黙ってたんだよ!』って怒られる......いや、ぶん殴られるかもな……)
俺が冷や汗を流しながら身構えていると。
翔太は足早にやってくるなり、ガシッ! と俺の両肩を力強く掴んだ。
「……陽向、その、悪かった! お前のこと騙すつもりはなくて――」
そう言い訳して、恐る恐る顔を上げると―—
「お前が俺の神様だったなんて!! なんで早く言わねえんだよ!!」
バンバンバンッ! と背中を叩かれる。痛い。
翔太の顔には怒りなど微塵もなく、今まで見たこともないくらい満面の笑みが浮かんでいた。
「マジで最高かよ! あの『Kanato』本人のギターで歌ってたなんて、俺、超ラッキーじゃん!! 一生自慢できるぜ!」
その言葉には、怒りや妬みといった負の感情は一切含まれておらず、同じステージに立った喜びと純粋に音楽を愛する気持ちだけが伝わってきた。
「……怒って、ないのか?」
「怒るわけねえだろ! むしろ感動したわ! お前、俺のためにあんなすげえギター弾いてくれてたんだな」
翔太はニカッと笑い、軽く俺の腕を叩いた。
「でもさ。……一番身近に神様がいるってわかったんだ。俺も、このままじゃ終わらねえぞ」
「陽向……」
「いつか絶対、お前のギターと並び立つ『ボーカル』になってやる。……そしたらまた、俺のバックで弾いてくれよな!」
翔太が、俺に向かって力強く拳を突き出してきた。
俺は少し照れくさそうに、しかし真っ直ぐに翔太の目を見た。
「……ああ。お前が誰もが認めるボーカルになったら、絶対弾いてやるよ」
俺は照れ臭さを感じながらも、突き出された翔太の拳にコツン、と自らの拳を重ねた。
***
その様子を、湊の前の席に座り、黙って見ていた私――氷室雪乃は、表面上は頬杖をついて退屈そうにしていたのだが―—。
その脳内では、凄まじいビッグバンが起きていた。
――緊急脳内会議、発令。
『議長! これは異常事態かつ、最高の展開です!』
脳内雪乃A(インテリ眼鏡着用)が、ホワイトボードを激しく叩いて叫ぶ。
『日陰者だった湊が、陽キャの翔太くんと音楽という絆で対等に結ばれ、互いを高め合うライバル関係の構築! 少年漫画の王道とも言える、胸熱すぎる主人公ムーブです!』
『アァァァァァァァァッ!! 無理、尊いぃぃぃっ!』
脳内雪乃B(限界オタク・両手にペンライト)が、鼻血を吹き出しながら絶叫する。
『あの気怠げな湊が、真っ直ぐな瞳で拳をコツンって! コツンっですよっ!! エモすぎるでしょ! なにこの極上の友情! 私という彼女《正妻》がいながら、男同士の巨大な矢印も見せつけてくるなんて、悔しいけどアリ寄り、いやアリすぎのアリでしょ!』
『……却下』
そこへ、脳内雪乃C(ヤンデレ・瞳のハイライト消失)が、巨大なチェーンソーを片手にゆらりと立ち上がった。
『Cちゃん!? 今めっちゃいいシーンだったのに! 何か問題?』
『……絆とか友情とかは、どうでもいい。問題は、あの翔太が、湊の背中をバンバン叩き、あろうことか湊の尊い「タコ指」に触れたこと』
『あっ……』
『湊の身体は、タコ指は、私のもの。男だろうと女だろうと、気安く触れることは万死に値する。……翔太の手を、物理的に切断する』
『Cちゃんダメ! 翔太くんは湊の大切な相棒だから! さすがに手を切り落としたら湊が悲しむから! っていうか犯罪!』
――脳内会議、強引に結論へ。
『男同士の友情は尊い! しかし、過度なスキンシップは断固阻止!!』
現実世界に戻った私はスッと立ち上がると、はにかんだ笑顔で拳を突き合わせている二人の間に、静かな冷気を纏わせて割り込んだ。
「……ちょっと」
「ゆ、雪乃?」
「雪乃ちゃん?」
私は湊の腕をサッと引き寄せ、自分の胸元に抱え込むと、翔太くんを鋭いジト目で睨みつけた。
「翔太くん。感動の再会と熱い約束はいいけど……湊の手に、気安く触らないでくれる?」
「えっ?」
「翔太くんみたいに、色んなところで遊び歩いてる陽キャが触ったら、湊の神聖なタコ指にバイ菌がつくでしょ」
(私だってずっと触っていたいのよっ! ていうか逆にもっと触って欲しい.......って、コラッ雪乃、何考えてるのよ!)
限界オタクの激重な妄想を、冷たい言葉で完璧にコーティングして言い放つ。
それを聞いた翔太くんは、目を丸くした後、大げさにガックリと肩を落とした。
「えええええっ!? 今めっちゃいい雰囲気だったのに! ていうか俺、バイ菌扱い!?」
「当たり前でしょ。湊の指に触れていいのは、この世で私だけよ」
「えー、そうなの!? 影山、お前からもなんか言ってくれよ!」
助けを求められた湊は、私の腕の確かなホールドに何かを確信したような苦笑いを浮かべ―—。
「あー……すまん陽向。こいつ、一回言い出したら聞かないから……」
と、結局は私に甘い対応を見せた。
(……ふふっ。私の湊、可愛すぎ)
「マジかよー、俺の相棒は完全に尻に敷かれてるじゃねえか!」
と笑う翔太くんに、「誰が尻に敷かれてるだ!」と顔を赤くして反論する湊。
私は湊の腕をしっかりと抱きしめたまま、その様子を特等席で眺めていた。
この甘くて騒がしい日常が、これからもずっと続いていくのだと思うと、私はニヤけそうになる口元を隠すのに必死になるしかなかった。




