第13話 結城澪の憂鬱な休日
自分で言うのもなんだが、バンドでは地味なベースを担当する私――結城澪だが、実はそれなりにモテる。
身長は平均より少し低め。顔立ちは、どちらかと言えば小動物系の『可愛い』に分類されるらしく、男子からはよく「守ってあげたくなる」などと言われる。
……まあ、中身はドライで現実主義、おまけに毒舌なので、付き合って一ヶ月もすれば大抵の男は「なんか思ってたのと違った」と勝手に幻滅して去っていくのだが。もちろん、そんな輩を未練がましく追っかけたりはしない。
先日の放課後、突然降ってわいた『バンド解散危機』を乗りこえ、迎えた日曜日。
私は今、駅前のお洒落なカフェで、向かいに座る他校のイケメン先輩とパンケーキをつついていた。
「いやー、この間のサッカー部の試合さ。俺が決勝点決めたんだけど、マジで痺れたわー」
「へえ、すごいですね。先輩かっこいい」
(……顔はいいんだけど、さっきから自分の自慢話ばっかりでマジ疲れる。しつこすぎて、パンケーキのシロップより胸焼けするわ)
私は、小動物のような愛らしい上目遣いで「すごーい」と相槌を打ちながら、心の中で氷点下のツッコミを入れていた。
この先輩は、最近しつこくLINEを送ってきていた他校のサッカー部員。
顔だけなら、うちのバンドのボーカルである翔太に匹敵するレベルのイケメンである。
せっかくの休日。連日のスタジオでのカオスな人間関係から離れ、可愛い服を着て、イケメンにチヤホヤされながら美味しいパンケーキを食べる。
それこそが、いまをときめく華の女子高生としての正しい休日の過ごし方のはず、なのだが……。
――ブブッ。ブブブブブッ。ブブブブブブブブブッ!!
さっきから、私のテーブルの上に置かれたスマホが、親の仇のように激しいバイブレーションを鳴らし続けている。
「……澪ちゃん? なんかスマホ、すげえ鳴ってるけど。出なくていいの?」
「あ、ごめんなさい。ちょっとだけ見ますね」
先輩の前で上品に微笑みながら、私はスマホの画面をタップした。
通知欄を埋め尽くしていたのは、私の親友――氷室雪乃からのダイレクトメッセージだった。
『緊急事態! あのバカが風邪引いたらしい!』
『おばさんから「熱出して寝込んでるから、よかったらプリント届けて」って連絡きたんだけど!』
『ただの腐れ縁の私が、休日にわざわざあいつの家に行くなんて不自然よね!? どう思う?』
『でも幼なじみとして最低限の生存確認をする義務はあるよね。高熱で苦しんでるのを放っておいて、もし倒れでもしたら寝覚めが悪いし!』
『それに! もし万が一、変なメス猫がお見舞いとか称して押しかけてたら、幼なじみとして追い払う責任があるわよね!?』
『だから仕方なく行ってあげるべきだと思うんだけど!? ねえ澪どうしよう! 私どうしたらいい!?』
約一分間に送信された、狂気すら感じるメッセージの連投。
私は無表情のままスマホの画面をそっと伏せ、ズキッと痛み始めたこめかみを指で押さえた。
(……こいつ、「どう思う?」「どうしよう」って相談のフリをして、看病に行きたい欲望がダダ洩れじゃん)
昨日、スタジオで、こともあろうか影山くんのピックを盗もうとしていた雪乃だ。
『推しが熱を出して寝込んでいる』というシチュエーションを前に、あの子の理性が正常に機能するわけがない。
「どうしたの? なんかトラブル?」
イケメン先輩が、心配そうな顔を作って覗き込んでくる。
「いえ……ちょっと、友達の飼ってる大型犬が暴走しそうで」
「へえ、大変だね。でもさ、せっかくの俺とのデートなんだから、スマホばっか見てないで俺のこと見てよ」
先輩は甘い声を出して、テーブルの上で私の手にそっと触れようとしてきた。
――あーあ。
私は心の中で、特大のため息を吐いた。
目の前には、私をチヤホヤしてくれる顔の良い先輩。本来なら当然、自分の恋愛を優先すべきなのだ。
なのに、私の頭の中を占めているのは、目の前のイケメンの甘い言葉ではなく、今にも暴走しそうな、とてつもなく手のかかる『オタクの親友』のことばかり。
(……私、なんでこんなに雪乃のこと、放っておけないのかな)
雪乃は、学校一の美少女だ。黙っていれば完璧な氷の女王なのに、影山くんのことになると途端にポンコツ化してしまい、なにかと危なっかしい。
恋愛より、世話の焼ける親友を見守ることの方が、圧倒的に面白い……いや、私にしかできない大事な役目なのだ。
「……ねえ、澪ちゃん。聞いてる?」
そんな思いに囚われる私の反応が鈍いことに苛立ったのか、先輩の口調が少しだけ不機嫌なものに変わった。
「さっきからスマホばっかじゃん。俺と、その友達の犬のトラブル、どっちが大事なわけ?」
出た。この世で最も生産性のない、テンプレ中のテンプレ台詞。
私は、可愛い上目遣いをやめ、すっと目を細めた。
そして、冷ややかな、私本来の地声でハッキリと言い放った。
「――は? 雪乃に決まってるでしょ」
「……え?」
「顔だけのつまらない男と、世界一世話の焼ける親友。天秤にかけるまでもないでしょ。……じゃあね、先輩。パンケーキごちそうさまでした」
ポカンと口を開けて固まるイケメン先輩の前に、自分の分のコーヒー代をきっちりと叩きつけ、私は颯爽と席を立った。
カラン、と軽快なベルの音を鳴らしてカフェを出る。
秋の涼しい風が、火照った頭を少しだけ冷ましてくれた。
(……あーあ。やっちゃったなぁ。せっかくの休日が、台無し)
私はスマホを取り出し、未だに震え続けている雪乃のトークルームを開いた。
『あんた一人で行ったら不審者になりかねないから、私が付き添ってあげるわよ。準備して待ってなさい』
たった一言そう返信すると、画面の向こうで『澪ぉぉぉっ! ありがとぉ! 一生ついてくぅぅっ!』というスタンプが即座に返ってきた。
私は足早に駅前の薬局へ向かった。
影山くん用のスポーツドリンクと冷却シート。
そして、親友の暴走を間近で見届ける私のための『特大ボトルの胃薬』を買うために。
(……待ってなさい、世界一世話のかかる親友。私がきっちり、保護者の役目を果たしてあげるから)
可愛いフリをした憂鬱なデートは終わりだ。
ここからは、推しを前にして理性を失った狂犬の手綱を握り、カオスな状況が目に浮かぶ『看病イベント』をコントロールする、過酷なミッションが待っている。
私は買ったばかりの胃薬を水なしで飲み込み、幼なじみたちの住む住宅街へと全力ダッシュで向かうのだった。




