第14話 親友の条件と、突撃の看病
秋晴れの休日の午後。
スポーツドリンクと特大の胃薬が入ったレジ袋を提げた私――結城澪は、閑静な住宅街にある影山家の前に到着した。
(……やっぱり、もういたわね)
影山家の門扉の前には、どこぞのお嬢様かと思うような清楚で可憐なワンピースに身を包み、ソワソワと落ち着きなく行ったり来たりしている氷室雪乃の姿があった。
普段の制服姿でも、十分に美少女なのに、気合の入った勝負服を着た彼女の破壊力は凄まじい。通りを歩く人が思わず二度見していくレベルだ。
「ちょっと、雪乃」
私が声をかけると、雪乃はビクゥッ! と肩を跳ねさせ、バッとこちらを振り返った。
「み、澪! 遅いわよ! あんたがどうしても湊の様子を見に行きたいって言うから、幼なじみの義務としてわざわざ付き添ってあげに来たのに!」
「…………は?」
「あ、あんたがどうしてもって言うなら、一緒に入ってあげなくもないわよ! あくまで、あんたの付き添いでね!」
腕を組み、顔を真っ赤にしてフンッ、とそっぽを向く氷の女王。
私は、半眼になって冷ややかなため息を吐いた。
「……さっきLINEで、『澪ぉぉぉっ! ありがとぉ! 一生ついてくぅぅっ!』って送ってきたのは、どこのどいつよ。私が言い出した設定にしてんじゃないわよっ」
「うぐっ……! そ、それは……っ」
「それに、なにその気合の入ったお嬢様ファッション。これから推しのライブにでも行くつもり?」
「ち、違うわよ! たまたま今日着てた服がこれだっただけで! 湊のことなんて一ミリも意識してないんだから!」
雪乃は慌てて否定するが、その目は完全に泳ぎまくっている。
私は呆れて肩をすくめ、「はいはい。じゃあ、さっさとインターホン押すわよ」と門扉に近づいた。
「ま、待って!!」
雪乃が、弾かれたように私の腕をガシッと掴んだ。
「なによ」
「こ、心の準備が……っ! それに、病気の湊から変な菌とか感染されたらどうするの!」
「あんたの顔、病人より真っ赤だけど。それに、看病する気まんまんで、既に冷却シート握りしめてるじゃない」
私が冷たくツッコミを入れている間にも、雪乃の瞳は虚ろになり、彼女の意識は深い深い精神世界へとダイブしていった。
――緊急脳内会議、発令。
『議長! これは千載一遇のチャンスです!』
脳内雪乃A(インテリ眼鏡着用)が、ホワイトボードをバンバンと叩いて叫ぶ。
『熱で弱った湊の部屋に、幼なじみという免罪符で合法的に侵入できるのです! おでこへの冷却シート貼付、およびスポーツドリンクの経口補水という名目で、合法的なボディタッチも可能! 完璧な大義名分です!』
『無理無理無理無理!』
脳内雪乃B(限界オタク・両手にペンライト)が、鼻血を吹き出しながら絶叫する。
『普段あんなにエモくて熱いギター弾く湊が、ベッドで「ハァッ……ハァッ」って苦しそうに荒い息吐いてるんでしょ!? しかもあの尊いタコ指が熱を帯びてるかもなんでしょ!? 致死量超えてる! 看病のどさくさに紛れて匂い嗅ぎたい! 添い寝したい! タコ指を頬にすりすりしたい!』
ガシャァァァァンッ!!
脳内の会議室のドアが吹き飛び、脳内雪乃C(ヤンデレ・瞳のハイライト消失)が、巨大な火炎放射器を担いで乱入してきた。
『……もし、部屋に泥棒猫が先に来てたら』
『ひぃっ! Cちゃん落ち着いて!』
『……消毒する。汚物は消毒。バンド関係のメス猫がお見舞いという名の抜け駆けをしてたら、部屋ごと燃やして湊を私だけのものにする』
『Cちゃん火炎放射器しまって! 犯罪だから! そもそも湊の家燃やしたら湊も丸焦げになっちゃうから!!』
――脳内会議、完全にカオス。
「……ねえ」
現実世界。影山家の玄関前。
私は、顔を真っ赤にしてフンスフンスと荒い鼻息を漏らしながら、一人で百面相をしている親友をジト目で見つめた。
「さっきから何一人で百面相してんのよ。うす薄気味悪い『欲情』と『殺意』が顔面からダダ漏れで、完全に不審者のそれなんだけど」
「ひっ!? よ、欲情なんてしてないわよ! 義務よ、義務!」
「はいはい、わかったから。通報される前にさっさと入るわよ」
ピンポーン。
私が問答無用でインターホンのボタンを押すと、すぐに「はーい」と明るい声がして、玄関のドアが開いた。
「あら、雪乃ちゃん! それにお友達まで!」
エプロン姿の影山くんのお母さんが、私たちを見てパッと顔を輝かせた。
「こんにちは。突然お邪魔してすいません。影山くん、熱を出したと聞いたので」
「わざわざごめんねぇ! 湊のやつ、最近なんだが妙にはりきってるもんで、知恵熱出ちゃったみたい。どうぞ入って入って!」
影山くんのお母さんは、幼なじみの雪乃のことは当然よく知っているらしく、なんの疑いもなく私たちを家の中へと招き入れてくれた。
「湊の部屋、二階だから適当に入ってやって。プリント、机の上にでも置いといてくれると助かるわ」
「お邪魔します……」
「お邪魔、します……っ」
カチコチに緊張した雪乃を引きずるようにして、私は二階への階段を上った。
一番奥にある、影山くんの自室のドアの前。
いざドアノブに手をかけようとした瞬間、雪乃がサッ! と私の背後に隠れた。
「ちょっ、あんた何してんのよ」
「わ、私から入るのは不自然だから、あんたが先に入ってよね!」
「あんたねぇ……」
私は呆れてため息を吐きながら、コンコンとノックをして、「影山くん、入るわよ」と声をかけ、ドアノブを回した。
ギィッ、と少し立て付けの悪いドアが開く。
薄暗い部屋の中。
ベッドの上で、布団にくるまりながら、「……うぅ……っ」と苦しそうに唸っている影山くんの姿があった。枕元には、彼がいつも弾いている愛用のエレキギターが立てかけられている。
(昨日は、ガラにもなくあんな無茶したんだから、そりゃ倒れるわよね)
私は、昨日見た影山くんのらしくない様子を思い返していると。
「……湊」
背後からそっと顔を出した雪乃が、ポツリと、微かに震える声で呟いた。
普段の姿からは想像もつかないほど、顔を赤くして弱り切っている幼なじみの無防備な寝顔。
そして、布団から少しだけ覗いている、あの痛々しい『タコ指』。
(……ああ、これは完全に)
私は、背後にいる雪乃から、とてつもない熱量のオーラが膨れ上がっていくのを感じ取った。
氷の仮面の下で、限界オタクのメーターが、今まさに振り切れようとしている。
私はそっと、買ってきたばかりの特大ボトルの胃薬を、ポケットの中で強く握りしめる。
地獄の……いや、カオスな看病イベントが、いよいよ幕を開けようとしていた。




