第27話 相棒の想いと、俺の決断
ジャァァァァァァァンッ!!
体育館の巨大なスピーカーから、鼓膜を震わせる爆音のオープニングSEが鳴り響いた。
客席からの地鳴りのような歓声と手拍子が、分厚い緞帳を越えてステージ袖まで押し寄せてくる。
「出番です! 幕、上がります!!」
スタッフの叫び声が響く。
だが、肝心の主役であるボーカルは、床に両膝をついたまま立ち上がれずにいた。
「ごめっ……俺のせいで……っ」
翔太は、掠れて音にならない声で何度も謝りながら、ポロポロと悔し涙をこぼしている。
俺のギターが、こいつを限界まで追い込んだ。全て俺の責任だ。
俺が胸の奥を激しく掻き毟るような罪悪感に苛まれていると、不意に、翔太の震える手が俺のジャージの裾を強く掴んだ。
「……陽向?」
翔太は、涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
そして、ひどく掠れた、けれど芯のある強い声で告げた。
「……影山、お前が、やれ」
「なっ……」
「お前の音なら、絶対……届くから」
ただ、それだけだった。
なんの根拠もない、ただのムチャぶり。
でも、一番間近で俺のギターを浴びてきた相棒として、俺の音なら、絶対にこの絶望的な状況をひっくり返せると、心の底から信じ切っている瞳。
(……お前がやれ、だと)
俺の心臓が、早鐘を打つように激しく鳴り始めた。
(俺が翔太の代わりに歌う?)
急遽ボーカルを代わって、ぶっつけ本番で合わせられる曲なんて、俺の身体に骨の髄まで染み付いている『あの曲』しかない。
(……あの、たった一人の幼なじみも救えなかった黒歴史ラブソングを、全校生徒の前で歌う?)
想像しただけで、全身の毛穴から冷や汗が噴き出した。
そんなことをすれば、どうなるか。
『幼なじみに向けた痛いポエムをネットで配信し、怖くなって慌てて削除した腰抜けの陰キャ』であることが、全校生徒にバレるかもしれない。
それ以上に、雪乃にだけはこの事実を絶対に知られたくない。きっと、心の底から軽蔑され、今以上に嫌われるだろう。
(……無理だ。静かに生きてきた『普通の高校生活』がこれで終わる)
断るべきだ――。
俺は所詮サポートメンバー。ボーカルの喉が潰れたのは不幸な事故だと言い訳して、このまま逃げても問題はない。
それが、これまでの俺がはじき出した正しい生存戦略――けれど。
(……俺がここで逃げたら)
足元で、涙を流して俺にすべてを託してくれた、相棒の想いはどうなる。
幕の向こう側で、俺のギターを楽しみに――いや、翔太の歌を楽しみに、最前列で待ちわびている雪乃の期待はどうなる。
俺が俺の保身のために、こいつらの想いを全部踏みにじって逃げ出したら。
俺はきっと、一生自分を許せなくなる。
そう思った瞬間、雪乃の視線が俺だけに向いているのを感じ――。
「…………しょうがねぇな」
俺の口から、無意識のうちにため息混じりの言葉がこぼれ落ちていた。
「え……?」
涙目で俺を見上げる翔太。
俺は、翔太の腕をガシッと掴み、強引にその身体を引っ張り起こした。
「立て、陽向」
「影山……お前……っ」
「勘違いすんな。俺はお前を助けるんじゃない。俺が、俺の責任を取るだけだ」
俺は背負っていた愛用のストラトキャスターを体の前に回し、カチリとスイッチを入れた。
「今日でギター辞めるつもりだったのに……。最高に『最悪』な引退ライブになりそうだ」
俺は自嘲気味に笑い、翔太の背中をバンッ! と強く叩いた。
「俺が歌う。お前はマイクから離れて、横でコーラスとギターだけ弾け。……できるだけでいい、俺を、支えてくれっ」
「っ……! ああ……っ!!」
翔太が、涙を袖で乱暴に拭いながら、力強く頷いた。
ベースを抱えた澪も、「……今さら逃げる気はないみたいね……それなら、最後まで付き合うわよ」と、腹を括ったようにニヤリと笑った。
『――さあ、お待たせいたしました!』
MCの絶叫と共に、足元のステージが小刻みに震え始めた。
ウィィィィン……というモーター音を立てて、分厚い緞帳が、ゆっくりと天井へ向かって上がり始める。
眩い照明が、ステージ袖の暗闇に真っ直ぐに差し込んでくる。
地鳴りのような歓声。
何百人もの視線が、一斉にステージの上へ注がれる。
俺は、ステージのど真ん中――翔太が立つはずだった、センターマイクの前へと歩み出た。
目の前に広がるのは、見渡す限りのサイリウムと、熱狂に包まれた全校生徒の波。
そして、最前列のど真ん中で、信じられないものを見るように目を丸くしている、氷室雪乃の姿だった。
(……見てろよ、雪乃)
俺は、スタンドに固定されたマイクを、両手で力強く引き寄せた。
逃げ道はない。これからの高校生活も、どうなるか分からない。
ならせめて。
俺の全部を、お前だけに見届けてもらう。
すべてを諦めたような、それでいてどこか清々しい覚悟と共に、強くピックを握る。
影山湊の公開処刑という名の『伝説』が、今、幕を開けた。




